欲の始まり夢の終わり16
謎の無人島の朝、季節感の無い地域だが少し涼しい気がする。天気は晴れ、絶好の決闘日和だ。
徹夜で、というか考えがぐるぐるして眠れなかった状態でタイタスと闘う運びとなった。
生身では相手にならないので、当然、追加装甲を纏った状態での対決となる。
「闘う場所は海中を希望します」
私の宣言にタイタス目を見開く。
「タイタスが水を操ると知った上での選択か?」
「そうです。何か問題がありますか」
普通に考えれば、水使いに水中戦を挑むのは悪手極まりない。
「昨日の闘いで得た知識は使えなくやるが、それでもよいのか? 海のタイタスは強いぞ」
「陸でも海でもあなたは強いでしょう。しかし、私は強さでは勝負しません。それならば私が有利な場所を選んだまでです」
実際に有利な訳では無い。ただし、こちらの想定する最終局面からすると、水中でなくてはならないのだ。これが昨日のシズキの闘いから得た情報を元に考えを巡らせて、アダマスに実行実現性をシミュレートしてもらった結果なのだ。
「タイタスに水中で有利を取るか。いいだろう。ならば全力で迎え討とう!」
そう言うとタイタスは海へ飛び込んだ。こちらも後を追って水中に入ると、タイタスの体が最初に会った頃のサイズへと変貌していた。追加装甲を纏った私よりも大きい。
体のサイズ感に合わせてタイタスから距離を取る。間合いにして20m程だが、タイタスからすれば一瞬の距離だろう。
別に試合や規定がある闘いでは無いので、自由仕掛けて良いと言われている。つまり、こちらの初撃が開始の合図だ。
こちらは宣言通り、強さで勝負はしない。初見殺しの連打で、この機会に一度だけ、相手に負けを認めさせるつもりだ。
まずは熱による攻撃だ。相手はエラ呼吸だろうから、熱水を吸い込むだけでも内部にダメージがある。熱の弾を周囲に向かって複数発射する。
タイタスはそれを見ても動かない。熱水の対象などは慣れているのだろう。だが、それも折り込み済みだ。熱の弾をコントロールして、数個を1人に集め高熱の弾を作る。これによって熱水どころでは無い海水の蒸発が瞬間的に始まる。浅い水深で戦闘を始めた事もあり、膨れ上がった蒸気の塊が周辺で爆発を起こす。
水蒸気爆破を狙った一手はタイタスに距離を取らせる事に成功した。当然、この程度の熱源では水がありすぎる深い水深では爆発に至らない。それを知っているであろうタイタスは少し深い位置へと移動していた。
「その程度か?」
水中で爆発が続く中でも音波で声を伝えてくる辺り、流石はウミビトと呼ばれるだけの事はある。
「まだまだいきます」
こちらもタイタスの音波法をアダマスが真似て返答する。深い水深には既に罠が張ってあるのだ。
熱いの次は寒いだ。タイタスも周囲の状況を理解したのか、動きが鈍くなっている。
深い場所は捨てに凍る程の温度に冷却している。流体操作と冷却を制御して、水は凍結する温度に達しているが、水の状態を維持していたのだ。
タイタスがその領域に突入した衝撃で、零度の水はその絶妙な均衡を失って凍り始める。
このままタイタスを氷漬けに出来れば良かったが、海に棲む種族が凍結を対策していない訳が無い。
この暖かい海で氷の維持は難しい。それに氷自体にそれ程の強度は無いので、ごく小さな範囲の凍結であれば氷を割ってしまえばいいのだ。
タイタスは氷を砕いてこちらへと突進してくる。遠距離戦は良くないと判断したのだろう。確かにそうだ。接近戦で殴られたり、水をコントロールされれば手も足も出ない。
しかし、これはシズキの読み通りの展開なのだ。タイタスは戦闘力に自信があるし、恐らく物理戦闘では負け無しだろう。だから、接近する。接近すれば攻撃も防御も完璧なのだ。そうして、それを利用するのが今回の仕掛けのメインだ。
遠距離では使用出来ない攻撃、そう電撃だ。遠距離の場合、海の中では電流が散ってしまって効果が発揮出来ない。近くでかつ流体操作でコントロールした水が必要になる。
接近戦での電撃によるカウンターは効果があった。タイタスは攻防一体の液体を纏って来るから、最悪は電撃も防がれる可能性があったが、電気を遮断する防御まではしていなかったようだ。
タイタスは、水に色んな属性を付与出来る。水への属性付与は一種のみだが、複数の属性を付与した水をブレンドすれば、同時複数の効果を得られる訳だ。水中戦では水がほぼ無限なので、ブレンドし放題なので無敵の防御が可能であるが、知らない攻撃ならば防御が漏れるかもしれないと思い、電撃をメイン攻撃に据えた。
電撃によって感電し続けるタイタスだが、じわじわと動きを見せている。
どうやら、電撃への対処も知っているようだ。まあ、電気ウナギのような電気を操る生物も居る可能性はあったから、対処が知られている事も想定はしていた。
出来るならば、このままタイタスの降参を待ちたいたが、そんな雰囲気はまるで無い。
こうなった場合の最終手段を切るには勇気がいる。シズキにもどうなるかは話していない。しかし、用意しており、もう他の手段も無いのであればやるしか無いのだ。
海水による電撃にはもう一つ効果がある。それは水の電気分解による水素の発生だ。こればかりは、この世界の現象としてもほぼ知られていないだろう。
躊躇せず水素に着火して自ら諸共大爆発する。逃げる先は水の上だ。爆発を推進力にして海中から脱出する。さらに、爆発だけでは仕掛けの半分だ。
海水を凍結させた際に密かに追加装甲を二つに分けておいた。一つは水の外にて重力制御と推進方向をコントロールし、もう一つは燃料の水素を供給し、それを燃焼させ続ける。
重力を制御すれば、追加装甲もタイタスも軽量化され、水素爆発の推進力でも簡単に空へと打ち上がる。
爆発による巨大な水柱は水素爆発の火柱となり、空に向かって追加装甲とタイタスを打ち上げる。軽量な物体であれば気球でも宇宙に行けるのだ。この簡易ロケットエンジンでも行くだけなら行けるだろうというのが、この切り札の骨子だった。
アダマスの術制御は正確で、順調に高度を上げていく。ロケット推進なのだからスピードもかなりある。この速さで空気に押し付けられているのでタイタスも身動きが取れない。
このまま自立で地上に戻れない状況を作り出すのが、今回の策だ。私の力無くして戻れないのであればタイタスも降参せざるを得ないと考えるだろう。
高度は上がり私の居る世界が惑星である事を認識するに至った。
タイタスが宇宙に来た事がなければ、対処は出来ない。これは勝算の高い賭けだったと思う。問題はこの賭けが出来る状況に至る事だったが、そこはシズキの得た情報と読みがはまった。
重力の影響も少なくなり、推進する火柱も消えて夜の闇と惑星の青が存在するだけの世界に至った。この世界の成層圏に未知の何かがあった場合に、かなり困る事となっただろうが、その可能性も少ないと踏んでいた。ビシムにこの世界の事を質問していたとき、外界には注意するように言われいた。その場合、空の先は外界に分類されるか聞いたが、そんな事は無いはずだと言っていた。かつてモリビトが世界に広く探求の目を向けていた時代には、高高度飛行の技術があったそうだが、そこに特殊な防衛方法は無かったというのが根拠だ。
後は、この状況でタイタスの出す答えによる。
「これで、私の負けは無くなりました。どうしますか?」
流体操作で持ち込んだ限られた地上の空気を振るわせて私はタイタスへと問いかけた。




