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第七話 ミアと聖剣と父親

 ミア()は救世の英雄ナギの子供として周囲からの期待を一身に受けてきた。誰もが見れば思い出す、救世の英雄ナギの特徴である黒髪と黒目、そして剣に関連したスキルと剣の才能。救世の英雄ナギが戻って来たとまで言われていた。


 それを体現した私は、五歳で剣術の家庭教師を上回り、六歳で騎士たちに混じって訓練し、七歳で学院の誰にも負けず、八歳で冒険者ギルドへ登録してゴールドランクまで駆け上がり、九歳で救世の英雄ナギの代名詞とも呼べるスキル【剣の英雄】に覚醒した。


 そして十歳で、プトレマイオス星皇国で開催された剣術大会で優勝し、聖剣への挑戦を獲得した。


 聖剣への挑戦とは、伯父さんである星皇カイユベルが剣術大会を盛り上げるため、優勝者へ聖剣に選ばれるかどうかを試す儀式に挑戦する権利を与えているのだ。そしてもしも聖剣に選ばれたら、国宝であるプトレマイオス星皇国の聖剣を授けると宣言していた。


 私のお父さん、救世の英雄ナギはすべての聖剣を自在に操る、まさしく女神様に遣わされた人だった。その子供である私にも聖剣の一本くらい使える才能が、当然のようにあるのだと大勢の人が期待していた。


 私はどんな魔剣だって握っただけで刻まれている術式を理解できたし、最適な使い方を考えられた。だから私はあの救世の英雄ナギの子供で、どんな剣でも操れるのだと、思ってしまっていた。


 しかし私がプトレマイオス星皇国の国宝である聖剣を握った時、聖剣に光が灯ることはなかった。


 希望が大きければ大きいほど、失望は大きくなる。まして二代目魔王が出現した昨今、救世の英雄ナギの娘である私が聖剣を担えば、人類の希望になるのに。私は失敗した。私は、私のお父さんのように、救世の英雄になれない。私は、お父さんにはなれない。お父さんはすべての聖剣を手足のように操ったのに。私は聖剣の一本さえ、扱えない。女神様に見放された。


 救世の英雄であるお父さんがいたら、私をどう思うのだろう。どれだけ失望させてしまうのか。私はお父さんの力を受け継いでなんていなかった。


 お父さんが神の世界へ帰還していることへ、産まれて初めて感謝した。


 それからしばらくして、そのお父さんが現れた。冗談でも何でもなく、神の世界へ帰還したはずのお父さんが目の前にいる。お母さんも言っている通り、二代目魔王を討伐しに降臨したんだ。


 救世の英雄。人々が危機に晒されれば、世界を隔ててもやってきて救世してくれる。なんだそれ。すごすぎる。本当に御伽噺の英雄じゃん。


 とっとと二代目魔王を討伐して帰って欲しい。私は本気でそう思っていた。お父さんの髪と瞳の色を受け継いで、剣の才能を持っているのに、聖剣一本満足に使えない私は、お父さんに会わせる顔がない。こんな情けない私をお父さんに見られたくない。


 帰らないと言われた時は、意味が分からなくて頭が真っ白になった。そしてその後、お父さんを見た。


 ただの、オッサンである。


 何度も見返したが、騎士や冒険者のような雰囲気もなく、貴族や商人、職人の独特の空気もない。


 もう一度確認するが、ただの、オッサンである。


 私のイメージや銅像、物語、観劇、吟遊詩人を総合すると、救世の英雄ナギは美麗な青年のはず。


 お母さんはいつも「あなたたちのお父さんは、そんな高潔な人じゃなかったわ。容姿は、その、私は好きだったけど、平凡だったし、いつも悩んで、それでも上手くいかずに必死に努力して成長していった人」と言っていた。


 私はお母さんは、お父さんがお母さんを置いて神の世界へ帰還したから、必要以上に悪く言っているのだと考えていた。けれどお母さんのお父さんへの評価は、正しかった。


 いやさ、せめて髭くらい剃って来てよ。お母さんと十年ぶりの再会だよ?




 その日は色々考えてよく眠れなかった。今日からお父さんと一緒に食事をすると聞いていたけれど、寝不足に加えてお父さんが用意してくれた蜂蜜が美味しすぎて話がなかなか頭に入ってこない。何この蜂蜜、こんなの皇族御用達の店の商品でも比べものにならない。


「お父様、どうしたら聖剣に選ばれるのでしょうか? やはり女神様の祝福が必要なのでしょうか?」

「エリーゼ!」


 そして朝食の席で、エリーゼが信じられない質問をお父さんにしていた。私は聖剣の一本も扱えない。それはもう、私がお父さんの子供として失格だと言っているようなものだ。


 救世の英雄ナギ(お父さん)に見放される。他の誰に言われても頑張れた。でも、他ならないお父さんに否定されたら――。


「ああ、そういうことか。選ばれる、って言うのは勘違いだよ。聖剣に意志なんかないし、ただの道具だ。女神様の祝福もほとんど関係ない」

「関係ないの!?」


 エリーゼの言う通り、世界で最も聖剣に詳しいお父さんは予想外の話をしてくれた。私はお父さんの子供なのに聖剣を使えないのではなく、使い方を知らないだけで、むしろお父さんとエリーゼ、私の三人だけが聖剣を使えるのだと教えてくれた。


 お父さんの話は、伯父さんは絶対に知っていた。お父さんの一番の親友であり戦友が知らないはずがない。星皇だか何だか知らないけど、今度伯父さんに会ったら問い詰めてやる。


 そして何と、お父さんは私とエリーゼにそれぞれ専用の聖剣を打ってくれた。お父さんはただのオッサンじゃなかった。聖剣を打てるなんてすごすぎる。剣に関しては神様みたいな人。それは間違っていないみたいだ。


 星の意匠が施された黄金の聖剣。私の聖剣。


「ありがとう、お父さん!」


 私は早く試し斬りをして、そして聖力を感じてみたかったけど、私が勝手に出掛けると大騒ぎになるのは昔に学んだ。それにお父さんが造ってくれた私の聖剣をお母さんに見せたくて、まず試し斬りよりもお母さんの元へ走った。もちろんエリーゼと一緒にだ。


 そしてお母さんに金と黒の聖剣を見せた時、お母さんは目を丸くして驚いていた。


「ちょ、ちょっと凪、どういうこと? 聖剣を、あなたが?」

「ああ、昔は使えるのが俺しかいなかったから打たなかっただけで、作り方は知ってたんだ」

「納得できるようなできないような話ね……」


 私は昨日の気持ちなどスッパリと忘れて、お母さんとお父さんの話に割り込む。お母さんとお父さんの時間を私たちが作ってあげようと言ったけれど、今はそれどころではない。


「それよりお母さん! 聖剣を使ってみたい! 外出しても良い!?」

「お母様、こうなったミアは止まらないと思いませんか?」

「……分かったわ。すぐに護衛の手配をするから」

「護衛なら俺が行くよ。頼りになるところを見せたいしな。聖剣の使い方に困ったり、重量や構成に不満があったらすぐに聞きたいし」

「凪が行くなら安心だけど」


 口うるさい大公騎士団の監視なし! 私とエリーゼとお父さんの三人だけの魔物狩り。俄然楽しみになってきた。


「エリーゼ、お父さん、どこ行く? 月の森でトレントが異常発生してるって話があるよ! 西の草原でもホーンラビットの巣が発見されたって」


 お母さんの視線がちょっと痛い。行こうと思って調べてたのではなく、知り合いに聞いただけだよ。


 そこでお父さんが何度も見せた不思議な動作をした。何も無い空間へ向かって指を振っている。


「今回は聖力と聖剣を確認するのが目的だから、奇襲してくるような相手じゃないほうが良いな。ハーンノーン湖が良いかと思うんだが、どうだ?」

「ハーンノーン湖かぁ」


 ハーンノーン湖はすごく綺麗な花が咲く湖で、プトレマイオス星皇国にとっては大切な水源の一つだ。それを守るために国も定期的に巡回して魔物討伐をしているから、湖の各所に小屋が建っている。お母さんの手前、安全を重視するお父さんに反対するつもりはない。


 問題はハーンノーン湖は穀倉地帯の先にあり、皇都から馬車で三日は掛かる点だ。聖剣を三日も我慢はできそうもない。それに昨日の今日でお父さんを連れて行ってしまったら、さすがにお母さんに悪い。


「良いんじゃないかしら? 時期じゃないから睡蓮は咲いてないけれど」

「え、良いの、お母さん?」

「止めても行くでしょうに」

「いや、そうじゃなくて遠いから」


 普段であれば私とエリーゼが片道三日の道程を行くとなれば、護衛騎士や随伴員の選定などで時間が掛かる。それを一番に告げるのはお母さんだったのに、今のお母さんの反応はまるでそれを失念していたかのようだった。


 もし私たちの伯父さんプトレマイオス星皇国の星皇カイユベルに何かがあった時、お母さんが星皇の地位を引き継ぐ。お母さんはいつ星皇に成っても良い心構えを体現している。だから私の知る限りお母さんは、そんな簡単なことを失念したりはしない。


 ただ私の知らないお母さんがいるとしたら、お父さんについて。


「ああ、そういうこと。その辺りは凪には関係ないの」


 お母さんが少し得意げにお父さんを見た。


「ファストトラベルを使って一瞬で行けるよ」




 私の目の前に水辺が広がっている。あの後、防具や魔法薬など準備を整えて、お父さんが合図をするとここに居た。綺麗な花こそ咲いていないけれど、見覚えのあるハーンノーン湖。


「え、何これ、エリーゼ、何これ?」


 私は混乱から立ち直るために、エリーゼの腕を掴んだ。エリーゼは学院に通う傍ら、魔術研究に関して飛び級の成績を修め、十歳にして国家魔術師の称号を保有している。剣しか能の無い私に代わって、魔術や社交界、そしてお父さんが遺した様々な技術を習得しているのがエリーゼだ。


「は? こんな遠距離に作用する空間魔術? あり得ない。人類の認知が空間座標を完全に把握するには、四次元知覚を得る必要がある。仮に高次元の知覚を得たとしても、空間を操作するには二次元現象を遙かに超える膨大な魔力が必要だし、その魔力量は指数関数的に増えていく。人間大の物体を、三人も何百キロを空間転移する? 冗談も大概にして」


 そんなエリーゼは私以上に混乱していた。


「ど、どうしたんだ、エリーゼ?」

「お父様は巫山戯ないでよ!」


 エリーゼがお父さんに抱きついて、ポカポカとお父さんを殴っている。お父さんは困っていながらも、エリーゼを受け入れていた。エリーゼも本当はまったく怒っていない。理不尽な我が侭を言って、お父さんに甘えているだけだ。


 やっぱりお父さんも、お母さんに似て綺麗なプラチナブロンドの美人で、お父さんに似て頭が良くて魔術や様々な技術を体得するエリーゼが可愛いのかも。


「はあ、お父様が魔術にも精通しているなんて」

「エリーゼと話が合いそうで良かったじゃん」

「話が合うって意味なら、ミアのほうでしょ? お父様は、ミアが聖剣を使うのを見たくて、ハーンノーン湖まで空間魔術を使ったの」


 エリーゼは私がちょっと落ち込んでいるのを察してくれた。


「そ、そう思う?」

「私はろくに剣術を習ってないからね。私だけなら聖剣どころか木剣を握らせるべきだし。それに……」


 エリーゼが何かを言いかけて、ちょっと意地悪な笑みを浮かべる。


「……ねえミア、お父様は私二人を比べないように頑張ってる。それぞれで、お父様の気を引いてみない?」

「それは良いかも! じゃあ私は剣術と冒険者として」

「私はミアに比べて剣術が苦手って言って、それから他のことは得意だって言うから」


 私とエリーゼは正反対なのではない。二人で補い合って、役割分担をしている。けれども才能やスキルは残酷で、片方が片方の救世の英雄ナギたるお父様の力を中途半端に受け継いで、最も重要な聖剣や救世の力は二人共が発現できていない。そう思っていた。


 それを否定してくれたのは、他ならないお父さん。




 ちなみに私は聖剣の発動に成功し、それに喜んで走り回っていたら湖の中で転んでしまって、泥だらけになった。帰った時にお母さんに呆れられたけれど、私はすごく楽しくてずっと笑っていた。


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