欲の始まり夢の終わり13
「タイタスさんはこの島で何をしていたんですか?」
ウミビトであるタイタスが島民に干渉していたという事実は、参人の住む町作りに繋がる気がする。
姿どころか存在すら認識されていないウミビトが、ここでは何らかの風習の一つに組み込まれているのだ。これは異種族同士の共生のヒントになる。
「タイタスは人を鍛えているのだ。人は儚く脆いが、よく学びよく伝える。未来の人は強い力を獲得しているかもしれない。ならばウミビトの流れに加えるのもありだろうと、タイタスは思うのだ」
ウミビトが強さを求めるというのは、シルバに聞いた通りの特性だ。という事は強い種族と生殖するというのも事実なのだろう。
「人が強くなれば、ウミビトと人は交わるという事ですか?」
「ユズカは人だがウミビトの事を知っているな」
「モリビトの知人から聞きましたので簡単な事は知っていますが、これ以上の事は知りません」
「モリビトか。以前にウミビトと闘い、引き分けた者が居ると聞いている。興味はあるな」
恐らくシルバの事だろう。シルバとこのタイタスさんが出会えば、参人の住む町の話が進むかもしれない。
「にゃーも興味あるにゃ。ウミビトの言う強さとは何なのにゃ?」
「ウミビトの強さか。そうだな。個による世界の改変力の大きさだろうか。故にタイタスは相手を打ち倒す力を基準としている。タイタスはまだ何者にも倒された事は無いぞ」
「奇遇にゃ。にゃーもまだ倒された事は無いのにゃ」
なんだか話が物騒な方向に向かっている気がする。
「人の世界の強者か。面白いではないか。陸の上の事は知らんが、そこでどういう強さが育ったのか気になるところだな」
「にゃーは海の中には行けないから、興味があるなら陸でお相手するのにゃ」
「ちょっと二人共、凄く強い人が暴れたりしたら、この島の人に迷惑がかかるよ」
「それならば心配する必要は無い。近くに無人の島がある。そこでならば火山が噴火するようや破壊があっても、人の住処に影響は無いだろう」
この対戦ムードをなんとか無しにしたいが、シズキからも何とかする的なサインが送られて来ているし、止める決定打も思いつかない。
「では明日の朝にでもやるのにゃ。因みに勝った者は敗者に何か要求出来るようにするのはどうかにゃ?」
「良いだろう。敗者は勝者に従うのはウミビトの流儀である」
「決まりなのにゃ」
――
なんだか妙な事になったが、シルバに黙って付いて来ている状態で、どのようにタイタスを紹介するのかといった問題も答えが出ていないので、一旦はこの状況を受け入れる事にした。
日暮れにあるシルバからの連絡は、しれっと例の海の座標が送られて来た。
今の状況を知っている私からしたら、海の上じゃねーか、どうなってんだ、という指摘が出来るが、陸で待っている程なので、そうもいかない。
なんか、この海の座標に見発見の島があり、ウミビトの住処なのかなー、という感想になるのが普通だろう。
島への滞在は引き続き許されている。使っていない家まで貸してもらえている。
ウミビトと会話したところを見られた事で、事前に説明していたウミビトと無関係という情報が、完全に信憑性を失ったが、島民が竜人様と崇める存在と会話した事で、かえって信頼感が増したようだ。
問題なのは、今家の中で私の目の前で焼いた魚を食っている赤い猫女だ。囲炉裏端なので、より赤さが際立っている。
「どういうつもりでウミビトに勝負を挑んだの?」
私は疑問をストレートにぶつけた。
「にゃーは詳しい事はよく分からにゃいけど、あのウミビトとかいう奴とユズカは交渉したいのにゃ? だから、にゃーはその交渉材料を作ったのにゃ」
「勝てばでしょ?」
「ユズカはにゃーが負けると思っているのにゃ?」
確証は無いが、シルバと引き分けたのならば、かなり強力な相手な気がする。シズキが強いのは知っているが、参人は規格外だと思っているので、部は悪いだろう。
「ウミビトの強さは分からないけど、シズキが楽勝な相手ではないよね」
シズキは囲炉裏から上がる火の粉を目で追って虚空を見上げた。
「ウミビトの体の表面は湿って濡れた感じだったのは見たかにゃ?」
タイタスの紫の肌というか鱗は確かにキラキラと液体が光っていた気がする。
「それが何?」
「それなのに、あいつが座ったり触った物は濡れてなかったねにゃ。匂いも殆どしなかったという事は、何か体に隔絶する術を常時纏っているのかもしれないにゃ」
シズキはよく観察している。
「そんな凄い術を常時使ってるって事は、かなり強いんじゃないの?」
「恐らくは強いのにゃ。でも守り隠すという事は、不滅の存在では無いという事にゃ」
「勝ち方はあるという事?」
「まあ、そうにゃ。ただし、勝ち方はまだ分からないのにゃ。それを闘って調べるのがにゃーの役目にゃ。止めはにゃーじゃない誰かにやってもらうのにゃ」
つまり、ウミビトとの対決は複数回で行うという事か。シズキが最初に闘い、弱点を探し出して、次の者が勝利するというシナリオなのだろう。
「シズキは情報集めに徹するって事だね」
「まあ、そうにゃ。でも勝ち方が途中で分かったら、にゃーが勝ってもいいのにゃ」
なるほど、それならば未知の強敵相手をいきなり引き受けた意図も理解出来る。なにより、シズキが無茶しないかが心配だったが、情報収集が基本ならば大丈夫だろう。
「そういうなるといいけど、情報収集が目的なんだから、無理に勝たなくていいよ」
シズキの視線は虚空からこちらに戻って来た。
「ユズカはあのウミビトと何を交渉する気なのにゃ?」
「詳しくは言えないけど、必ずやらないといけない事だから」
―――
夜が明けて日が登ると同時に、私達とタイタスはあの海中施設から出発した。
あの場所を駅と言うだけあって、船のような乗り物が用意されていた。その乗り物は巨大な魚のようであるが無機質で、上部は平で透明な膜のドームになっていた。
乗り物に乗ると、凄まじい速さで海上を滑るように移動した。海の景色は流れ、元居た島は見えなくなり、代わりに砂浜と岩だけの島が見えて来た。
「この島は潮の流れが強く、人の船は近づかない。いくら闘っても、誰も文句を言わんぞ」
どうやら、ウミビト御用達のリングのような島らしい。
「先程も言いましたが、互いの生命に及ぶ行為は禁止ですからね」
「分かっている。強さとは他者への影響力の強さよ。生命を奪ってしまえば、影響は与えられない」
「にゃーも分かっているにゃ。殺しは無しにゃ」
「赤き尾のシズキよ。陸戦用に体を変えるので少し待っているがよい」
そう言うとタイタス、体に力を込めた。
直ぐにタイタスの体に変化があり、体が中心に向かって小さく収縮していく。ゴキゴキと体の中の骨がどうにかなっているような音がして、数秒の間に12mはあった巨体が3m殆どに縮んでしまった。
タイタスの体紫から黒に近くなり、体の鱗は鎧のように堅牢になった。
「驚いたのにゃ。小さくなったのにゃ。でも、その分にゃーもやり難くなったのにゃ」
巨体相手の方がやり難いと思うのだが、この場は既に情報戦が始まっているのだろう。




