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第一話 異世界への再訪

 光のトンネルを抜けると、そこは異世界だった。


 前回、凪が高校生の時に召喚された際は、女神教の大神殿にある荘厳な儀式場に降り立ち、大勢の信者に囲まれて司教や司祭と言った者たちから挨拶された。その後も召喚当初は女神に選ばれた救世の英雄として厚遇され、少なくとも衣食住に困ることはなかったし、自分の状況や世界情勢についても一定の情報を得ることができた。


 対して二十年後の今日、凪が召喚された場所はひどく寂しい雰囲気だった。


 凪はどこかの草原に立っており、その周囲を大小異なる形の石が円を描いて配置されている。寂しいというのはあくまで人に囲まれていないというだけで、ストーンサークルはイギリスのそれ並みにしっかりと作られていた。異世界にも石で祭祀場を作った文明があり、歴史的価値は相当なものだろう。


 二十年前の凪だったら、こんな何もない場所に放り出されて途方に暮れてしまったが、今の凪はその程度はどうとでもなる。だから今はもっと重要な、とてもとてもとても重要なことを確認する。


 この異世界にはレベルやスキルの概念がある。むしろ数多ある異世界では、これらの概念のある世界のほうが主流らしい。その理由は世界をシステム化して管理しやすくするためであり、女神様みたいに力の弱い神様には都合が良く、逆にそういう概念がなくても世界を完璧に管理運営できる神様からは、『未世界』『途上世界』『シュリンク世界』などと呼ばれているそうだ。


 閑話休題、凪にとって重要なのは、十年前の魔王討伐時のステータスやアイテムを保持しているかどうかだ。


 凪の前に浮かんだ【情報ウィンドウ】と呼ばれるSFチックな立体モニターの内容をチェックしていき、表示上はすべて残っていることを確認した。それから変わらずにスキルや魔術が使えること、アイテムボックスの中身が取り出せること、ステータスの能力通りの力が発揮できることを確認していく。


「戻って来られた」


 ステータスの確認が終わり、異世界の空気を肺に満たして、感慨が口から漏れた。しばらくは日本の都会では決して感じられない空気に浸り、泣きそうになる自分を年齢を考えて叱咤する。誰が見ている訳でもないけれど、アラフォーおっさんが泣いたところで気持ち悪いと言われるだけだ。


 凪は両手で自分の頬を叩いて気合いを入れ直した。まずは女神様に頼まれた世界の危機を解決する。そしてもう元の世界へは帰らない。何が悲しくてお先真っ暗のアラフォーサラリーマンへ戻らなければならないのか。御祖(みおや)(なぎ)は剣士ナギとして異世界で骨を埋めるのだ。


「よし。行くか」




 ◇




 大地が震え空が黒雲に覆われた中で、魔の軍勢がその姿を現した。彼らの行進は地獄の底から這い上がってきたような凄まじい勢いで、周囲の空気さえも凍りつくような冷たさを帯びている。地面には無数のひび割れが広がり、そこからは地獄の炎がちらつき、赤黒い煙が立ち昇っていた。


 最前線には巨大な悪鬼たちが立ち並び、その身長は人間の何倍もあった。彼らの皮膚は岩のように硬く、黒い鱗や棘が体中に散りばめられている。顔には角が生え、瞳は血のように赤く輝いていた。その手には巨大な斧や鎖のついた武器を握りしめ、恐ろしい力を誇示している。彼らの咆哮はまるで地獄の門が開かれたときのような音を響かせ、空気を震わせた。


 空には翼を持つ悪魔たちが群れを成して飛び回っていた。コウモリのような黒い翼が不気味に羽ばたき、彼らの飛行が生む風は毒々しい臭いを漂わせる。彼らの顔は歪んだ表情で満ちており、鋭い牙が覗いていた。手には火を吐く槍や、闇を引き裂くような剣が握られており、空中から敵を狙い撃つ準備を整えている。


 地上には影のように忍び寄る小悪魔たちが数え切れないほどに蠢いていた。彼らの身体は小さく素早く動き回ることができる上、その牙と爪は鋭く、人間を容易に引き裂く力を持っている。歯を剥き出しにし、狂ったような笑い声を上げながら獲物を探し回っていた。どこか憎々しげで、貪欲な欲望が彼らの行動を支配している。


 その軍団を指揮する黒い霧をまとった指揮官は人の姿をしているが、その目には冷酷な知恵と底知れぬ邪悪さが宿っていた。指揮官は静かに命令を下し、その一言で無数の悪魔たちが従順に動き出す。


「さぁ、今日が新生魔王軍誕生の日であり、暗黒の時代の幕開けとなる……!」


 この軍勢は十年前、人類と戦い破れた魔王軍の残党や各地の勢力が統合されて生まれた大軍団だった。かつての慢心を後悔し十年の雌伏を経たことで、人数だけでなく戦力や装備の面でも十年前の旧魔王軍の規模を大きく上回る。聖剣と持ち主である救世の英雄を失い、人間同士の争いで自ら弱体化していった人類など、烈火の如き速さで蹂躙してしまえるだろう。


「ぎゃああああぁぁぁぁーーーー!」

「なんだこのオヤジはぁぁ!?」


 まずは栄光ある魔大陸に入植してきた人間の移民どもを血祭りに上げる。そして海を渡り、人類の守護国を標榜する聖法国を蹂躙し尽くす。人類最強などと言う天帝国に力を見せつけ、悪魔や魔物と融和政策など嘯く偽善者の光共和国を侵略し、そして憎き救世の英雄を降臨させた星皇国は塵一つ残さない。


「化け物、化け物だああぁぁーー!?」

「人間一人に何をやっ、ぐぼへらぁ!?」


 指揮官はこの十年間どれだけの苦痛だったか、そしてこれからの未来へ思いを馳せ、笑みを零した。


「キィーキィーキィー!?」

「きゃうんきゃうんきゃうん!」


 何よりも新たな魔王である。指揮官が従う二代目魔王は、初代魔王とは比較にならない力を持つ最強最悪の存在であり、女神さえも撥ね除けた絶対者だった。


「我を倒したところで、第二、第三の魔王が……ぐふっ」

「第二はお前だったんじゃないのか?」


 そして指揮官は、人間の中年オヤジに、二代目魔王が斬り殺された光景を目撃した。


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