表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

6/8

エンデバルト公爵家

 母様の寝室に顔を出した後、再び客間へ向かうつもりが、なぜか着替えをさせられている。母様はベッドサイドに腰掛けていて、今朝よりは元気そうだった。それでもまだ熱があるようだったので水差しに汲んできた水を移してから横になってもらった。


 大好きな母であるマリアンヌは、もともとそこまで体が丈夫な人ではなかったらしい。それでもこの国の聖女もエンデバルト公爵家の義務もしっかり務めていたと聞く。ただ長年の疲労が積み重なり、そこへ私を出産したことで倒れてしまったらしい。母様をこの上なく大切にしている父様は、神殿からも社交界からも離れたこの領地に母様を移した。そこで私は育ち、ここの領地から出たことはない。兄様達は王都へ行ってしまったが、父様を始め家族はよく戻ってきてくれるので寂しくはない。それに私には母様もウルも屋敷のみんなもいる。


「それで、どうして私は着替えなくちゃいけないわけ」


 いそいそと紅をさそうとしている侍女のエマに聞く。最初は湯浴みからさせられそうになったのだ。


「セオドア様のご指示ですので」

「あー……」


 セオドアの指示にエマが反論するはずもない。セオドアはエンデバルト家の家令。もともとは王都のお屋敷で長年仕えていたそうだけど、母様がここに療養する時に一緒にこちらの屋敷に移ってきたそう。多くの使用人を束ねており、使用人からも父様からも信頼度は抜群。兄様達だってセオドアの言う事は良く聞くし、私だってそれは同じ。だからエマがセオドアの言う事に従うのもわかる。けど、だからってなんでこんなこと。今日って誰か来る予定とかあったかしら?


 なんとか着替えと簡単なメイクだけで妥協してもらったけど、だいたい私が着飾ったって意味がないと思うのに……。ため息をつきながら言うと、エマがすごい勢いで首を振る。


「まぁお嬢様何をおっしゃるのですか、いつもいつでも申し上げますが、お嬢様は最高にお可愛らしいですよ、このお屋敷の誰に聞いたってそう言いますわ。いえ、この領地でも、いいえ、王都に出たって世界中でもお嬢様のお可愛らしさは誰にも負けません!」


 そんな訳ないじゃない。


「最果ての神秘」とも称されたという母マリアンヌ。淡い金髪は豊かなウェーブを描き、エメラルドグリーンの瞳はいつも優しく揺らめいて、子供を4人も産んだと思えぬほどスッキリとしたスタイルは一体いつ歳を取るのかと思うほど変わらない。よく読んでくれたお伽噺の妖精にそっくりで、ずっと母様は妖精なのだと思いこんでいたくらいだ。


 キアラには他に2人の兄と姉が1人いる。全員今は王都におり、長男のライリーは王太子の側近。頭が良く、魔力も多くあらゆる魔法に精通する未来の宰相候補である。父であるエンデバルト公爵の銀髪とともすると冷たいと言われる美貌に母譲りのエメラルドの瞳を受け継いでいるが、縁談が来ても本人が全く気がないので婚約者すらいない。若き日の父、エンデバルト公爵と同じように銀髪を長く伸ばしているのは父への敬愛と憧れの証。自分にも他人にも厳しいと評判だが意外にロマンチストな面も持ち合わせている。令嬢達の間では「最後の大物」と言われ、密かに狙われている。

 次兄のルーファスは騎士団所属で天馬を操る。銀髪よりの赤毛で澄んだ蒼い瞳を持つ。幼少期より勉強より体を動かす方が好きで天馬に早くから乗ることも出来たため、騎士団を目指す。魔力は人並より少し強いくらい。しかし攻撃魔法に特化しているため、前線に出ることが多い。よく笑う整った顔立ちに人懐っこい性格は誰からも愛され、むろんお誘いも多いものの仲間とつるんでいる方が楽しいと、こちらも婚約者はいない。キアラとは一番年が近く、兄弟の中でも長く領地にいたため仲が良い。

 そしてライリーとルーファスの間に姉がいる。長女のエレクシアはリール王国王太子の婚約者であり、現聖女でもある。母マリアンヌと同じく淡い金髪を持ち、大きな薄いライラック色の瞳を持つ。キアラが産まれてすぐ聖魔法が発現し、若干7歳で王家との縁談が成立したこともあり幼い頃から王太子妃教育を受けるため王都へ移った。マリアンヌと同じく儚げな印象を残す美しさで王太子の寵愛を受けている。


 そして父である「氷の貴公子」エンデバルト公爵がキアラの家族だった。領地から出たことのないキアラであっても、美しい自分の家族は自慢であり、憧れだった。キアラの生活はこののどかな領地であり、王都で、世界で、何が流行っていて、どんなことが話題であるということに興味がなかった。ただ美しい父が美しい母に微笑み、美しい兄弟が優しく自分を見守ってくれていることだけで満たされていたから。このため、触れると消えてしまいそうな儚げな美しさが美人の基準となってしまった。キアラは自身が儚げとは程遠いことを自覚しており、そのせいで自分は美の基準から外れていると思い込んでいる。それが全くの勘違いだとしても比較する対象が浮世離れした美しすぎる家族しかなく、キアラの思い込みは解消されていない。エンデバルト家では、――ライリー曰く、色素も体温も影も薄そうな家族の中――溌剌としたキアラは一人別の輝きを放っており、そんなキアラを一家もまた使用人達も大層可愛がり、キアラは皆の愛を一心に注がれていた。皆キアラには甘く、何をしてもニコニコと喜ぶ。ともすればワガママで高慢になりそうだが、少々お転婆ではあるもののキアラはまっすぐ素直なまますくすくと育った。しかし、少々思い込みの激しい子になってしまったのだった。


 美しいと言えば、今客間にいる男の目は綺麗だったなぁ。あんな色見たことが無かった。王都にいけばいるのかもしれないが、少なくともキアラは出会ったことのない色だった。今度兄様達に聞いてみよう。


「あ」


 そう言えばラル兄様がもうすぐ帰って来るんだったわ。あれ? 今日だったっけ? もしかしてどなたかと一緒とか……だから私も準備されてるのかしら??


 結局のところ、どうして今自分がこんな状態になっているのか今ひとつ理解出来ぬまま、シュッとお気に入りの香水を吹きかけられ、エマはようやく手を止めてくれた。


 支度が終わったのがわかったかのように、コンコンとドアがノックされる。


「お嬢様、客間へどうぞ」


 エマがドアを開けると、セオドアが待ち構えていた。


 ん? 客間? うちの客間ってもう一つあったかしら?


「? お食事が出来上がったのなら誰か持っていってくれたらいいわ、きっとお腹がいっぱいになったら帰るでしょ」

「……いえ、お食事でしたら先程お持ちしました。ご来客の方の件でライリー様がお呼びです」


 え? ラル兄様? やっぱり返ってくるのは今日だったんだわ。それにしてもご来客の件って、もしやあの失礼な男はラル兄様のお友達だったのかも。それで屋敷にくる途中に迷ってあんなところで釣りをしていたのかも……。それなら大変! しっかり謝らないと。


 パタパタと駆け出しそうになるキアラをセオドアはしっかり制し、キアラは自分の精一杯のお淑やかさで今日何度も向かった客間へ歩を進めた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ