欲の始まり夢の終わり15
シズキとタイタスの闘いを離れたところから見ている。たまに止まって何か話している感じは分かるが、戦闘は速すぎて何をしているのか分からない。
シズキが巨大な炎に包まれた後、何か轟音が鳴った。何かがタイタスから発射されたのか、その威力は周囲の砂を吹き飛ばし、地面を大きく抉った。発射された何かは、砂浜で止まらず海まで貫通して水柱が水平線の向こうまで上がった。
砂煙とまだ残る炎の中からシズキが飛び出して来た。どうやら無事の様だが、もうこれ以上戦闘はしないようだ。
遠目にも分かるが、シズキは右半身から出血している。何故か白毛になっているので、血の赤はより目立っていた。
シズキがタイタスに話しかけて戦闘は止まっている。それを見て私はシズキの方へ走っていた。
近付くごとにシズキの怪我の酷さが分かった。手と肩の傷は深く抉られていた。タイタスの攻撃が命中したのだ。
「シズキ、血が!」
「見た目より不味い傷では無いのにゃ。それより、負けちまったにゃ。申し訳ないにゃ」
手当をしようにもやり方が分からない。
「その傷、タイタスに見せてみよ」
縮んだとは言え巨体のタイタスが接近してくると圧迫感がある。私は警戒したが、シズキは落ち着いていた。
「他人の傷でもどうにかなるのにゃ?」
「ふむ。見て見なければ分からないが、恐らくは可能だろう」
シズキがタイタスに手を差し出すと、タイタスは傷に指をかざした。そうすると不思議と出血が止まった。
「その術、他人の体液にも使えるのにゃね」
「ウミビトの体のようにはいかんがな。それに失った血は戻らぬ。魚などから血肉を摂取するのがよいぞ」
術の治療と聞いてアダマスがある事を思いだした。私の防御が他者の治療に使える可能性はある。
「…………」
アダマスの回答は可能という事だったし、シズキの白毛もモリビトの技術によるものらしい。
シズキが接触したモリビトはシルバとビシムだ。提供したのだとしたら、ビシムだろう。
ようは私の防具とシズキの白毛の連携で治療可能という事だ。
「シズキ。その白い毛を使って治療するよ」
「いやー、早々に知られてしまったのにゃ。しばらく秘密にしておく予定だったのにゃ」
アダマスのガイドで傷の縫合を行う。シズキの傷は、手のひらを貫通した10円くらいの穴があり、その穴の延長で肩の肉が抉れている。白毛は縫合というよりは、失った体組織を埋めるように機能した。シズキの手と肩には色の違う箇所があるという感じに組織が再建された。あれ程の怪我があったとは思えない見た目だ。
「なんだ。タイタスが手を貸さずとも癒しの法を心得ているではないか。そうなのであれば話の続きが出来るな」
「ここはにゃーの負けという事にゃ。にゃーはタイタスの望む物を差し出すにゃ」
「ふむ。互いに完全な納得の勝敗では無いが、今回の取り決めであれば、タイタスに負けは無い。故に勝利というのは一つの答えではあるな」
何か私の認識していない勝負に関する判断がされているようだ。
「にゃーは、タイタスを殺す以外の方法で負けを認めさせる事は出来ないのにゃ。だから、ここはにゃーの負けでいいのにゃ」
「そうか。ではタイタスの望みを伝える。タイタスは他進化派ではないが、それでも赤き尾の血は惜しいと考える。故にタイタスとの間に子を成してもらう」
そう言えば忘れていたが、ウミビトは優秀な種族や個体との間に子を作る文化があるのだった。
どうすればよいのか、このままではシズキが大変な事になってしまう。シズキが今回の闘いに名乗りをあげてくれたのは、どう考えても私のためだ。練習試合的な事に大した要求もされないだろうと思い込んでいたが、どう考えても殺し合いの先に人生が奪われるような願望が来る話だった。この展開が分かっていなかった自分の浅はかさに恥ずかしくなる。
「ちょっと待ってください。まだ勝負は終わっていません。これは私達二人とあなたとの勝負です。私が負けていないのに、要求が成されるというのは少し結果を急ぎ過ぎでは無いですか?」
「にゃ!何を言うにゃ、ユズカ! ここは一旦負けを認めて引いておくにゃ。子供の1人や2人にゃーは問題無いのにゃ」
「いいえ、これは2人で受けた話です。それに、連戦で弱ったあなたを倒そうとも思いません。体が全快した後に改めて私と闘って頂きます」
「ほう、タイタスが弱っているように見えるか。確かに消耗はしたが、強さに変わりは無いぞ。たが、しかし、勝負に禍根を残すのはよくないな。いいだろう。また明日の朝にこの場にて闘おうではないか」
私はつい言ってしまった。たが、そう、我慢出来なかったのだ。
――
この無人島の夜は波の音しかしない。タイタスから例の魚みたいな船での休息を提案されたが断った。
傷の治療が必要なシズキの為には申し出を受けた方が良かったが、次闘う為の作戦を練る為には、出来る限り相手に手の内を見せない方がよいというのがシズキの判断だった。
「なんであんな事言ったのにゃ?」
「まだ私達は負けてないからだよ」
私はシズキから軽い説教をされている。理由は簡単だ。私が勝算の無い無謀をしているからだ。
「そういう計画では無かったはずにゃ。にゃーがタイタスと闘って、情報を仕入れて、それをシルバに伝えて勝つつもりだったのにゃ」
「そんな事は言ってないよ。シズキが情報を調べるのは承知したけど、闘うのがシルバなんて一言も言ってない」
言ってはないが、私はシルバに託すつもりだったのは事実だ。だから私は今嘘を言っている。シズキは嘘が分かるそうだから、私がやっているのはただの強がりだ。
「ユズカが闘うとも言ってないのにゃ」
「言ってないけど、あのままじゃシズキが大変な事になってたし」
「シルバの話を忘れたのかにゃ。にゃーは終端種ってやつなのにゃ。終端種は子を残せないのにゃ。にゃーも色々してきたけど、出来た事は無かったのにゃ。だからタイタスの要求も達成出来ないで終わりだったのにゃ」
「そんなの、ウミビトの凄い能力でどうにかなるかもよ? 今はとにかく私が闘う事になったんだから、勝つ事を考えないと」
「それで、勝ち方は考えついたのかにゃ」
「勝てるかどうかは分からないけど、液体を操るなら熱で干からびさせればいいんでしょ」
「それは対策しているのにゃ。どちらかと言うと凍らせた方がいいのにゃ。しかも、術じゃなくて液体が液体でいられないくらいの場所に閉じ込めるのがいいのにゃ」
「そんな場所、この暖かい海にはないでしょ」
「確かに無いのにゃ。夜は少し寒いけどにゃ」
そう言ってシズキは焚き火に枝を加えて火加減を調節した。
「熱い場所なら、海底火山とかあるかも」
「奴等は海で長い間暮らしているのにゃ。そうなると、海の中にある物は対策していると思うのにゃ」
「ウミビトの知らない環境に連れていかないと駄目って事?しかも、それで寒いところ? なんかナゾナゾみたいになってきたね」
「なぞなぞが何か分からにゃいけど、まあ、そういう事にゃ。それより確実なのは、今すぐシルバに連絡して来てもらう事だけどにゃ」
「それは絶対しない」
私は意地になっていた。なんとか自分の力でやり抜きたい。それが間違っていると分かっていてもやめられなかった。




