乗車記録
客をひとり降ろしたばかりの車内には、わずかな温もりと静寂が残っている。
車内の表示灯が「空車」に変わると、運転手はハンドルから両手を離し、小さく息を吐いた。
無言のまま、助手席のダッシュボードを開ける。
中から取り出したのは、一冊の重みある記録帳。
布張りの装丁に、年季と手入れの跡がにじんでいる。
黒い手袋越しにページを開き、降りた客の乗車記録を整った文字で書き加えていく。
【乗車記録】
2025年6月14日
乗客 :男性、30代
願望 :遅刻しない朝
時間軸 :過去
運賃距離:1日
損益 :±0日
累積利益:0日
燃料値 :21915/21915
数字に乱れはなく、筆跡にも癖がない。
その手つきは、まるで何かを送る儀式のように静かだった。
書き終えると、記録帳を再びダッシュボードにしまい込む。
誰を乗せるか、まだ決まっていない。
けれど、遠からず現れる。
決して奇跡ではない。
けれど偶然とも言えない“その瞬間”に。
――次にこのタクシーが現れるのは、
運命を書き換えたいと切望するあなたの前かもしれない――
※このお話はデモンストレーションのため、”仕掛け”は機能いたしません。




