欲の始まり夢の終わり10
朝になり高速移動を開始したシルバを海底から追う。最大のミスはシルバの移動手段が何なのか確認していない事だ。あの島の中心部にあった何かを使用している事は間違い無いだろうが、それが何なのか分からない。
なんとかシルバに追いつき、アダマスの探知圏内に入れてシルバがどうやって移動しているのか確認したい。
シルバの移動速度はかなり速い。この世界の船舶や海上の移動手段には詳しく無いが、前乗った川の遡上船の10倍は速い。魚にでも乗っているのだろうか。
――
数十キロは来ただろうか、シルバを圏内に捉える前にシルバの反応は忽然と消えてしまった。
焦って加速したがシルバの消えたポイントには何も無い。島も無く何の目印も無いただの海で消えたのだ。
シルバに勘付かれて認識阻害を使用されたのか、可能性をアダマスに質問しまくったが、何も分からないという事が分かった。
「もしかして見失ったのにゃ?」
私が止まっている事に気付いたシズキが話しかけて来た。
「突然消えた。振り切られたとかじゃない。いきなりいなくなった」
「まあ、落ち着くのにゃ。この凄い力が出る状態で見つからないなら、相手も同じくらいの力を使って隠れているという事にゃ。それを見つけるのは難しいと思うのにゃ」
「じゃあ、どうすれば?」
「にゃーとしてはあの島が怪しいのにゃ。あの島の中央には何かあるのにゃ。そこから手掛かりを探した方が何か分かりそうなものにゃ」
「でも、あの島の中央には近づけないんじゃ」
「島民に接触する方法はあるのにゃ」
――
来た海路を戻りあの島の近海まで来た。私の中で他に解決方法が見当たらなかったのでシズキの提案に従った。
戻る途中で流木を拾うように指示を受けたので、そのようにすると、シズキは長柄の棒の先に自らの毛を使って枝をくくり付けてカタカナのチみたいな形を作った。
これを持って中央の砂浜から接近するのだと言う。
認識阻害を解除して浜に接近すると島民はすぐに私を発見した。巨大だがまだ海の下に居るのに良く分かるものだ。目がいいというのは事実のようだ。
攻撃されないのはシズキの作った棒のおかげのようだ。ただし、10人は弓を構えて警戒している。
シズキに言われたとおり、浜に上がる前に波打ち際に棒を立てた。
カラフルな織物を来た小柄な中年女性が近寄って来た。棒を確認して引き抜くと浜に上がり砂浜に改めて棒を刺した。
この所作も聞いており、棒の手前まで進んだ。
「一人降りる」
これはシズキが言う役目になっている。
「許可する」
中年女性の低い声が響いた。それに合わせて背中なハッチを開いてシズキが浜に降りた。
「波と共に訪れ、波と共に去る者にゃ」
「舟に隠す剣の無き事を証せよ」
そう言われのを待って追加装甲を解除した。
巨人が人になったので、弓を構えている島民からどよめきが上がった。
「剣は無いのにゃ」
「ふむ。話を聞かねばならぬようだね」
中年女性は付いて来るように促し、建物のある方へ歩き出した。
―
「ユズカです」
「シズキにゃ」
島長の家に招かれたら先に名乗る、私が聞いている島での所作はここまでだ。
「島長のテミスです。急ぎの用とは何事かな?」
シズキから、どうぞ、という目線のパスが来た。
「昨日、この島に訪問者があったと思います。その者の行方を追って来ました」
「訪問者ね。妙な事を言うね。余所者の舟が浜にあったかね? そいつはどうやってここに来たのか教えてもらいたいもんだ」
「訪問者は転移術にて島に入りましたので舟はありません。姿をご覧になったかは分かりませんが、その者は背の高い白髪の老人です」
「転移が届く位置まで舟に寄られるような間抜けはこの島にいないよ」
「信じられないかもしれませんが、北大陸からの長距離転移です」
次の瞬間時間が止まる。窓の外より小さな羽のような物が飛んで来ると思ったら、どうやら吹き矢のようだ。アダマスから動きのガイドが来ないから、どうやら動かなければ当たらないようだ。
吹き矢の速度は速い。この加速思考モードでも動いて見える。矢は私の鼻先を通り抜けて、隣りのシズキの前を抜けて壁に刺さった。シズキも矢の存在には気が付いていたようだ。
「無駄話は聞きたくないんで、ちょっと脅かしてみたが動じないね」
「嘘を言っている訳ではありません。全て事実です。私達は彼を追って島の中心にある山に入りたいだけです」
「いい度胸だ。たが、ウチらがお前さんの言う事を聞く道理も無い。何も取らずに帰ると波に誓ってみせたが、ウチらが取らないとは言ってないよ」
「と言うと、何か欲しい物があるという事ですか?」
「ウチらは海賊じゃないんだ。物欲しさに矢は射ないよ。そうだね。一つ聞きたいんだが、さっきの矢をどう思った?」
何か謎の問答をしているようだ。シズキもこの先の答えを知っている訳では無いようだし、思ったままを答えるくらいしか出来ない。
「動かなけば私達に当たらないと思いました。敵意は無いが警戒はしているから、その為の警告という事だと思っています」
「矢が?当たらない? ははっ!」
テミスさんは手を叩いて爆笑し始めた。
「にゃーもその答えには驚きにゃ。矢の軌道はユズカを狙っていたのにゃ。射手が矢に細工をして途中で軌道を曲げたから当たらなかったのにゃ」
「ひー、ははっ! …ごめんよ。久しぶりに面白い話を聞けたよ。そっちの尻尾付きも良く見てるじゃないか」
「私は問いに答えただけです」
何か周りのツボポイントが分からないので、絶妙に居心地が悪い。
「確かに。あんたの言う事は合っている。ただ、あんたらから敵意が無い事も分かったけど、怪しんではいるよ。あの巨人みたいな舟は何だい? 先祖代々とこの島に居て色々と海について知ってはいるが、あんな物は知らないね」
「あれは私の物では無く、この地を訪れた老人から借り受けた物なのです。だから、扱う事は出来ますが、作ったり教えたりする事は出来ません」
「ふむ。聞きたい事を答えてくれるね。いいだろう。御山に入る事を許可しよう」
なんだか知らないが問答の対応に正解したようだ。
「ありがとうございます。では先を急ぎますので、早速入らせて頂きます」
「随分と急ぐねえ。まあ、波の誓いを守るならいいが、一つ提案があるんだけど」
「何でしょう?」
「あんたは目め良くて度胸もある。ウチの家に嫁に来ないかい?」
何を言っているのか、この人は。
「お断りします。やらないといけない事が無数にありますので、この島に留まる事は出来ません」
「そうかい。まあ、その辺にいる男で気に入ったのが居たら言いな。直ぐに縁談を設けるから」
この人、断ったのに諦めていないな。
「目に入ったら見ておきますが、山に急ぎますので、これにて失礼します」
―
「監視が何人か付いて来てるにゃ」
山に向かう道中にシズキがそんな事を言った。
「それは、余所者が島に居るんだから監視くらい付けるでしょ」
「でも、なんか若い男ばっかり付いて来てるにゃ」
あの島長、追加の手を打ってきたのか。
「気にしない。気にしない。それに結婚なんて考えた事もない」
「そうなのにゃ? にゃーは最近考えたりもするにゃ」
シズキのあまりの意外な答えに、岩で滑ってずっこけそうになった。




