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仕事の終わりに9

 生命樹の育て方は分かった。要は使えばいいのだ。現実の拡張の為に枝を伸ばすのだから、向かう先は超常の世界だ。

 超常の世界に手が届くのだと思うと高揚感がある。何か成し遂げたい事がある訳では無いが、今まで手に入る事の無かった能力が手に入る事には大いに興味がある。


 枝の一点伸ばしが定石のようだ。人は生まれてから生命樹を認識までに、既に枝の傾向が決まっているらしい。それをこちらでは才能と呼ぶそうだ。

 私はイレギュラーであり、枝の傾向は全く決まっていない。可能性はなんでもありだが、乳幼児より生命樹が育っていないのだ。


 この国、法国では多彩な者を八肢と呼ぶ。八方向に均等に伸びた枝が、あらゆる拡張現実に対応出来るかららしい。

 ならば、私はそれを超える汎用性を身に付ければ、類を見ない多彩な存在となるかもしれない。


 しかし、生命樹の枝を育てるには時間がかかるそうだ。枝が拡張現実の領域まで太く繋がっていなければ、大した効果は得られないそうだから、早く細く伸ばしても意味は無い。通常は何年も掛けて枝をしっかりと太く伸ばす。人が生涯で伸ばす事の出来る枝の長さは限られている。


 シルバはガタイが良いが老人である事に間違いはないようだ。しかも八肢という才能を持ちながら枝を伸ばしているのだから、相当の拡張現実を獲得しているに違い無い。

 今はシルバとの関係性は悪くは無いと思うが、これから先もこの関係性を維持せねばと深く思う。


「アダマス。生命樹育成の方法を教えて」


 自室で一人そう声を出すと、食事の果実が出てくる台から白い手のひらサイズのキューブが出てきた。


「生命樹育成ノ初歩トシテ、コノ箱ヲ角デタテ回転サセ続ケテ下サイ」


 このキューブを独楽のように回せという事なのだろうか。持ってみると意外と重いが手で回せなくは無い。


「回したよ」


「コノ箱ノ回転ニ必要ナ空間影響力ガ生命樹ニ送ラレルヨウニナッテイマス。反応スル生命樹ノ枝ニ集中シテ下サイ」


 回るキューブを見ながら生命樹に意識を割くと確かに反応している枝があるのが分かる。反応する枝に照準を合わせると何か起こりそうな手触りのような感覚があった。

 次の瞬間、触ってもいないキューブが激しく横滑りして台の上から落ちた。


 大した事が起きた訳では無い。しかし、何とも言えない高揚感があった。自分で起こした超常現象に感動を覚える。


「これは?成功?」


「空間影響力ノ発現ヲ確認シマシタ。育成ノ為ニハ箱ノ回転ノ維持ガ必要デス。回転ガ止マラナイヨウニ、空間影響力ヲ発現サセ続ケテ下サイ」


 なるほど。まるで超能力の訓練課程のような事が起きている。非現実が自身の手に少しずつ収まる感覚はなんとも言えない。


 訓練場所を部屋の机に移して集中する事にした。


 ――


 訓練が面白い過ぎてかなりの時間を費やしたが、回転の安定方法は殆ど掴めてきた。これはキューブの周りの空気に干渉する技術なのだ。

 キューブの回転の為の推進力となる風を生むのと、キューブの回転を安定させるお椀型の空気の層の形成が重要なのだ。

 やる事は二つだが、これを一つの現象として制御する事にテクニックが必要だ。術は万能かもしれないが、人が制御出来る拡張現実は一つなのだ。だからこそ、流体の操作とい拡張現実一つで複数の効果を得なければ目的は達せられない。


 使い続けた生命樹の枝が変容しようとしているのが分かる。枝がまとまり、大きな効果を得る拡張現実に向かう道筋となるのだ。

 人の生命樹の枝が何故太い物が数本という構成になるのか分かった気がした。


 そこで一つ気がついて、私は生命樹を使うのを止めた。


 このまま流体操作として枝を纏めていいのだろうかと考えた。確かに何かに使えるかもしれない事に繋がる枝が手に入るかもしれない。しかし、伸ばしてしまえばそこから変更は効かなくなる。何より、まだ生命樹の紫の領域しか使っていない。緑の領域の使い方は分からないのだ。


「アダマス。紫光と緑光の領域を同時に使う訓練方は無いの?」


「回答ヲ探シテイマス。オ待チ下サイ」


 直ぐに何でも回答していたアダマスが時間を必要としたのは初めてだ。シルバが紙を回転させながら、どちらも使う訓練法があると言っていたのであるにはあるのだろう。


 ―


 どう言う訳かシルバに呼び出された。理由はアダマスに聞いた訓練法のせいだろう。


 シルバの様子も少し妙ではあった。少し怒っているようでもあり、笑っているようでもあった。


「紫光、緑光の同時成長を何故求める?」


 シルバの質問はシンプルだったが、答えには少し迷ってしまう。何か複数の思想のような物が交錯している気がしたからだ。


「枝を育ててしまうと何かの可能性が失われるのではと感じたので、ならば全部一気に伸ばす方法はないかなと思ったのでそうしました」


 答えには迷ったが、結局は正直ベースで答える以外には無いと思った。何かの側に立とうにも、私はまだ何も知らないに等しいのだ。ならば、自分の側に立つしかない。


「その方法は、アダマスから教える事は出来ないのだ」


「何故ですか?」


 私の質問にシルバは少し口篭った。


「アダマスは法国の定める大綱に沿って回答する。紫緑同時の訓練法は言わば外法、国の認めた法ではない」


「法国の大綱に沿わなければどうなりますか?罪に問われますか?」


 シルバは少し笑ったようだった。


「罪には問われん。法国は自身の信じる道を行く者を止めたりはしない。ユズはどうする? 外法と聞いても紫緑同時の訓練を進めるか?」


「え? ええ。罪に問われ無いのであればそうしたいです。私はこの国、この世界の者では無いですからね。自分の意志が通る限りは自身の判断でいきます」


 シルバはまた少し笑ったようだった。


「そうか、しかしそうだな。アダマスは今のままでは対応出来ん。紫緑同時の事は我がなんとかしよう。明日まで待ってもらうがよいか?」


「はい。色々とご迷惑かけて申し訳ありません」


「そんな事は無い。300年ぶりには楽しめたぞ」


 何か凄い事を言われた気がしたが、シルバがそれ以上何も言わなかったので、聞かなかった事にした。


 ―――


 翌日は朝からシルバに呼ばれた。生命樹の育成方法について色々と聞かれたので、答えられる範囲で回答した。

 八肢を超えたいと言う私の発言にはシルバが大笑いしていたので、相当に無謀な事なのだろう。

 しかし、可能性が無くは無いというのがシルバの意見だった。


 私の生命樹育成方針は、出来るだけ多くの枝を伸ばす事に決定した。

 今のところ私の育っていない生命樹の毛のような枝は、832本ある事が分かっている。

 ならばという事で、シルバは832肢を目指すのがいいだろうとなった。


 832全ての枝の同時育成は可能ではあったが特殊過ぎる方法になった。

 通常の枝がある程度伸びた子供では不可能だが、全く枝が伸びていないという私の状況が、この訓練法を可能にした。

 結局は832の枝を同時使用する為に、発現効果を超微細範囲にするというのがこの訓練法の肝だ。


 シルバと3日間という期間をかけて訓練法を確立し、そうして実践した結果が遂に出た。


 私の生命樹は全く枝を伸ばす事無く、その始めの輪の光だけが増したのであった。


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