第九話 凪の計略
双子は学院に通っているだけではなく、様々な家庭教師が付いている。皇族の血を引く大公家の娘として、マナーやダンス、刺繍や楽器など様々な教養を叩き込まれているらしい。剣や魔術ではなく、それらを子供に教えられるのは、凪が十年前に初代魔王を討伐してもたらした平和のお陰と言えた。
凪は双子の勉強の邪魔をしないように、双子の授業中は冒険者ギルドで仕事をすることにした。冒険者ギルドには開拓や採集、護衛や見張りといった様々な種類の依頼が雑多にあるが、凪がやるのはもっぱら討伐依頼となる。皇都周辺で討伐依頼が出されるような魔物は、騎士団や軍によって掃討されるため、冒険者ギルドに来るのはほとんどが地方や遠方だった。
本来なら時間や経費のかかる依頼だが、凪は特別な法則をいくつも使用できる。【情報ウィンドウ】や【アイテムボックス】そして【ファストトラベル】などで、それらだけでもチートと呼んで良い能力だろう。
ファストトラベルはいくつか制限はあるものの、マーカーの場所へ瞬間移動が可能で、凪が触れている限り何人でも連れて行ける。昨日、双子と一緒にハーンノーン湖へ行ったのは、この法則を使った。またファストトラベルのことは魔王との戦争中に使用された戦術にも組み込まれていたため、多くの人に知られている。だから隠す意味はない。
凪はマーカー一覧と討伐依頼の紙を見比べて、現地へファストトラベル。現地で魔物を討伐し、死体ごとアイテムボックスへ入れて、冒険者ギルドの依頼ボードの前へファストトラベル。再び別の場所へファストトラベル、死体ごとアイテムボックスへ入れて、冒険者ギルドの依頼ボードの前へファストトラベル。それを何度か繰り返した。
「おい、凪ぃ! 今すぐその仕事の仕方をやめろ!」
「シュテン? 困ってる人は放っておけないだろ。これが一番冴えたやり方だと思わないか?」
「お前がエルフやドワーフみたいに長生きで、すべての討伐依頼を一人でこなしてくれるならな!」
冒険者ギルドのギルドマスターシュテンは、凪の肩を掴んで冷や汗を掻いていた。今の凪の行為は冒険者のレベルアップとお金稼ぎの機会を同時に奪っている、とも言えるため、慌てて止めに来たのだろう。
「冗談だよ。ちゃんと必要額に到達したらやめるから」
「まだ続けるつもりじゃねぇかよ。お前の頃より討伐依頼は減ってるって理解しろ」
「討伐依頼が減るのは良いことだな。ちょっと稼ぎがやりづらくなるけど」
「なんだよ、金が必要なのか? 唸るほど持ってたじゃねぇか」
「十年前に帰る時、みんなへ全部渡したよ」
凪が元の世界へ持って帰ったのは、凪しか使えない物や思い出の品々、誰かに使われたら危険のある魔剣や魔道具、争いの種になる超稀少品などだ。この世界である程度は価値のあるものは、仲間たちに配ってしまった。各国の通貨は、その最たるものである。
「なるほどな。はぁ。いくら必要なんだよ」
「ミアとエリーゼにドレスでもと思ってるんだ」
「大公家で英雄の娘用のドレスを、冒険者ギルドの依頼で稼ごうとするな」
近くの椅子に座らされてシュテンと向き合う。ギルドマスターになって分かった、冒険者ギルドが如何に金欠かという愚痴を聞かされた。
「大体、まだ仲良くなれてないから、受け取りやすいクイーンビーの蜂蜜……受け取りやすいか? 蜂蜜にしたんじゃねぇのか?」
「昨日は蜂蜜と聖剣を送った。どちらも喜んでくれたようだから、ミアとエリーゼとの距離は縮まったと思う」
「えぐい落差だな、おい。つか、聖剣を送ったってどういうこと? いや今はいい。いいかナギ、毎日高いものをプレゼントして娘の気を惹こうって、ダメ親父の典型だぞ」
「ぐおおぉぉっ!?」
凪は心にクリティカル攻撃がヒットした気がする。それからここまで討伐した分の報酬だけ受け取り、敗残兵の気分で冒険者ギルドを出て行く。
ふと蜂蜜の話題になったので思い出したが、今朝の朝食時にミアが蜂蜜の瓶を空にして、リカルナから食べ過ぎだと叱られていた。
「これだ!」
◇
「風魔術は常に発動し続けろ! 水鏡隊、前へ!」
とある草原に無数の兵士たちが隊列を作っていた。後衛の魔術師たちが風の魔術で追い風を送る中、兵士たちは姿見のような大きな盾で身を隠し、一点へ向かって進んでいる。
兵士たちの進む先には十匹から二十匹ほどの同型の魔物が立ちはだかっていた。その魔物の体は大きな鶏のような形をしているが、その羽毛は固く鱗のような質感を持ち、まるで爬虫類と鳥が融合したかのような姿だった。背中からは短くて鋭い棘が生え、首筋から尾にかけて光沢を帯びた緑がかった鱗が太陽の光を反射してギラギラと光っている。
コカトリスと呼ばれる強力な石化能力を持つ危険な魔物。それがこの地に巣を作り、産卵を行っているという情報が入ったため討伐軍が編成された。この無数の兵士たちは討伐軍である。
「駄目です! ブレスの勢いが強い! これ以上近づけません!」
そんな討伐軍は苦戦を強いられていた。コカトリスたちも学習能力を持っているのか、代わる代わる交代で石化ブレスを放つため、ブレスが来たら風魔術で防ぎ、鏡の盾に隠れて進む鉄板戦術が通用しない。
「一度撤退しましょう!」
「ならん! 奴らは一日に一つ卵を産む! ここで討伐できなければ、次は数倍の数になる!」
「隊長! 後方にもコカトリスが!」
「馬鹿な!? 囮を使った挟み撃ちだと!? 知能の高い個体がいる! くそったれ!」
その討伐軍たちは一人残らず石にされてしまう。彼らが石化から解放されるのは、このコカトリスたちが討伐された時だろう。それが何年後か何十年後か、もしくは永遠に来ないか。
答えは三分後だった。
「あったあった。新鮮な卵ゲット。おっと、卵は栄養価が高いって言うし、雌は何匹か捕まえていくか」
コカトリスの巣に謎のオヤジが現れたかと思うと、謎のオヤジはコカトリスたちの石化ブレスも石化の視線もものともせず、ニワトリの処分でもするかのようにコカトリスたちを抹殺していった。
兵士たちが石化から解放されて呆然としている間に、謎のオヤジは空気に溶けるように消えてしまった。
それから少し経ったほぼ同時刻。
「次はさとうきびだ」
さとうきびは特に貴族に人気の高い砂糖の原料であり、大陸南側では最大の産業になる国もあるほどだった。大陸南側は魔大陸から遠いため、魔王軍からの侵攻をほとんど受けないこともあり、農業や林業が盛んである。
しかし魔王軍と直接戦うことはないものの、世界各地に出現する魔物との戦いは頭の痛い問題だった。戦闘に関して才能のある者は活躍の場を求めて魔王軍との戦乱が続く大陸北側へ向かうため、南側の人間たちは自然と戦闘に向かない者たちとなってしまう。大陸北側では容易に討伐できるような魔物も大陸南側では大騒ぎだ。
「ヴィーガンエイプ共め」
その土地の統治者は、ヴィーガンエイプという魔物の大量発生に憎々しげな恨み言を口にしていた。
ヴィーガンエイプとは人間を襲わない猿型の魔物であり、各国での危険度は最低に位置づけられている。しかしそのせいで討伐が後回しになり、ヴィーガンエイプが増えすぎてしまい、近年は農作物に甚大な被害をもたらすようになった。
ならばさっさと討伐したいところだが、ヴィーガンエイプは逃げ足が速い上に、冒険者のシルバーランクでも討伐が難しいほどに頭が良く、大規模な討伐隊を組めば姿を見せない。
大陸北側で魔王軍と戦う軍人や冒険者を呼び寄せることができれば討伐も叶うだろうが、大量のヴィーガンエイプを討伐しきるまで何ヶ月掛かるか分かったものではない。それに二代目魔王の出現が囁かれる中、最前線から強力な戦士を融通してもらうには、どれだけの見返りを求められるだろうか。
「代替わりしたんだな」
「何者だ!?」
悩む統治者の前に、謎のオヤジが立っていた。
「その若さで継いだなんて凄いな。俺は、と言っても覚えてないか。こんな小さな時に会ったんだが」
統治者は謎のオヤジの人相を、たしかに覚えていない。しかし物心つくかつかないかの時、その英雄に会って頭を撫でてもらったのは覚えている。
「あ、ああ、ああああっ! ナギ様!」
「何か困ってるのか? 良かったら相談に乗る……ああ、いや、解決するから、代わりに一番良いさとうきびを融通して欲しいんだ」
「喜んで!」
「バターバター」
その日、その地に絶望が舞い降りた。
グガランナ。魔王に匹敵するとも言われる究極の魔物の発生である。牛の姿を模したその魔物は、一歩で天変地異を起こし、人間の使うあらゆる魔術を無効化し、金剛石のように堅い身体を持っている。
「二代目魔王の危機に、このような災害が産まれるとは」
大陸東側に広がる大森林を領土とするエルフの国の女王は、グガランナの出現に覚悟を決めた。
「千年結界を構築する。千年の時間があれば、二代目魔王を討伐した後、グガランナを討つ戦力も整えられよう。皆を国から脱出させよ」
エルフの女王は命令を下しながら、昨日のことのように思い出す。十年前、エルフにとっては正に昨日のような出来事。どんな敵にも立ち向かい、エルフたちに寄り添ってくれた救世の英雄ナギがいれば。
だが救世の英雄ナギは神の世界へ帰ってしまった。愚かな人間たちが欲望のままに凪を利用しようとしたからか、凪自身が帰りたいと望んだからか。
「アグラレスさん、お久しぶりです」
「ん、久しぶり……ぶっ!? なっ、ゲホゲホッ、ナギ!?」
エルフの女王は反射的に髪の乱れを整えた。エルフは知覚や美醜感覚が精霊に近く、人間としては容姿が年老いたとしても、救世の英雄ナギを間違えるはずもないし、その魅力は衰えるどころか磨きが掛かっていると感じる。
「神の世界へ帰還したのではなかったのか!?」
「一昨日戻って来ました」
「一昨日!? 何故、私に知らせなかった!」
「すいません、カイとリカルナの所にいまして」
「ああ……あの双子と会ったようだな」
エルフの女王は少しの間取り乱したものの、すぐに正気を取り戻した。十年前に神の世界へ帰還した救世の英雄ナギが目の前にいることは、色々と話したい内容があるものの、それらを我慢して女神様の天啓だと思うことにした。究極の魔物グガランナが出現したが、それに対抗できる救世の英雄ナギが遣わされたのだから。
エルフの女王が凪へグガランナのことを話そうとする前に、凪が口を開いた。
「まあ、そうなんです。今はまず彼女たちと仲良くなるために、色々頑張っています」
「そうか。ならば双子に関する何か用事か? こちらとしても心苦しいが、相談したいことがあるのだが」
「はい。美味しい牛乳を手に入れようと思っています。ちょうどアグラレスさんのところに、良い乳牛がいるみたいなので、譲ってもらいたくて」
「乳牛か……乳牛……? 乳牛?」
「聖力を持っていますし、テイムして持ち帰りたいと考えてます」
よく分からないけど、あげよう。
そう答えた後、魔王に匹敵する脅威である究極の魔物グガランナは、綺麗さっぱりいなくなっていた。




