欲の始まり夢の終わり19
私がやった事が余計な事かと言うと、間違いなくそうだ。
シルバがもし単独で今回の事に当たっていたら、ウミビトの都市を訪問して、その結果ウミビトが呼び寄せられ、単独の交渉も荒事無く成功させていた。
一方で私はシルバのウミビト都市訪問が無ければ何も出来なかっただろうし、かなり危険な橋を渡って特に必要では無い成果しか挙げられなかった。
タイタスはカジキマグロみたいな魚を取ってきて、豪快に焼き魚にしている。フレニアというもう一人のウミビトは、タイタスに話をしようとしているが、あまり相手にされていない。
焼き魚パーティーの開催を感じながら、今私はシルバへの説明責任を果たそうとしている。
シンプルに謝ればいいのだ。シルバには何の落ち度も無く、私は約束を破っている。この状況で私から異議申し立てする要素は無い。
だが、何故なのだろうか、謝罪の言葉が出てこない。重い空気だけが流れてしまっている。
「なんかあまりにも辛気臭いから、にゃーからいいかにゃ?」
突然、シズキが話に割って入ってきた。
「かまわん」
「ユズカがここに来るようにそそのかしたのはにゃーなのにゃ。にゃーはこの辺りに土地勘があるからと言って、後を追いたそうなユズカの背中を押したのにゃ」
「ち、違う! ここに来たのは私の意思だよ。シズキには私からお願いした」
「ま、そうかもにゃけど、にゃーが居なければユズカはここに来ていないのにゃ。にゃーはにゃーの欲求に従って動いたのにゃ。ユズカが後を追った方が面白いだろうにゃーって考えて、実際面白くなったのにゃ」
「それでも、シズキが行かなくても、最後は私一人でも行ってたよ」
シズキは床から立ち上がって私の肩に手を置いた。
「人なんて欲求と行動しか無いのにゃ。ユズカとシルバは、その辺りの話をした方がいいのにゃ。話さなくても相手が分かるなんてのは思い違いにゃ。さっさと二人で話をしてきた方がいいのにゃ」
「シズキ…」
「にゃーの話は終わりにゃ。魚の焼き具合に注目付けてくるのにゃ。にゃーは生っぽい方が好みなのにゃ」
そう言ってシズキはタイタスの居る方へ行ってしまった。
―
竜宮唯一の島は小さいので、二人になれる場所としてタイタスの船を借りた。船は自動で動き、島から離れた。
ただ水面を真っ直ぐ進むだけだが、竜宮が水に空いた垂直の穴の様な場所なので、向かう先を見ると空に登っていくような感覚になる。
「何故来た? 我の言葉は信ずるに値しないか?」
真っ直ぐな問いかけに、胃の辺りがキュッとなる。
「シルバの言う事を疑った事は無いよ。実際、言葉通りに実現してるし、私達が後を追っている時も、シルバならやるだろうなと思ってた」
「それならば、やはり何故だ? ユズカとシズキまでもが危険に身をさらす必要は無いだろう」
シルバの言う事は、どが付く程の正論だ。しかも、私達への配慮まである。
「それはそう。シルバに任せていれば全て達せられていた。でも、一つだけ、変な事を言っていい?」
「なんだ?」
「私の役目を取らないでほしい」
私が押し込めている、強烈な焦りと自分勝手な感情を言葉にした。
「役目とは、何の事だ?」
「この世界が闇に沈む事を阻止する事」
「そんな役目を誰が課したと言うのだ。それに一人で担うにはあまりに重い役目だ」
シルバの言う通りだ。これは勝手に私が思い込んでいるだけなのだ。だが、こちらに来て唯一運命のように感じた事がこれだけだった。
この役目を果たす事が、この世界で私が唯一見出せる価値であり、これがなければ私は虚無だ。そんな考えが、いつの間にか心の中で大きくなっていた。
「これは私が勝手に思っているだけ。実際には存在しない役目、でも、私にしか出来なさそうな事がある唯一の事象なんだよ」
恥ずかしい事を言っている。他人に力を借りて、無理矢理自分のやる事を作っているだけなのだ。
「そうか、そうなのであれば我も同じかもしれんな。我も焦っている。長く生きて、そうして何も達せられないまま終わる事実に焦っている。そう気付いたのはユズカの行動を見てからなのだ」
「私の?」
「雲外鏡を覗いて未来を知ったとき、あの未来を変えようと決断したのは、ユズカだったな。我からすれば僅かな時しか生きていない存在が、なんと大きな決断をするのかと思った。そうして考えたのだ。我はなんと多くの決断を逃して来たのだろうと。故に焦り、そして安易に真似たのだ。ユズカを」
思わず真偽を確かめたくてシルバの顔を見たが、そこには真剣な眼差しの人が居た。
「私を真似無くても、なんでも出来るでしょ」
「モリビトの生は長い。全ての問題は先に送れば解決した。しかし、今はそうでは無い。もはやどうすればいいのかも分からない。だから、真似たのだ」
どうやらシルバは本気らしい。
「でも、そうなるとこれからどうすればいいのか」
「これも真似るなら、これからの事を考える前に、今回の事をどうすれば良かったか考えるべきだな。今回はどうだ? 我は危険を最小限にする為に一人で行った。それが誤りであった。ならば、二人で、いや皆で行けば良かったか?」
シルバの言葉に何かしっくり来る物を感じた。
「やっぱり、皆んなで進めるのがいいと思う。それと、これからはちゃんと話てからがいいよ。一人で考えるだけで行動するのは良くない」
シルバの髭が動いている。口角が少し上がっているのだろう。
「これ程簡単な答えに達するのに、何と難解な事よ」
船は竜宮の端まで到達しており、目の前には大きな空だけが広がっていた。
――
同じ時間をかけて船は島へと戻って来た。その間もシルバとは話をした。
島に戻ると魚は既に焼けており、シズキが口一杯に頬張っていた。
「どうも、お騒がせしましたが、無事戻りました」
そう言うと、シズキが頬張っていた魚の身を吹き出した。
「あんなに時間があったのに、ヤッてねーのにゃ!」
「はあ? そんな事する訳ないでしょ」
「禁欲もここまで来ると害悪なのにゃ。もう一周して来るのにゃ?」
「やんねーって言ってるだろ!」
「なんと、ユズカの番はモリビトであったか」
タイタスも勘違いしている。なんて恋愛脳の奴等の多い事か。
「違います。それより、ここに参人をどう集めるか、話し合いしたいです」
「もう次の動きするのかにゃ? ちょっとは休んだ方がいいのにゃ。にゃーはまだ傷が癒えてねーのにゃ」
そう言えばそうだった。シズキの見た目だけなら、傷は無いように見えるが、実際は傷を別の物で埋めているだけなのだ。
「そう言えばそうだった。シズキは療養しておいてよ」
「そうやって、にゃーを除け者にしようとしても無駄なのにゃ。それより、にゃーはタイタスとの闘技頑張ったから、ご褒美が欲しいのにゃ」
途端に嫌な予感がしてきた。
「金貨、金貨あげるよ」
「金貨には変えられない、特別なご褒美が欲しいのにゃ」
「まあ、私が出来る範囲なら」
それを聞いてシズキは、まるで猫の口のように口角を上げた。




