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発語が命令となる男

 コンコンとノックし、「キアラです」と告げるとすぐにドアが開く。客間にはライリーがあの男と向かいあっていた。でも男は優雅にソファに足を組んで座ったまま、振り返ったライリーはこころなしか青ざめている。


  あれ? お友達じゃないのかしら? それとも、もう私の粗相が伝わってる? 


 いつも顔色一つ変えないライリーが焦ったように自分に近づいてくるのをやや不思議そうに見つめる。


「キアラ、この御方がどなたか分からなかったのかい?」

「え? レオンでしょ? 自分でそう言ってたわよ。ね、レオン?」

「ああ」

「あ、お食事食べられたのね、良かった」

「ああ、美味かった」

「そうでしょ、ウチのシェフの料理は自慢だもの」


 ライリーは真っ青になるが、やはりキアラは気が付かない。その様子が可笑しくてたまらないというように男は笑う。


「キアラ! こちらはアルバラード皇国のレオンハルト皇子でいらっしゃるのだぞ!」

「え?」


 どこの誰って言った?


「えっと、ラル兄様、今なんて?」

「殿下、大変失礼致しました」


 状況がよく飲み込めていないキアラとは逆に、さらに顔色を悪くしたライリーが最敬礼を取る。レオンハルトは、二人を交互に見てくくくとさらに笑う。


「俺の顔を見ても何とも思わなかったのか?」

「何ともってなんですか?!」


 そもそも顔が見えないような髪をしているのはそっちじゃない。


 キアラの心の中を見透かしたようにレオンハルトが顔を見えるように覆っていた前髪を上げる。黄金の瞳がより一層輝いてみえる。顔全体が見えるとその顔がどれだけ整っているか嫌でも認識させられる。


 そう言えば、黄金の瞳は皇族の証だって習ったような気がする。実際見たことないのも当然なんだわ。キアラは記憶の底からアルバラード皇国についての項目を引っ張り出す。世界の中心。魔法量の多さ。黄金の瞳。それから……。


「ところで、聞きたいことがある」


 レオンハルトがライリーに向き合う。


「はい」

「確かリール王国の王太子の婚約者がエンデバルトのご令嬢だったはずだが? このキアラがそうなのか?」

「は? あ、いえ、アンリ王太子の婚約者は確かに当家の者ですが、キアラではなく長女のエレクシアでございます」

「ふ……ん。なら問題ないな」

「?」


 頭脳明晰と言われるライリーも、なぜか満足気にニヤリと笑うレオンハルトの真意が分からずただ頭を下げ混乱するしかなかった。


 大体なぜこんなことになっているんだ。なぜアルバラード皇国の皇子が我が家にいるんだ。


 ライリーは別の領地へ赴く用事があり本来ならあと3日ほど掛かる予定だったが、早めに片付いたためこちらの屋敷へも早めに来ることとなった。母マリアンヌが熱を出して臥せっているということは別領地でも聞いていたので急いだのだ。


 先に通信を飛ばしてはいたが、玄関先で満面の笑みで待ち構えているセオドアを見たときから嫌な予感はしていたんだ。いつもはエントランスで出迎えするセオドアが玄関先にいるときは、大抵キアラが何かやらかした時と相場が決まっている。だから今回もまぁ何かやったんだろうとは思っていたが、まさかアルバラードの皇子を連れてきているなんて誰が想像できるんだ。なぜリール王国に? なぜ我が家に? レオンハルト皇子の目的が読めない。アルバラード皇国とリール王国の間には特に問題はなかったはず。いや、すでにキアラがこれだけやらかしているんだ。シアの件を確認されたのは何か今後正式に王家に抗議がくるのか? 早めに父様にはこちらに来てほしいところだが……。セオドアはすでに父様にも通信は飛ばしていると言っていた、だが何しろお忙しい身上、いつ通信を確認するか分からない。セオドアにはルーファス宛にも念の為知らせておくようにと言っておいたから、ルーファスから父様へ伝われば良いが。ここはシアにも知らせるべきか? しかしそうなれば殿下にも伝わるだろう、そうなればさらに大事になりかねない。わざわざ騒ぎたてることは得策ではないか……。


 ライリーが冷静に状況の把握をしようと努めている中、レオンハルトはすっと立ち上がり、キアラの前に立つ。キアラはやはり心ここにあらずのままだったが、レオンハルトの黄金の瞳を確認するかのように見つめる。レオンハルトもまた、燃えるような紅い瞳を覗き込む。


「遮るものがないと良く見えるな、ふん、化粧をしたのか、より輝くな」

「何が?」

「お前の瞳は本当に澄んでいるんだな、――があるのも分かる」

「え……?」


 不意の言葉にキアラの大きな瞳が二度三度と瞬く。


「俺が誰だか知っても態度を変えなかったのはお前くらいだ」

「あ……」


 慌ててカーテシーをするが、帰ってきたのは爆笑だった。


「なかなか綺麗にやるじゃねーか、ま、まだぐらつくようだけどな」


 うぅ、言い返せない。こんなヒールの高い靴、いつもは履かないもの。


 グラグラしながら頭を下げるキアラの前にサッとライリーが庇うように立つ。


「大変失礼致しました。教育不足でお恥ずかしい限りです。キアラ、もうお前は下がりなさい」

「はい、ラル兄様」

「いや、お前もここにいろ」

「は?」


 もう私に用なんてないでしょうに、何なのよ。色々無礼な態度を謝れっていうの? でもそれはまさか大国の皇族だなんて知らなかったからよ。私は聞いたもの、それなのにちゃんと名乗らない方が悪いんじゃない。


「お前は連れて行く」


 え?


 キアラとライリーの思考が止まる。


「で、殿下、今なんと……?」


 ライリーはキアラが部屋に着いた時よりもさらに青い顔となる。


 何を言っているの、この男は。やっぱり訳がわからない。人をおちょくって楽しんでいるのかしら。だいたいアルバラード皇国の皇子なんて、ますますゴメンだわ。


 さきほど掘り出した記憶にあったのは、アルバラード皇族のある習慣だった。アルバラード皇国の皇族はハーレムを持つことで有名。各国から大陸一の大国である皇国に繋がりをもつために、その国の王女や有力貴族の選りすぐりの美女や美少女が送り込まれ、毎夜、王や皇太子の争奪戦が行われているとのもっぱらの噂だ。またハーレムでは原因不明の病や死も多く、なぜか行方不明者も出るという。


 おお怖い、誰がそんな所に行きたがるっていうの? だいたい私は父様や母様みたく、ずっと二人で仲良しがいいもの。ハーレムなんてごめんだわ。


「皆俺の正体を知ると、だいたい連れて行けとか付いていくって言うけどな?」

「私はお断り致しますので、どうぞ他の皆様とよろしくやってくださいませ。あぁ、それか今後の良き出会いに期待すればよろしいのでは?」

「ふん……」


レオンハルトが考え込む。


「ということは、お前にもあるかもしれないってことだよな?」

「え? 何が……」

「今後の良き出会いってヤツ」

「?? まぁ、そうかもしれませんけど??」

「ダメだ」

「はぁあ?」


 ダメってなに? なんで貴方にそんなこと決められなきゃいけないわけ。


「私のことは私が決めます! 貴方には関係ないでしょ」


 ぷいっと頬を膨らませてそのまま横を向くキアラには、この男が皇子であることがすっぽり抜けていた。


「はは、本当にお前は面白いな」


 そんなキアラの態度も一向に気にしない様子のレオンハルトは、しかし、急に気配を変えライリーに再び向き合う。


「このレオンハルト・ヴィ・アルバラードの頼みだ、承諾してくれるな」


 黄金の瞳が輝き、魔力の圧がライリーを飲み込む。


「お待ち下さい、いくら何でも急すぎます。とにかく父、当主が来てからお話しさせて頂きたく……」


 ライリーが必死に言い募る。いつもは眉ひとつ動かすこともないと言われるその美貌に幾筋もの汗が流れる。ライリーの魔力はかなり多い。このため通常は他者の魔法展開しない魔力干渉はほぼ受けない。しかしそのライリーが思わず防御魔法を展開しそうになうほどの魔力圧だった。


 これが発語が命令となる男の、アルバラード皇族のいや、レオンハルト皇子の魔力か!


 伝う汗を感じながらちらりと圧がこの部屋全体ではなく自分だけに向けられ、キアラには向けられていないこと確認する。


 いくらアルバラードの皇子であろうと、今ここからキアラを連れて行くことは阻止せねば。キアラを、可愛い妹をこんな形で奪ってくことは許されない。


 ゆっくりとそれでも確実にライリーはレオンハルトの魔力圧を撥ね除けていく。またずっと控えていた家令のセオドアと2人のメイドも明確にライリーとキアラを守るように魔力を送っている。確実な魔法展開をしない場合において、目上の者の前で防御魔法を展開することはマナー違反とされている。それだけでなく、非常に不名誉なこととされている。


 エンデバルトの家名において、ここは必ず乗り切らねば。


 ライリーが身体に力を込めたその時、窓の外からの陽が遮られる。


 それが何か知っているライリーは、今一度深くレオハルトに頭を下げ、セオドアは腰を折ったままドアを静かに開けた。


 


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