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第五話 家族が揃った朝食風景

 凪は今朝早く、と言っても元の世界からすればとっくに出社している午前中に冒険者ギルド、鍛冶師ギルド、薬剤師ギルドを訪れて、それぞれで今後も仕事ができるように手続きをしてきた。十年ぶりに帰って来た父親が住所不定無職では、双子も父親とどう接して良いか迷うだろう。しかし有力なギルドで最高位にいる父親であれば、彼女たちからも話題を振りやすいに違いないし、凪自身も自信を持って応えられる。


 他にもいくつかの用事を済ませた凪は、大公邸の客室で短剣を使って髭を剃り、スキルを使って衣服を作成したりした。元の世界のインターネットで検索したアラフォー男性の私服コーディネートを思い出して、清潔感のある白いシャツに紺色のジャケットとズボンというラフながらも元の世界風な衣服である。異世界に適応する気がないと思われる可能性はあるが、今はまだ元の世界の雰囲気を出したほうが双子にとって話しやすいだろう。


「よし」


 これからリカルナや双子と一緒に朝食の時間であり、元の世界で客先との会食やプレゼンをするよりも緊張している。これまでどんな相手にも失敗しても死ぬ訳ではないと思ってきた凪だが、ここで嫌われたら凪の尊厳と父親の矜恃が死ぬ。十年も失敗したのだ。これ以上の失敗はできない。


「おはよう、凪」

「り、リカルナか? のの、ノックしてくれ」


 姿見の前で気合いを入れていると、リカルナが客室のドアを開けて入って来た。朝食を呼びに来るのは使用人だと思っていたので、いきなり入って来た彼女に驚いてしまう。


「ごめんなさい。未だに凪が帰って来たのが信じられなくて。でもノックなんて気にするタイプじゃ……って、なんかすごい顔してるわよ?」

「大丈夫だ。それより朝食、あの子たちも一緒なんだよな?」

「そのつもりだけど、凪が嫌なら別々でも大丈夫よ?」

「嫌じゃない! むしろ準備万端だ」


 凪は己のトレードマークとも言える聖剣を取り出して、鞘に入れたまま腰に下げた。カジュアルな異世界ファッションに、凪だけのワンポイントである。そして各ギルドの帰りに“狩って”きた、クイーンビーの蜂蜜。高価なプレゼントよりも食べてしまえば無くなる物で、かつ魔大陸にしか生息していない魔物から採れる美味しい蜂蜜は、我ながら良いチョイスだと自分へ言い聞かせる。


 それからリカルナに案内されながら食堂へ向かっていく。使用人や警備の騎士たちは救世の英雄ナギにキラキラとした視線を投げかけたり、敬服するように頭を下げていたけれど、正直やりづらい。


 食堂は貴族にありがちな長大な机と声を張り上げないと届かないような広いものではなく、お互いに手を伸ばせば届く程度の距離の長方形テーブルに、四つの椅子が並べられている。うち二つ隣り合った席には、双子が既に座っていて凪とリカルナが現れると、おしゃべりを止めてじっと二対二つの視線を向けて来た。


「あら、ミア、エリーゼ、今日は早起きね。おはよう」

「おはよう、お母さん、エリーゼが起きたから」

「おはようございます、お母様。お父様に良い子であるところを見せようかと思いまして、早起きしました」


 ミアはまだ寝起きらしく黒い髪が寝癖で乱れているが、エリーゼは髪から衣服まできっちり整っている。今の挨拶だけで、二人の性格が異なるのを理解できた。髪の色が違うことからも二卵性なのだろうとは思っていたが、同じ環境に育ったにも関わらず、なかなかの違いが見て取れる。


 エリーゼは席から立つと凪の前までやって来て、優雅なお辞儀をして見せた。


「昨日はあまりご挨拶ができず申し訳ありません。改めまして、エリーゼです。おはようございます、お父様」

「おはよう、エリーゼ。朝から可愛いな」


 続いてミアもエリーゼを見習ってお辞儀をしたけれど、エリーゼに比べればたどたどしい。


「ミア、おと……。朝、どこ行ってたの?」

「おはよう、ミア。知り合いへの挨拶と、ギルドへの復帰手続きに行って来たんだ。それからお土産もある」


 凪が瓶詰めされた蜂蜜を取り出すと、ミアは眠そうだった目を開き、両手を掲げてすぐに受け取った。


「蜂蜜っ。食べて良いの?」

「パンに塗ると美味しいから、たっぷり使ってくれ」


 お土産のお陰もあってか、朝食は和やかな雰囲気で始まった。




「二人共、学院に通っているのか」

「はい。今は休みですが、普段は国立学院で学んでいます」

「懐かしいな。俺も一年だけ通ってた」


 二十年前、十六歳の時に異世界召喚された際、凪は単なる学生でしかなかった。いくら女神から力を授かっていても、すぐに魔王討伐へ向かうのは難しく、国立学院へ一年間通うことになったのだ。国立学院と言っても軍大学に近く肉体、知識、技術を仕込むため徹底的にしごかれたものだ。


「でも、二人ともまだ十歳だろ? 怪我とか大丈夫なのか?」

「凪の時とは違って、無茶な訓練もしないわよ。元々は七歳前後から八年間通うのが一般的だったし」


 凪が異世界召喚された頃は女神の慈悲に頼らなければならないほどに、初代魔王に対して人類の勝ち目がなかった。だから長い教育を施す余裕がなく、激化する魔王軍との戦争に備えて必要なものだけを一、二年で詰め込んでいたらしい。


 それを星皇カイユベルが初代魔王討伐後に昔の制度へ戻したため、今の双子が通う国立学院は子供たちが幼少時代から青春時代を過ごす、八年制の学び舎となっている。まあ元の世界のように一日中何コマも授業があり、部活があり、体育祭や文化祭など各種イベント盛りだくさんではないようだが。


「ミアは剣術で上級生にも勝っちゃうくらい成績優秀なんですよ。このままなら聖剣に選ばれるかも。ね、ミア?」

「ちょ、エリーゼ。あんな聖剣持っている人に、優秀なんて言わないでよっ」

「でも、お父様だから良いでしょ? お父様以上に聖剣に詳しい方なんていないし」


 ミアは双子エリーゼから成績優秀だと自慢されて何が不満なのか、パンに蜂蜜をたっぷりと塗りたくり齧り付いた。彼女はクイーンビーの蜂蜜を気に入ったらしく、一人で瓶詰めの半分以上を消費している。


 凪はわざと持ち込んだ聖剣をちらりと見た。凪が朝食の席へ持って来た聖剣には色々と逸話があるので、話が広がればと思いアイテムボックスから出して来たが、失敗だったかも知れない。昔はカイユベルやリカルナも常在戦場でどんな時も武器を手放さなかったのに、朝食の席に武器を持ち込んだ空気の読めないオッサンになってしまった。


 その上、ミアが聖剣に思うところがあるのであれば尚更だ。


「お父様、どうしたら聖剣に選ばれるのでしょうか? やはり女神様の祝福が必要なのでしょうか?」

「エリーゼ!」


 凪が聖剣をアイテムボックスへ収納してしまおうか悩んでいると、エリーゼから質問を投げかけられた。ミアは止めようとしたものの、視線は横目で凪へ向いている。


「選ばれるって、使えるって意味かな?」

「はい、お父様は最強の聖剣の担い手だと聞いています。現存するすべての聖剣を自在に操ったと」

「ああ、そういうことか。選ばれる、って言うのは勘違いだよ。聖剣に意志なんかないし、ただの道具だ。女神様の祝福もほとんど関係ない」

「関係ないの!?」


 凪は自分の知る聖剣の知識を話そうとして、ミアが席から勢い良く立ち上がったのに驚いた。エリーゼもミアほどではないが驚いている様子である。ミアはすぐに顔を真っ赤にして席に戻った。何となく事情を察すると、ミアは聖剣を使えなかったことで何かを言われたのかも知れない。


 ミアに何か言った奴は、この初代魔王を討伐し二代目魔王をあっという間に地獄へ送った救世の英雄ナギである父親の凪がお仕置きをしてやるとして、ここは聖剣の仕様(システム)を教えてミアの気を引きたいところである。


「聖剣は魔力じゃ起動しない。聖力を使う。そこが選ばれた者しか扱えないと言われている由縁で、俺の子、あー、うん、俺の子のミアとエリーゼなら聖力を使えるから、使い方さえ覚えれば聖剣は使える」


 もっとビシッと、彼女たちを“俺の子”と言いたかったけれど、後悔と罪悪感で詰まってしまった。その詰まった事実が、双子に『父親は双子を子供と認めていない』なんて思われていないか不安に駆られ、情けなさで余計に落ち込む。


 そんな凪の心情など知らず、聖剣の話を聞いた双子のミアとエリーゼが顔を見合わせた。ミアには歓喜、エリーゼには驚愕がある。


「本当に使えるんだよね!?」

「私でも聖剣を使えるのですか、お父様?」


 ミアがテーブルの反対側から掛けよって、椅子に座っている凪の腕を引っ張った。


「教えて! その聖力って言うの!」

「ミア、食事中よ」

「あっ、ごめんなさい、お母さん。でも、私、聖剣をっ!」

「ミアは聖力を知りたいんだな。食事の後ですぐに教えるから、まずは食事を済ませようか。食べないと力が出ないからね。お、お父さんも、せっかくの美味しい食事を、ミアやエリーゼと楽しみたいんだ」


 その後の朝食は、ミアが人が変わったようによくしゃべっていた。幼い頃から大公の騎士団に混じって訓練をしていた話。学院で上級生をのしてしまった話。剣術の試験で満点を取った話。街中で暴漢に襲われた話には少しヒヤッとした。


 ミアは食事中に何度もリカルナに怒られたのだが、どうもくじけない性格らしく、凪も一緒に今日くらいは多目に見てくれと頼んだことで、身振り手振りまで交え始める。


「すごいな、ミアはその年齢で【剣の英雄】を使えるのか」

「すごいでしょ!」


 ミアと話していると分かる。ミアが凪から受け継いだのは黒髪と黒眼だけではない。剣の才能やスキル、戦闘センスなどが凪に近い。そして小学校中学校とスポーツを禄にしてこなかった凪に比べて、彼女は物心ついた時から剣を握っていて、このまま成長していけば凪以上の剣士になるだろう。


 既に親馬鹿を発揮している自覚は、少しだけあるが。


「お父さん、早く早く!」

「ああ、すぐ行くよ」


 ミアは食事が終わるとすぐに凪の腕を引っ張って、外へ連れて行こうとする。


「エリーゼもおいで」

「私は剣術を嗜みません。ですから聖剣を使えたとしても、宝の持ち腐れになってしまいます」

「聖力の使い道は聖剣だけじゃないし、それに……。いや」


 凪は父親としてミアだけ贔屓しないようにしたかった。拙い言い訳は、いくらでもできる。しかしエリーゼの子供とは思えない知性は、言い繕ってもすぐに見抜いてしまうだろう。そう思って心からの言葉だけを伝える。


「今は一つでも父親らしいことをしたい。良かったら、俺の我が侭に付き合ってくれないか、エリーゼ?」

「まあ。お父様にそう言われると、嫌とは言えません」


 凪がミアとは反対側の手を差し出すと、エリーゼは笑顔になって凪の手を取った。


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