欲の始まり夢の終わり12
竜人様という単語からはウミビトの存在を感じる。参人はそもそも特定の種族として認識されてない事が多い。モリビトもヤマビトもこれまでの文明界の国で単語として聞いた事も無い。かと言って異種族が拒絶されている感じもないので、そういう感じの人が居ても、まあ良しくらいの認識が通ってしまう。
「この島は竜人様という人と交流があるんですか?」
「御山に入りたがる者が竜人様を知らんと言うのか?社に現れた客人の知り合いなんであろう?」
「この島に現れた老人は確かに私の知る人物ですが、あの山の事を知ったのはこの島に来てからです。彼が山に入ったので、私も後を追いたくて許可を頂きました」
テミスさんはこちらをジッと見ている。
「偽りを言うておる訳ではないようだな。だが、どうにも予感がする。浜に現れた姿が正にそうだった」
私達が話をしていると家の外が騒がしくなった。
「し、島長! 試しが始まった!」
大柄で髭の男性が家に入って来てそう伝えた。
「慌てるんじゃない。鍛錬の成果を見せるときだ。40年ぶりだからと言って焦るんじゃないよ」
「何事ですか?」
「客人、すまないが急ぎの用が海から来た。怪我したくなかったらここに居な」
テミスさんはそう言うと、壁にかけてあった巨大な和牛を手に取り矢筒を背負うと家を出て行ってしまった。
「にゃー達はどうするのにゃ?」
「様子を見に行こう」
別に付いて行っては駄目だとは言われていない。ただ、何かしらの戦闘行為がこれからあるという事は分かる。
島長の家を出ると浜の方が騒がしくなっていた。島民が集まっており、皆一様に弓を持ち海に向けて構えている。
海から何か来る。浅瀬の海水が盛り上がり巨大な何かが立ち上がる。
人の形をしたそれは巨大で、私の追加装甲形態と同じくらいの大きさだ。体の質感から、人工物ではなくシャチやクジラのような大型の水棲生物の印象を受ける。肌なのか鱗なのか分からないが、全身が紫色で顔は人のようであるが鼻が低く全体的に流線型にまとまっている。泳ぐ為なのか、巨大で長い尾の先にはヒレのような物が付いていた。
島民は弓を構えて矢を放つ。矢の速度は異様に速い。目で追う事は難しい速さだが、紫の巨人には当たらない。
矢を射る度に巨人は高い鳴き声のような音を出す。何度それが続くとアダマスの言語解析が進んだのか、何を言っているのか分かるようになってきた。
「16」「24」「24」「8」「32」
紫の巨人は数字を読み上げている。しかもこれは未知の言語では無く、とてもつ無く早く言葉を発しているので、普通には聞き取れないだけだった。
「この島の地下にあった場所はあいつの住処みたいにゃ。同じ匂いがするのにゃ」
という事はあれがウミビトで間違いないだろう。戦闘を好み、強い因子があれば異種でも生殖を求める種族らしい。思わず股を見てしまったが、特に何も付いてはいなかった。
島民は一通り矢を射て、皆手を止めていた。
「60に至る者無し」
巨人はそう言ったが、聞き取れている者は私だけのようだ。
島民は皆、巨人に一礼すると浜を離れ始めた。どうやらこのイベントは終了のようだ。
私としてはシルバの行き先の手掛かりが目の前にいる状態だ。なんとしても巨人とコンタクトを取りたい。
しかし、会話するにはあの速さで言葉を発する必要があるのだろう。そんな方法が、いや待てよ、早くする方法はある。
私はアダマスに依頼して、危機察知時の時間停止状態にしてもらった。これで後は、私の話した言葉をアダマスに倍速で発声して貰えは会話が成立する。
『60に至るとどうなるのですか?』
私はそう聞いてみた。時間停止状態ではゆっくり時間が流れているが、巨人は普通の速度で私の方を見た。
『お前は60に至っているな? 小さき体でどうやってそれを得た?』
どうやら60に至るとは、この巨人と同じ認識時間になるという事のようだ。島民はこの巨人から同じ時間認識になるように言われているのだろうか。
『私の力で至っている訳ではありません。モリビトの力を借りているだけです。それにこの状態は長くは持ちません。出来れば私達の早さに合わせて頂く事は可能でしょうか?』
『モリビトが来ているのか。いいだろう』
時間停止を解除した。私の異常を察知してシズキがこちらを見ていた。島民達からも注目されている。
「何にゃ?」
「分かんないけど、交渉して見た」
「聞き取れるか? 小さき者よ」
まだ早回し感はあるが巨人の声は聞き取れる状態になった。
「聞き取れます。少し内密なお話がしたいので、あなたの居にて続きをさせて頂きたいのですが」
「居というとこの島の駅の事だな。いいだろう。海側の道を開けるからそこから来るがいい」
巨人はそう言うと海に沈み、弾丸のような速度で消えた。直ぐにあの海中施設がある海上に何かが発現した。
「行くのかにゃ?」
「行くしかないでしょ」
岩場を移動して、海に入り泳いで何かの側に行きと、水の無いトンネルが垂直に発生して、あの海中施設に繋がっていた。
ただ、この垂直の穴をどうやって移動するのかと思い穴に触れると視界が回転した。
重力の方向がいきなり変わったのだ。垂直の穴だった物が横穴になったのだ。しかも穴の壁面の海には何故か立つ事が出来る。
「もの凄い術を簡単に使っているのにゃ。これはかなり危険な相手なのにゃ」
重力を制御する術となると、回避も防御も無理だろう。シルバや私の防具も飛行は使うが、それとは完全に違う。宇宙人を相手にしているような物だ。
しかし、私には参人に対するネガティブな感情は無い。圧倒的な技術力と成熟した精神性を持っていて、対話が可能な相手だと認識している。
「行こう。向こうがやる気ならもう既に私達はどうにかなってる。話に応じたというか事は、対話が可能な人だよ」
そう言って私は海のトンネルを進んだ。海中施設では巨人が座って待っていた。この施設の天井が妙に高いのは、この人、恐らくウミビトのサイズに合わせて作られているからだろう。
「タイタス」
「タイタスとは何ですか?」
「名だ。其方らの名を聞こう」
「私はユズカ」
「シズキだにゃ」
「ユズカにシズキか。それで話というのは何だ?」
「私の知人にモリビトのシルバという者が居ます。ここから何処かへ移動したようなのですが、何処へ行ったのか分かりますか?」
「ここは駅だ。ここから行けるのは竜宮都市だけだから、シルバとやらは竜宮に居るのだろう」
竜宮都市、これが恐らくはシルバが消えたポイントにあるのだろう。
「竜宮都市とはこの場所にあるのですか?」
私は立体海図の例の地点を指差して聞いた。
「そうだ。だが、今の竜宮には誰も居ない。そんな場所に行って何をするつもりなのだ?」
誰もいない。つまり、参人の住まう都市の話をするのであれば、シルバの行動は無意味となってしまう。
だが、この場には恐らくウミビトと思しき存在が目の前に居る。このチャンスを逃す訳にはいかない。
「シルバはウミビトを探しに行きました。タイタスさん、あなたはウミビトですか?」
「タイタスはウミビトだ。自己進化を目指す、今では数の少ないウミビトではあるがな」




