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愛馬の秘密

「ほら、もうすぐ着くわよ」


 さらに30分ほど歩いただろうか。のどかな風景の中、キアラが指差す先に立派な門が見えてくる。思ったより歩いたな、というのが素直な感想だ。まさかでここまで歩くとは思っていなかった。どう見てもそこいらの村の娘には思えなかったからだ。いいとこのお嬢様が自分の足でこんなにも出歩くこと自体が男には新鮮だった。


 門を少しだけずらしてスッと先にキアラが入る。着いた先は男が想像していたよりも大きな屋敷だった。


「じゃあ、ちょっと待っていてね、お茶はすぐに用意出来ると思うけど、お食事は少し時間がかかると思うから」

「いや、悪いな」

「え」


 ん?

 目を開き、口がやや開いた顔をしてこちらを見ている。

 

「どうかしたか?」

「悪いと思ってたんだなって、ちょっとビックリしただけよ」


――じゃあごゆっくり。

 そう言うとサァっと風のように出ていってしまった。本当に面白い娘だ。


「それにしても……」


 男は通された応接室らしい室内をぐるっと見渡す。

 派手さはないが、一目で上質と分かる調度品の数々。色とりどりの花が飾られ、充分に差し込む光により生命力を感じさせる。門にも家の中にもこれといって紋章のようなものは見当たらない。しかし商家のそれとは雰囲気が違う。せいぜい下位貴族あたりかと思っていたが、これは……。


――ちょっと探索してもいいよな。


 男は好奇心を抑えられるタイプではなかったし、思いつたらすぐ行動に移したい性質だった。ましてや今はそれをどうにか諌めようとする者たちも近くにいなかった。


 そうしてニヤッと笑うと、キアラが出ていった同じドアから男もまたするりと抜け出していったのだった。


 コツコツを廊下を歩く。廊下の床も磨き上げられてる。廊下に飾ってある絵画や装飾品も数は多くないが一つ一つはとても丁寧なものだった。丁寧なもの、男がそう感じるような物が置いてあることにやや驚く。

 やはりこれは……。

 立ち止まり思案していると、ふと窓の外に目をやると違う建物が目に入った。どうやら厩舎のようだ。


「そういえば愛馬のためにって言ってたよな」


 水汲みをしにきていた理由を思い出す。


 ふん、俺より優先する愛馬か。


 なぜか少しモヤっとした気分と、あの娘が乗る馬がどんなものか見てみたい気分が合わさり、躊躇なく男の足は今見えた厩舎の方へ向かう。そうして見つけた金色の髪の向こうの光景にやや驚きながら声を掛ける。


「お前の愛馬ってコイツ?」

 

 急に掛けられた言葉にキアラは心底驚いた。振り向くとやはり声を掛けてきたのは、さっき応接間に案内したはずの男だった。


「な、え……?」


 なんであなたがここに居るのよ! さっき、応接間に案内したわよね。勝手に屋敷をあちこち回らないで欲しい。


 湖で汲んできたお水は家令にお願いしてウルに持っていってもらい、レオンを応接間へ案内したのだが、やっぱり気になって厩舎まで様子を見に来たところだ。帰ってきたときも特に悪くなったりしてないとは聞いたけど、自分の確かめておきたかった。


「そうですけど、何か?」

「そうか……まさか天馬だったとはな、お前には驚かされてばかりだ」


 そう、ウルは普通の馬じゃない。

 翼をもつ天馬なのだ。


 リール王国の騎士団は天馬を操る。そのため、【天翔ける騎士団】として有名だ。天馬は警戒心が強くめったに人を乗せないのだが、リール王国は天馬を繁殖させる技術があり、生まれた時からお世話をするため騎士団にだけは背中を許すのだ。天馬は他種よりも危機回避探知能力に長け、地上だけでなく空も自在に駆け回れ、しかもスピードはかなり速い。本気を出した天馬には最強のドラゴンも敵わないと言われているほどだ。


「でも、コイツは……」

「それ以上近づくと脚でふっ飛ばされるわよ」


 絵と書物でしか見たことのない天馬だったが、目の前の天馬は何かが違う気がして、もっと良く観察しようとした瞬間に慌てたようなキアラの声に止められる。

 

「さ、もうここはいいでしょ。ウルも休ませたいから、アナタはこっちへ」

「……ああ」


 あっぶなーい、ウルのことはあまり他人に知られてはいけないのに。だ、大丈夫よね、ウル後ろ向きでなおかつ下向いてたし……っていうか大体勝手に人の家をウロつくのが悪くない? 私はちゃんと客間に案内したのに!


 焦りから早口に捲し立て、背中を押すようにして厩舎から遠ざける。


「お願いだからここでちゃんと待っていてくださいねっ」


 再度応接間に通し、念を押す。


「ああ、大丈夫だ」


 若干口元がニヤけているところが全然信用ならない返事だけど、とりあえず私は母様のところに行かないと……。ウルの様子をサッと見てから母様のところに行くつもりだったのに。どうしてこの人の相手ばかりしないといけないのよ。


 分かりやすくぷりぷりとしてドアから出ていくキアラを見送り、再度ソファに深く座り直す。ますます探索したいところだが、ここは大人しくしている方が得策か。……しかし、あの天馬といい、屋敷の規模や趣といい、間違いなく上位貴族の屋敷であることは窺いしれた。


「失礼致します」


 ドアがノックされ、返事をすると執事服をカッチリと着込んだ初老の男性が、ティーセットを携え入ってくる。


「お食事のご用意にもう少し掛かりますので、お茶とお菓子をどうぞ」

「あぁ、悪いな」


 慣れた手付きでお茶が用意される。お茶の良い香りが広がる。王家にも献上されるほど有名で希少な茶葉の香りに、男が顔を上げる。


「それで……お嬢様とはどちらで?」

「あぁ、湖でさ、拾ってもらったんだ」

「ほぅ、なるほど……」


 音一つ立てずティーカップが置かれる。と同時に、初老の男が壁際まで下がり90度に身体を折り曲げた。

 今度は男が、ほぅと唸った。


「見えるような角度じゃねぇと思ったけどな」

「大変失礼致しました」

「あんたのお嬢様は気づかなかったぜ? しっかりと間近でこの瞳の色を見てもな」

「大変申し訳ございません。お嬢様はこのような田舎でお育ちのため、あまり世間に明るくなく……」

「いや、責めてるんじゃないさ。もともとバレないようにって格好だしな。だからお前もそう畏まるなよ」

「そういう訳には参りません。ただ今当主にもお伝え致しますが、王都より離れております故、到着には今しばらくお時間をいただくことになるかと存じます。また本来ですと名代としてご挨拶させていただく夫人は現在臥せっておりますゆえ、何卒ご容赦いただきたく……」

「だからそういうのいいってば」

「いえ、そういう訳には参りません。こちらは本邸ではございませので充分なおもてなしも出来ないこと重ねてお詫び申し上げます」


 顔を下げたまま執事服の男は譲らない。


 こんなナリをしていても俺だって見抜くし、俺だって分かっててもこの態度。ここまでの執事――いや、年齢やこの思慮深さからみても家令か――が仕えているってことは、名のある貴族か?


「ほんとにいいって、それよりもここはどこなんだ? 家紋もなにもないんだが」

「大変失礼致しました。既にお嬢様がお伝えしているものとばかり……」


 今度はこちらが気の毒になるほど真っ赤になっているのが分かる。おいおい、これじゃ俺がいじめているみたいじゃねーか。俺とわかっても動揺しなかったヤツがこれかよ。そんなに畏まられてもこっちが困る。……ま、今までもアイツが色々とやらかしてきたことはこれだけでも分かるな。


「いや、別にたいした意味はないんだよ、たださっきも天馬を見かけたしな、だから」

「はい、当家はリール王国エンデバルト公爵家でございます。申し遅れまして大変申し訳ございません」


 エンデバルト……なるほど、天馬がいるのも納得だ。


 男がいかに優秀であったとしても、全ての国の貴族を覚えていることは到底不可能だ。しかしリール王国のエンデバルト公爵家のことは知っていた。それはエンデバルト公爵がリール王国の最重要人物であるからだった。


 エンデバルト公爵家の現当主フェルナンド・ジュレ・エンデバルトはリール国王の側近中の側近である。膨大な魔力と剣の腕前は突出しており、若き日には天馬に跨り長く伸ばした銀髪をなびかせ颯爽と空を駆ける姿と笑うことがないと有名な美貌も相まって「氷の貴公子」と言われていた美丈夫だ。そのエンデバルト公爵が現在のリール国王と壮絶なバトルの末、リール王国の聖女と結ばれたのは有名な話。その聖女、マリアンヌ・ジュレ・エンデバルトは滅多に人前には出ない存在であるにも関わらず「最果ての神秘」と称される美しさだという。


「ふぅん……」


 確か、エンデバルト家のご令嬢はリール王国王太子の婚約者だったはずだが……アイツがか?


 記憶を辿りながらも無自覚に眉間に皺が寄っていく。そんな姿を見た家令はさらに腰を折る。


「連絡して参りますので、一度失礼させて頂きます。何かございましたらこちらのメイドにお申し付け下さい」


 いつの間にかメイドが2名控えていた。

 

 ふん。


 気を張っているわけでもないが、気が付かせないとはな。やはりエンデバルト、家の者もよく訓練されている。


「いや、いい。一人で待てる」

「でしたら、御用の際はベルでお呼び下さい」


 男が頷くと家令ようやく顔を上げ、また深く一礼をして部屋を出た。


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