欲の始まり夢の終わり18
触手という物は、薄い本等の二次元を嗜む者からすると、もはや一般的なジャンルである。
私が別段好きとか嫌いとかでは無く、それは一ジャンルとして目にしており、そう言うのもあるよねという認識であった。
現実離れした二次元なので、そもそも現実に自分が出会う等と思っていなかった。法国でビシムにフィクションとして話し、それを実現されても見ないようにしてきた。
なるほど、実際にそれに出会って見て、当事者になるかもなると、それに身を委ねる等、到底出来ないという事はよく分かった。
そんな私の直感から出たのが、無理という一言だった。
「何故無理なのだ? ユズカは卵の提供だけで良いのだぞ。産み育てるのはタイタスだ」
どうやら体外受精から代理出産まで可能なようだ。とは言っても、自身の子孫がこのウミビトという種族に誕生してしまうという事には、強い拒否感がある。
「いえ、私は今のところその手の事はするつもりが無いので」
「人は限られた相手としか子を作らぬという話を聞いた事があるがそういう事なのか? 既に心に決めた相手があるのだな?」
そう言われて、「は?」という気持ちになる。
「いえ、今のところ誰ともそういった事をするつもりはありません」
「ふむ。何か事情がありそうだな。分かった。今はという事は、この先気が変わる可能性があるという事だ。タイタスは待つ事にしよう」
待っても、そんな事には絶対ならないと思うが、まあ、これから参人の住む街を作ってもらおうというのだ。愛想笑いくらいはしておこう。
「それはそうと、私の知人であるモリビトが、竜宮に行っているようなのですが、状況は分かりますか?」
シルバの所在は昨日から変わっていない。という事は竜宮で何かをしているのだと思う。今は無人の都市という事は、過去にはウミビトが住んでいたという事だ。シルバはその際に竜宮を訪れていて、その情報を頼りに今もそこを調べている。
無人の都市でやる事と言えば、かつて住んでいた住人が何処へ行ってしまったのか、それを探る事だろう。
「竜宮は駅を使わねば出られぬ構造だ。その者が外に出たという情報は無いな。しかし、竜宮は住んでいる者はいないといえ、今はタイタスの同士が中に入っているはずだ。元々、タイタスは駅の使用を感知したので、この海へとやって来たのだ。同士は竜宮へ行き、タイタスは外の駅である弓の島へと向かった。そうして、シズキとユズカに会ったのだ」
という事は今シルバはタイタスの同士とやらに出会っている。私と同じように参人の住む街について提案している筈だ。
「その同士の方はどういった事をする為に竜宮に行ったのでしょうか?」
「竜宮に入るには高位の術を理解していなくてはならない。そんな存在がウミビト以外で居るのだとしたら、手合わせするのも悪く無いとタイタスは考えている。同士も同じ考えだ。恐らく同士とそのモリビトが闘い、既に結果が出ているだろう。何、行ってみれば分かる事だ」
この感じだと、シルバがどう交渉しようと、最終的に戦闘に発展している。となるとパターンは二つだ。
一、シルバが戦闘に勝利し、私と同じように条件を提示している。当然、生殖のお誘いがある。今回は体の提供も辞さないと言っていたので、触手へGO。
二、シルバが戦闘に敗北。ただし、シルバは強いからシズキのように生殖のお誘いあり。交渉の条件として体を提供して参人の住む街の提案をして、触手へGO。
なんと触手エンドしかないマルチストーリーが展開している。
「急いで行きましょう。私の知人も私と同じ目的で行動してます。今ならまだ無益な闘いを止められるかもしれない」
「同士も昨日には竜宮に到達している。既に戦闘は終了していると思うが?」
「いえいえ、知人は熱心に交渉するタイプですから、まだ戦闘に発展していない可能性もあります。とにかく、急いで竜宮に行きましょう」
「分かった。そうまで言うならば、行くとしよう」
そう言うと、私達を運んで来たタイタス所有の魚みたいな船が自動で目の前まで移動してきた。
3人で船に乗り込むと、船は弾丸のようなスピードで海中を進んだ。
―
例のシルバが消えた海域に到着すると、船が見えない何かを貫通した。
一番驚いたのは重力の方向がいきなり変わった事だ。今まで海底と平行の横移動をしていたのに、何かを貫通した瞬間に、上方向への移動、つまり海中から海面に飛び出すような動きに変わったのだ。
船は潜水艦の急浮上のように謎の海面へと顔を出し、そのまま横倒しになって新たな海面に浮かんだ。丁度90°回転した感じなのだが、今の進行方向が元々の上なのか下なのかすら分からない。
今の上方向には何故か空は無く海面が広がっていて、太陽の光は背後から差していた。
巨大な洞窟に入った、そんな感覚だが何か違う。ここは海底に向かって垂直に伸びた穴なのだが、重力は壁面側に向かって発生している。円柱状の亜空間に入り込んだ、そんな感じだ。
「何ここ?」
「ここが竜宮だ。ウミビトの作った隔絶空間の中に存在している」
「海が歪んでいるのにゃ。でも街って割には水しかないのにゃ。どうなってるにゃ」
「今は誰も住んでいないが、以前はこの水面に島を浮かせて生活をしていたのだ。今は空間を維持する為の島しか残っていない。同士やモリビトが居るならば、そこだろう」
船は穴の底というか、奥に向かって進行していく。最奥は水面が急斜面のように登っている事から、穴という表現でいくと、底は半球状になっている。底の中心には小さな浮き島のような物が見えた。
半球状の領域に入っても、重力の方向は水面に向かってなので、真っ直ぐ進んでいるのに、上方向への視界はグルッと回転して、異様な雰囲気だ。
浮き島は、弓の島で見た駅と同じ珊瑚のような素材で作られており、オブジェのような巨大な突起が空に向かって何本も伸びていた。
浮き島に上陸すると直ぐに、柱の影から黒い巨体が現れた。
特徴からウミビトと分かった。サイズ感が3m程なので、陸上モードなのだろう。とは言っても私からするとこのサイズでも巨大だ。
「タイタスの他にも居るようだな」
「フレニアよ。此度の訪問はやはり大変に意義のあるものだったぞ。タイタスの予感に間違いはなかったな」
「確かにタイタスの言う事も分かるが、フレニアは戦闘がしたかったぞ」
フレニアと名乗ったウミビトは何やら不服そうな雰囲気だった。
「どういう事だ。何故、ユズカとシズキがここに居る?」
マンホールの蓋くらいのサイズの白い円盤の上に乗ったシルバが上から降りて来た。
「いや、ちょっと手伝いをしようと思って来たんだけど、手違いが色々とありまして」
シルバはこちらの様子を見て、タイタスを注視していた。
「この状況への説明はあるのだろうな?」
急いでシルバのところに行かないと、という気持ちが先行して忘れていたが、私にはこの状況を弁明するという最も重いミッションが残っていた。
タイタスとの闘いよりも遥かに重い責を感じるこの状況に、少し胃が痛くなってきた。




