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第四話 懐かしきギルド

 異世界へ帰還した日の翌日の朝、凪はプトレマイオス星皇国の皇都を一人で歩いていた。


 昨日の夜は星皇になった親友カイユベルと掴み掛かって押し相撲をした後、驚いた衛兵がやって来て、またそれが十年前の知り合いだったため一悶着あった。それから大公邸へ戻ると、就寝したはずのリカルナが落ち着かない様子で大きな門の前をうろうろしていたので、双子に何かあったのかと駆け寄ったところ、凪が帰らないかもと思って心配だっただけと言われて、彼女に対する愛おしさと共に罪悪感と後悔を覚えた。


 そんな凪は歩きながら、十年ぶりの皇都の街並みを見上げた。高い城壁に囲まれた都市の中には、赤やオレンジ色の屋根瓦が特徴的な石造りの家々が立ち並び、狭く曲がりくねった石畳の道が迷路のように広がっている。家々の窓からは色とりどりの布や花が飾られ、そこから溢れ出す活気が通りを彩っていた。


 少し進むと中央広場へと通じるメインストリートが現れ、そこには商人や職人、旅人たちがひしめき合っていた。通りの両脇には市場が広がり、屋台や露店がずらりと並んでいる。商人たちは布地や宝飾品、香辛料、果物やパンを売り、その賑やかな声が絶え間なく聞こえてきた。馬車や荷車が石畳をガラガラと音を立てながら行き交い、通りを行き来する人々が急いで道を譲っている。


 かつて魔王軍との戦いでボロボロになってしまった皇都は、すっかり活気と営みを取り戻している。いや元へ戻っただけではなく、まさに繁栄の真っただ中にあり賑わいが溢れていた。


「すごい人だな」


 凪はリカルナに書いてもらった地図を頼りに、半分くらいは見知らぬ街となった皇都で、お上りさんのようになっていた。


 ちなみに双子はまだ寝ている時間である。プトレマイオス星皇国はその名に星が入っている通り、礼拝や祭事が星の見える時間帯に行われることが多く、それらの翌日には貴族や聖職者が午前中を寝て過ごすなんてよくある光景だった。元の世界の感覚では、子供をそんな遅くまで連れ回すのが成長に良くないのではと思ってしまう。


 しかし今は、双子が寝ている内に凪の用事を済ませられるので好都合だ。用事とは住所不定無職から脱却するため、十年前まで所属していた各ギルドへ復帰手続きをして回ることである。凪は異世界へ再訪した時、二代目魔王を討伐した後はのんびりしようと考えていた。だから仲間たち以外に凪の帰還を伝えるつもりはなく、どこか辺境でスローライフのつもりだった。しかし双子という娘たちがいるのであれば話は変わる。


 表に出るなら思いっきり、そのほうが双子を守れる。それに胸を張って紹介できる父親でありたい。何なら双子が自慢できる父親になれたら嬉しい。


 とりあえず冒険者ギルド、鍛冶師ギルド、薬剤師ギルドに復帰手続きをするつもりだ。これらのギルドは請負型の業務形態で、元の世界で言えばフリーランスのように業務時間を己の裁量で決められる。双子やリカルナとの時間を何よりも大切にしたい今、最適な仕事に思えた。


 それにミアは剣術を習っているらしいので、彼女の剣を凪が打てば話の種になるかも知れない。加えてもし彼女たちが怪我や病気になった際、薬剤師ギルド内に最初からいたほうのが何かと便利で話が早い。冒険者ギルドへ復帰するのは、王侯貴族から見えない情勢や緊急時に機動的に使える戦力、裏稼業への繋がり、最悪の場合を想定している。




 冒険者ギルドの建物は街の中心部に堂々と構えていた。外観は頑丈な石造りで、年季の入った風合いがその長い歴史と数々の冒険者たちの出入りを物語っている。建物の正面には木彫りの大きな看板が掲げられており、そこには剣のエンブレムが誇らしげに刻まれ、看板の下には『冒険者ギルド』と力強い筆跡で書かれた文字が目立っていた。


 ギルドの中に入ると、まず目に飛び込んでくるのは広々としたホールである。高い天井には梁が剥き出しになっており、大きなシャンデリアが中央に吊り下げられている。シャンデリアの燭台には無数のキャンドルが灯され、温かい光がホール全体を照らしていた。壁際にはモンスターの頭部や名だたる冒険者たちの武器が飾られ、ギルドの歴史と名誉が展示されている。


 ホールの奥には掲示板があり、そこには様々な依頼書やクエストの紙が貼られていた。依頼書は色あせた紙から豪華な巻物まで様々で、それぞれに報酬や難易度が書かれている。掲示板の前には冒険者たちが集まり、真剣な表情で依頼を吟味している様子が見受けられた。


 ギルドのカウンターはホールの左側に位置し、そこには受付嬢が立っている。凪が受付嬢の元へ近付くと、彼女は表情に笑顔を浮かべた。


「ようこそいらっしゃいました。本日はどのようなご用件でしょうか?」

「復帰手続きをお願いしたいのですが」

「承知しました。復帰手続き後のランクは、停止期間によって規定のランクダウンが適用されます」


 受付嬢は慣れた様子で復帰前の功績の取り扱い、それぞれの費用など、手続きについて丁寧に説明してくれる。


「オリハルコンだったので、十年、いや最後に依頼を受けたのはもっと前か。ゴールドからになりますか?」


 凪が自分の冒険者ランクを伝えると、受付嬢の表情から笑みが消え、不審なオッサンを見る目つきになった。


「オリハルコン? オリハルコンは世界に八人しかいない最高位です。もちろん職員として全員を把握しておりますから、あなたがオリハルコンではないことは明白です。ランクの偽証は犯罪行為ですよ。調べればすぐに分かりますし、今後の依頼やランクアップに響くので、冗談でも口にしないように注意してください」

「あ、ああ、それは申し訳ありません。正確にはオリハルコンではなく、たしか終身名誉オリハルコン、なんて付けてましたが、正確なところは調べてもらえると助かります」

「はぁ。あのですね。それは名誉ランクと呼ばれるもので、功績のある方が引退した時のランクに応じて認定しています。そして、名誉オリハルコンは世界でたった一人、救世の英雄ナギ様だけです」

「その凪です」


 凪は五センチメートルほどの小さなインゴットをカウンターの上へ置いた。このオリハルコン製インゴットの表には凪の名前、裏には冒険者ギルドのマークが描かれている。そして凪が魔力を通すと、インゴットが淡い輝きをみせた。


 これは免許証代わりであり、魔力を通すことで光るのは本人確認となる。


 受付嬢はしばらく固まった後、物凄い勢いで凪の顔とオリハルコン製インゴットを何度も何度も見比べた。


「…………………………ナギ様?」

「はい、元オリハルコンランク冒険者ナギ=ミオヤです」

「た、たたた、大変申し訳ございません! どうかご寛恕を! 神の世界へ帰還されたのでは!? い、いえ、すぐにギルドマスターを呼んで参ります!」


 それからドタドタと大きな音を立てて二階から現れたのは、頭に二本の角を持ち、二メートルの身長を持つ筋骨隆々の男だった。年齢こそ凪よりも年上だけれど、人族ではないため現役でも通用するほどに若々しい。彼は十年前はミスリルランクの冒険者であり、凪が彼と彼の仲間たちの命を救ったことで交友を深めていき、初代魔王軍との最終決戦にも参加してくれた。


 そんな彼は二階から駆け下りるように現れ、凪を見て固まっている。


「ナギ、なのか?」

「シュテン、ギルドマスターになったのか。おめでとう。大出世だな」

「はっ、はは! 似合わない無精髭をしてて分からなかったぜ!」


 凪は自分の顎に手を当てて、双子からも印象が悪かっただろうと反省した。ブラック企業での仕事では見た目になんて気を遣う余裕はなかったが、今は違う。帰ったらすぐに剃ろうと決めた。


「俺も年取ったから」

「カイユベルやリカルナは知ってるのか? …………あー、リカルナへ会いに行く前に、少し話せないか?」

「カイとリカルナとは、昨日のうちに会って来た」

「じゃあ、“英雄の双子”も知ってるんだな?」


 亜人の一種である鬼人族の冒険者シュテン。十年前に凪との関係が深かったこともあり、凪の娘である双子も気にしてくれていたらしい。それが嬉しくもあり、申し訳なさも感じる。


「ミアとエリーゼとは、昨日会った。これから向き合っていく。昨日は上手くできなかったけど、今日はあの子たちと話す準備をしてる」

「てめぇは不器用だからなぁ。自分たちを捨てた父親だ。もう既に嫌われてたりしないか?」

「ハッキリ言われるとキツイものがあるな」


 ごつい手の平で背中をバンバンと叩かれた。


「まあそんな気にすんな。二代目魔王と戦うために戻って来たんだろう? 戦場でバンバン活躍するところを見せれば、自然と父親の威厳も取り戻せるってもんだ」


 二代目魔王は討伐済みなので、曖昧な笑みを返しておく。シュテンが冒険者のままであれば、討伐済みだと伝えてしまっても良かったが、ギルドマスターとなれば星皇国の正式発表から聞くのが良いだろう。


 その後はギルドマスターの鶴の一声で、ランクダウンなしに復帰手続きをしてもらえた。


 ギルドにいた職員や冒険者が騒いでいたため、凪の帰還はすぐに広まるに違いない。凪の目論見通りに。




 もしかしたら鍛冶師ギルドと薬剤師ギルドでも、凪と共に戦った知り合いが出世してギルドマスターになっているかも知れない。そんな想像は的中せず、両ギルドは十年前と同じ人物がギルドマスターを続けていた。


 そしてそれは十年前から凪の知り合いであるため、凪の帰還に驚きを見せたものの、特に容姿や年齢にも言及されず少しの寂しさを感じる。


「戻ったなら小僧も打っていかんかい。復帰手続き? こっちは忙しいんじゃボケが」


 と鍛冶師ギルドマスター、ドワーフのガルドール。


「え? たった十年で手続きとか要りませんよ。それより寄付した薬草を返せとか言いませんよね?」


 と薬剤師ギルドマスター、エルフのエルサリオン。


 二人とも相変わらずだったのは、少し嬉しかった。そして二人が十年という歳月を気にしていない理由を感じとり、余計に落ち込みながら大公邸へ戻っていく。


「十年か」


 寿命が人間と同じ亜人のシュテンは、十年の間に引退してギルドマスターへ。


 千年を超える寿命を持つ精霊に近いドワーフやエルフは、十年で変わるものでもない。


 けれど産まれたばかりの赤ん坊にとっての十年は――。


「子供に取ったら、長いよな」


 凪は握りこぶしで自分の額を小突いた後、大公邸に戻ってしっかりと身嗜みを整え、双子との朝食へ挑む。


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