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話を聞いて

「キアラ・ジュレ・エンデバルト!」

「……え?」


 唐突に呼ばれた名前に、壁の花となっていたキアラは耳を疑う。


「キアラ・ジュレ・エンデバルト、どこだ? 前に、ここに出てこい!」


 えぇぇ――


 着飾った人々、演奏家達の奏でる美しい音楽、煌びやかな空間。今、まさに舞踏会が開催されている中、突如自分の名前を呼ばれたことにキアラは驚愕した。


「キアラ、どこだ? いるのは分かっている、早く前に」


 な、何で?

 何で、今、こんな所で……


「キアラ!!」


 先ほどから中央で自分の名前を叫んでいる男を見つめる。


 柔らかそうな淡い金髪が肩ほどまで伸び、青い宝石を思わせるような瞳を持つ美形だ。それだけではない、彼はこの国の王太子ユーリ・ゼス・エルナンなのだ。


 だから、どうして私の名前を……


 そのユーリの腕には豊かなピンクブロンドと同じく淡いピンクの瞳を持つ可愛らしい少女が絡みついている。


 誰かしら……?というか、これってどういう状況?? 


「キアラ!!」


 ユーリ殿下って優しい方だと聞いていたのだけど、これじゃイライラしているイノシシみたいだわ。


「キアラ! いないのか?」


 鳴っていた音楽も止み、ダンスを楽しんでいた人々もざわざわと周囲を見回し、また、この国の王太子と隣の少女の様子を伺う。


「エリカ、どうやらキアラはいないようだ」


 もうこれ以上苛立った声で自分の名前を叫ばれたくなかったキアラが一歩踏み出そうとした時に、ユーリが自身の腕にしがみついている少女に先程までとは違う甘い声で話し掛けた。


 あ、もしかしたらこのまま出なくてもいいのでは?


 密かにほくそ笑んだキアラの願望はすぐに砕かれる。


「いいえ、居ます。……っていうか居てもらわないと困るのよね。あ、いえ、絶対に居るはずです、だって今言わないと私たち……」


 眉が下がりうるうるとピンクの瞳が揺れ、今にも泣きだしそうだ。


「あぁ、可愛いエリカ、そうだね、すぐに君とのことを発表しなければ……キアラ!!」


 ああもう、出ていくしかないみたいね。さっさと要件を聞いてしまおう。出来るだけ目立ちたくないし。


 ふっと小さく息を吐き、キアラは人混みをかき分け前に出る。


「はい」

「貴様だな?」

「えっと、何がでしょうか?」

「はっ、シラを切るつもりでも、そうはいかない。皆、聞いてくれ、私はキアラ・ジュレ・エンデバルトとの婚約は今ここで破棄し、真に愛し合うこのエリカ・マゼルタと新たな婚約を結ぶこととする! 今宵の皆が証言者だ」


 は?


 キアラは眼鏡の奥で眼を極限まで大きく見開く。


 なんで……なんで私、婚約破棄されてるの??

こんなにビックリしたのはアレの訳の分からない宣言以来だ。


「おい、聞いているのか?」

「はい……、えっと、分かりました?」

 

 キアラは小首を傾げて言う。


「いやに素直だな。まぁ、良い」

「では御前を失礼いたします。ご婚約おめでとうございます」

「え?」


 今度はユーリとエリカがポカンとする。

 しかし、すぐにエリカが焦ったようにユーリの腕を揺する。


「あ、あぁそうだった……いや、まだ貴様にはやってもらうことがある!」

「えぇ……あの、まだ何か?」


 そのまま引き下がろうとしていたキアラは足を止め、不服そうに振り返る。


「何だ、その態度は! ここにいるエリカにきちんと謝罪をしてもらおう」


 なぜ?!


 もうさっきから何なの?

こんなことしている場合じゃないのに……こんな目立つところにいたら見つかっちゃうじゃない。


「あの……なぜ私がその方に謝罪をする必要が?」

「なんだと? 散々私の可愛いエリカをいじめていたというではないか、謝罪は当然のことだろう」

「いじめる? 誰を?」

「だから、この可愛いエリカのことだ」


 もう何もかみ合わない。


「あの……申し上げにくいのですが、わたくし、殿下とは婚約しておりません。また、そちらのエリカ様も存じ上げません。今日初めてお会いしますわ。よって、殿下との婚約破棄並びにエリカ様への謝罪は必要ないかと……急いでいますので、もうよろしいでしょうか?」


 スッと文句のつけようのないカーテシーをして下がろうとするキアラだったが、フワフワの甘い声が震えながら降ってくる。


「ほらあ、こうやっていつもはぐらかして私のこと知らないとか、存在すら認めてくれないんです」


 えぇー、まだ続くのー、もう本当にそろそろ退散しないと。


「エリカから聞いていた通りの酷さだな。大丈夫だよ、私がついている。さぁキアラ、しっかり謝罪してもらおう!」

「いえ、わたくし先程も申し上げましたがエリカ様をいじめたことはございません、また、殿下とも婚約した覚えはございません……もういいじゃないですか、婚約はなかったのですから、そちらのエリカ様とどうぞお幸せに」


 もう終わり!


 深々とカーテシーをし、さっと質素なドレスを翻し、群衆に紛れこもうと足を踏み出す。


「だ、ダメ、ダメです! ちゃんと謝ってくれないと! この後のルートが……」


 エリカが必死に言い募り、キアラを追う。


「きゃあ!」


 追ってきたエリカにドレスの裾を思いっきり踏まれ、キアラは派手に転んでしまった。


 いったーい、膝がじんじんする。もう、本当に何なの?

 

 キアラの中で、今まで蓋をしていた部分が転倒と同時に外れる。


 婚約はした覚えがないし、破棄はご自由に……だけど、やったこともない罪を認めて謝罪しろなんて横暴だわ、そんなの真っ平ごめんよ。


ヒビが入ってしまった眼鏡をかけ直し、ユーリとエリカに向き直る。


「だいたいが婚約者いるのに別の人を好きになったからって、こんな風に婚約破棄なんてしていいと思ってらっしゃること自体が間違いかと。人の子ですもの、別の方を好きになってしまうことだってあるかとは思います。ですが、お心が無くなったのであれば、まずはきちんと婚約者の方へご説明し、それなりの補償のお約束をして、さらに貴族や世間で婚約者様に否があったなんて噂が立たないように配慮して、全てスッキリしてから新しい方をお迎えするのが筋じゃないでしょうか。

ああ、お迎えも婚約破棄、いえ、普通は解消ですね、婚約解消した後、補償もきっちり行って、元婚約者様が新しい方とご婚約、またはせめて新しい出会いや一歩を踏み出したことを確認してからでしょ。

すぐに新しいご婚約なんて発表なんて言語道断。お相手とどのような口約束はされても良いかと思いますが、正式発表はお控えするのは当然でしょ? だってご自分の心変わりが原因なんですもの。それをなぜこんな人の多い所で、さらにすでに腕に新しい……えっと、何でしたっけ? そう、真に愛し合っている方? を腕に纏わせて一方的に婚約破棄だなんて。婚約者の方のお気持ちを考えたことはありますの? さらにこちらに謝罪しろとは一体どういうおつもりで?」


ズイっと前に前に出ながらキアラが一気に問い詰める。


「だ、だからだな、貴様のいじめが原因でエリカが傷ついたから謝罪を求めるのだ。そう、そんな陰湿ないじめを行うような輩は時期王妃にふさわしくないと判断したから婚約も破棄するのだ。何も間違ってはいないだろう。」

「そのいじめってどんなことですか? 本当に私がやったと?」

「いつも私がいない間にエリカを呼びつけて悪口を言ったり、不用意に私と仲良くするななど言っていたそうじゃないか。他にも、エリカの教科書をビリビリに破いたり、ドレスをわざと汚したり……」

「婚約者がいると分かっている方と不用意に仲良くするような方は、私もどうかと思いますけど、それ、私じゃありません。それに、教科書を破いたり、ドレスを汚したっていうのも私じゃないですし、そもそもなんで私がやったと断定するんです? 確認したんですか? 私、今日の今日まで何も確認されてませんけど」

「それは、エリカがそう言っていたんだ、間違いないだろう!」


 え―、何それ……まだ学生とはいえ、将来一国の王となる人の発言とは思えない。


「なんだと!」


 あ、あまりに呆れて声に出ちゃってたみたい。


 真っ赤になって激昂するユーリを冷めた目で見るキアラだったが、どうしてすぐにここから逃げ出さなかったかをすぐに後悔することになる。



王太子アンリは婚約者に結婚を延期を言い渡される【外伝】https://ncode.syosetu.com/n1330iz/の本編となります。お楽しみいただけると幸いです。

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