第二話 再会と驚愕と双子
二十年前に異世界召喚された時、凪はレベル一の剣士に過ぎなかった。女神様から祝福という名の能力は授かっていたものの、持っているだけで無敵になれるような能力ではなかった。だからレベルを上げる必要もあったし、能力を伸ばすだけでなく、自分自身が色々な意味で強くならなければならなかった。
しかし二回目の異世界召喚では、レベルも装備も経験も持ったままである。さらに今回は異世界召喚の直前に、女神様とゆっくり会話できる時間があったため、『二つ目のチート能力』を選ばせてもらったのだ。
そうして第一チート能力×カンスト×最強装備×戦闘経験×第二チート能力=蹂躙という式が完成した。
各国の調整とか政治的な思惑とか面倒なので、自分で突っ込んでいってさっさと二代目魔王を倒してしまうことにした。二代目魔王は初代魔王よりも強かったけれど、凪は魔王討伐の功績でさらに強くなったところへ第二チート能力が上乗せされている。
結果として、さほど苦労もせずに討伐することができた。
「我を倒したところで、第二、第三の魔王が……ぐふっ」
「第二はお前だったんじゃないのか?」
凪の聖剣に一刀両断された二代目魔王の身体が光となって聖剣へ吸収されていく。
「ふぅ。やっぱり若くないな。前はこのくらい動いても疲れを感じなかったのに」
凪は聖剣をアイテムボックスへ収納した。二代目魔王と幹部クラスはほとんどを片付けたので、あとは人類側で対抗できるだろう。これ以上戦い続けて人類側の誰かに見られるのは避けたいし、レベルアップで強くなる世界では戦闘機会を奪えば良いというものでもない。
それからキ○ラのつばさ的アイテムを使用すると、周囲の風景が歪み魔大陸から人類の大陸へ戻って来た。
青空へ向かって身体を伸ばし、久しぶりにゆっくりしようと決めた。思えばブラック企業勤めでまったく休めていない。趣味なんてものは忘れてしまったけれど、ぶらりと異世界を旅して気力を取り戻したいと思う。
「その前に、みんなに挨拶だけしておくか」
凪が元の世界へ戻って十年。旧魔王軍と戦った仲間たちはどうしているだろうか。今生の別れと考えて盛大に見送られたのに、十年で戻って来たのは気恥ずかしいものの、凪の仲間たちなら笑ってくれるはずだ。
いやむしろ馬鹿にして笑って欲しい。元の世界では笑ってくれる友人さえいなかったから。
◇
そこは二十年前に救世の英雄ナギの異世界召喚を成功させたプトレマイオス星皇国と呼ばれる国。その皇城に王冠を被った美麗な容姿の男性が立っていた。彼はこのプトレマイオス星皇国の最高権力者、星皇である。彼はまだ三十代中盤という年齢で、歴代星皇の中でも絶大な国民支持を得ており、諸外国からも一目置かれる存在だった。
その理由は、彼が十年前の戦いで救世の英雄ナギ=ミオヤの無二の親友として、その魔王討伐の旅の最初から最後までを共にしたからに他ならない。つまり現在のプトレマイオス星皇国の星皇は、魔王を討伐した英雄の一人なのだ。
魔王討伐の旅は多くの苦難があり、ナギとは何度も意見の違いでぶつかった。それでも彼はナギこそが真の英雄だったと、今だから言える。彼は一人でも多くを救うため、己が傷付くことを厭わずに戦い続けたのだ。
「結局、第二の魔王を産み出してしまったよ。ナギ、お前が必死に手に入れた平和を、俺たちはたった十年で踏みにじってしまった」
「その二代目魔王なら、さっき討伐して来たぞ、カイ」
プトレマイオス星皇国の星皇カイユベル=ヴァレント=ツィゴイネルワイゼン=ベルセイユ=プトレマイオスは、皇城に不審なおっさんがいることに気が付いた。その人物はたった今思い浮かべていた、十年前に故郷へ帰った親友に似た姿をしている。
「曲者が! 正体を現せ! 【解析】!」
星皇カイユベルはここまで入り込んだ不審なおっさんに対して、その正体を暴くためのスキルを発動した。そしてそのスキルの結果を見て、固まり、何度も不審なおっさんと見比べた。
「ナギ、なのか?」
「ああ、なんか、色々あって、戻って来たんだ」
「お前、本当にっ!」
ナギが世界から姿を消した十年間、色々と言いたいことはある。話したい内容もある。聞きたいことは山ほどで、たった今聞いた二代目魔王を討伐して来たなんて話は、優先するべき事柄だろう。
だが今だけは、プトレマイオス星皇国の星皇カイユベルでなく、親友カイとして再会したい。
「お前、いつまでこっちに居られる? いや、ああもう。話は後で聞かせろ! だがな、いいから黙ってリカルナの所へ行け!」
「リカルナの所も行くけど、二代目魔王のこと、確認しておかないとだろ? 今はお前が王様みたいだし」
「だから話は後でいい! 二代目魔王のことは調査団を派遣する! お前は今すぐリカルナの所へ行って、話して、話したら俺の所へ戻って来い! 必ずだぞ!」
ナギは初代魔王討伐の後、元の世界へ帰ってしまった。二代目魔王を討伐したナギは、十年前のように元の世界へ帰ってしまうかも知れない。
しかしその前に、ナギはリカルナ=プトレマイオス、プトレマイオス星皇国の星皇カイユベルの実の妹であり、ナギやカイユベルと共に初代魔王討伐の旅を共にした仲間に会うべきだ。
◇
凪は二十年前に異世界召喚された後、プトレマイオス星皇国の皇族兄妹と共に魔王討伐の旅を始めた。レベル一でしかなかった凪と皇族兄妹には様々な苦難が待ち受けていて、多くの出会いと別れを得て、時には絶望にも近い試練を乗り越えながら、初代魔王討伐までに到ったのだ。
凪には他にも信頼できる仲間はいるが、プトレマイオス星皇国の皇族兄妹だけは特別だ。だから二代目魔王を討伐した後、最初に挨拶に行こうと思ったのは兄のカイユベルだった。
カイユベルは若くしてプトレマイオス星皇国の星皇を継承していて、立派になった親友に少し気後れしたものの、祝いの言葉を贈りたいと思っていた。しかし当のカイユベルは十年振りの再会にもかかわらず、妹リカルナに会いに行けと繰り返した。
もっとカイユベルと話したい気持ちもあったが、彼は王様になって忙しい。後で時間を取ってくれると言うのだから、向こうの都合に合わせるべきだろう。今の凪は住所不定無職だし、時間はいくらでもある。
第一皇女だった妹リカルナは兄カイユベルが星皇に就いた後、大公を受爵したらしい。カイユベルから押し付けられた国印付き証書を見せると、リカルナが滞在している皇都の大公邸へすんなり通してもらえる。それから少々落ち着かない豪華な応接室で待っていると、リカルナが勢い良く扉を開けて現れた。
十年振りのリカルナは、成熟した美しさと若々しさを絶妙に兼ね備えた女性だった。しなやかなプラチナブロンドが肩にかかり、その艶やかな光沢が彼女の落ち着いた品位を引き立てている。髪は自然なウェーブを描き、彼女が動くたびに柔らかく揺れて、その一つ一つの動作に優雅さが感じられた。
「凪?」
「リカルナ、久しぶり」
「本当に?」
「あー、えっと、綺麗になった。昔から美人だったけど、今のリカルナもすごく魅力的だよ」
「偽物ね」
「なんでそうなる。【解析】使ったんだろっ?」
リカルナは偽物と断じながら、無防備な足取りで凪へ向かって歩いてくる。
「本物なら、どうして今頃戻って来たのよ」
「それは、魔王が……いや」
「ごめんなさい。そうよね。あなたは女神様に遣わされた救世の英雄。人々が危機に陥った時に現れる。聞くまでもなく、魔王を倒しに来たのよね……」
「そう、でもないんだけど」
「分かってる。分かってるのにっ」
凪は胸に飛び込んで来たリカルナを優しく受け止めた。そして腕の中で泣く彼女を抱き締める。
「また、会える、なんてっ」
「リカルナ、俺は」
「お母さん?」
「その人誰?」
リカルナへ掛けるべき言葉を考えていると、彼女の背後から声がした。声の方向を確認すると、可愛らしいドレスを着た女の子が二人、不思議そうに凪とリカルナを見上げている。二人は黒髪とプラチナブロンドというコントラストで、どちらも整った美しい容姿をしていた。
「リカルナの子供かな?」
かつての魔王討伐の旅で、凪とリカルナの仲は深まった。彼女の兄のカイユベルは半ば本気で、異世界に残って結婚しろと言っていた。その未来を捨てて元の世界へ帰ったのは凪自身だ。
少しだけ胸の奥が痛む。十年も経ったのだから、リカルナが誰かと結婚して子供を産んでいても不思議ではない。
「リカルナに似て可愛い。将来、絶対に美人になる」
「…………ミアとエリーゼよ」
リカルナの身体が一瞬震えたかと思うと、彼女は顔を上げずに女の子たちの名前を教えてくれた。凪はリカルナの子供たちにきちんと挨拶をしようとしたが、リカルナが離してくれず、彼女は先ほどよりも大粒の涙を零し始めた。
「ど、どうしたんだ、リカルナ?」
「…………ごめん、なさい」
「何を謝るんだよ。リカルナが幸せになってくれたなら、それが嬉しい」
凪はリカルナの肩へ優しく手を置いて、気にしていないともう一度伝えようとした。
「ほら美人が台無しだ。リカルナの子を紹介して欲しい」
「凪と私の子なの」
「…………はい?」
リカルナが泣き腫らした顔で、凪の頭に爆弾を投下した。
初代魔王を討伐した直後、凪は女神様から明日帰還のための術を発動すると神託を受けた。異世界に召喚される直前に、魔王を討伐したら元の世界へ返してくれると約束していたため、女神様はその約束を守ってくれた。
しかしその約束をしたのは、異世界召喚前。カイユベルやリカルナ、仲間たち、そして異世界の人々と出会う前の話である。
親友や恋人未満の女性、信頼する人々を置いて行くのか、最後まで迷った。それでも元の世界に残して来た家族や友人にもう一度会いたいと思う誘惑には抗いがたく、親しい者たちもこれ以上異世界の事情に凪を巻き込むわけにはいかないと背中を押してくれた。
だから女神様と交渉することなく元の世界への帰還を決めたのだけれど、その送別会となるパーティーで、凪とリカルナは酔った勢いで身体を重ねてしまった。
十年、命を預けて戦った。多くの痛みも知り、お互いの強みも弱みも知っている。そして心から信頼している。最後の思い出を望むのは、自然な成り行きだった。
それでも異世界には優秀な避妊具がないため、外に出したはずで、彼女があの時の行為で妊娠しているとは考えもしなかった。
「え、いや、ちょっと」
黒髪とプラチナブロンドの双子の少女は、自分たちの母親であるリカルナと抱き合ったまま離れない不審なおっさんを怪訝そうに見つめている。
初代魔王も二代目魔王も冷静に切り裂き、どんな無茶な仕様変更と地獄の見積にも耐えてきた凪だったが、こればかりは冷静ではいられない。
「この子たち、俺たちの子供?」
「……ごめんなさい」
リカルナがもう一度謝った。
「本当に?」
「私は、凪以外に抱かれたりしないわ」
リカルナが凪に嘘を吐くメリットがない。本当にエリーゼとミアの二人は凪の子供なのだ。だとしたらだ。そうだとしたら、凪は十年間も娘の存在を知らずに放って置いた最低の父親なのではないだろうか。
「凪! ごめんなさい! 私が、あなたとの絆だと、思ってっ、勝手に産んだからっ」
「な、何言ってんだ! 俺こそ、ごめん。俺はリカルナのことを考えていなかった。自分のことに、必死で」
凪とリカルナが言葉を交わしていると、パンパンという柏手を叩く音がした。見ると、双子の一人である金髪のエリーゼが手を叩いて注意を引いたらしい。そのタイミングを逃さなかった双子のもう一人、黒髪のミアが口を開く。
「あー、つまりそういうこと? このオジサンが私たちのお父さん?」
「初代魔王を倒した救世の英雄ナギ様なのですよね? お目にかかれて光栄です」
自分の子供だと聞いた時、十年も双子を放って置いた自分をさぞ恨んでいるのだろうと考えていた。しかしどうにも、この双子の態度はそうでもないらしい。
双子の内、黒髪がミア。容姿は母親似で元の世界の街を歩いたらあっという間にスカウトされそうな整い方をしている。そんな彼女は凪の髪と瞳の色を受け継いでおり、姿見の前に二人で立てば誰もが親子だと思うだろう。見るからに自分の子な彼女が可愛くて仕方がない。
双子のもう一人、プラチナブロンドがエリーゼ。二十年前に出会ったリカルナが戻って来たような容姿で、細かい所作からも王族としての気品を感じられる。ただ目元など細かい点が凪に似ているようで、その瞳が上目遣いで凪を見つめていた。今すぐ抱き締めて目一杯可愛がってあげたい。
凪はそれらの衝動を我慢して、相手が子供だとしても筋を通すべきだと考えた。リカルナを優しく引き離して、双子の前で膝を突いて目線の高さを合わせる。
「俺はナギ=ミオヤ。君たちの父親で、十年前、この世界から去った剣士だ」
双子は凪の自己紹介を聞いて、お互いの視線を交錯させた。そこにどんな意志が入っていたのかは分からないけれど、彼女たちが父親に対して何らかの思いを抱いていたことは感じられる。
「でも戻って来た」
「新しい魔王を討伐するためですよね?」
「どうせ倒したら帰るんでしょ?」
凪は分かり易いように両手を掲げて左右へ振った。
「いや、もう帰らないよ。女神様にもこの世界に永住するって伝えてきた。それに二代目魔王なら、もう退治したし。だからもし君たちが俺を許してくれるなら、父親らしいことをさせて欲しい」
「さっさと倒して帰っ――え?」
「ナギ様はずっといらっしゃるのですか?」
「は、はああぁぁーー!? え? 凪!?」
凪の言葉を聞いた双子と、リカルナが大声を上げる。
「ちょ、ちょっと色々待ちなさいよ! 女神様と話して、いえ、二代目魔王を倒した? それに帰らない?」
「ああ、カイにはもう伝えたんだが、二代目魔王ならもう倒してきたよ。あと、まあ、帰らない」