欲の始まり夢の終わり8
「シルバは違う海賊が統治している島に居るって事?」
「そうにゃ。その島に近づくのはなかなか難しいのにゃ」
確かにシルバの居る位置は私達が居る島から離れてはいる。離れてはいるが、追加装甲の飛行能力であれば直ぐの場所ではある。
「なんで難しいの?」
「その島の海賊は、国を名乗る大きな海賊に屈していないのにゃ。つまり単独でやっていける強さがあるのにゃ」
「近づいたら攻撃されるって事?」
「そうにゃ。奴等は目がいいのにゃ。大きくなったユズカの見えなくする術も、多分見つかるのにゃ」
認識阻害も打ち破るという事は、相当な術者がいるのだろう。しかし、そんな凄い術者ばかりなのだろうか。島の周囲全てをカバーする事は難しい気がする。
「警戒しているのは船な訳だよね? なら、船が来ないような絶へみたいな場所の空からの入れば見つからないじゃないかな?」
「奴等は矢の飛ぶ範囲を見通すのにゃ。小さな島だから少ない見張りで全周を抑えているのにゃ」
「発見されてもいいから、物凄い速度で突入するのは無理?」
「無理では無いかもしれないのにゃ。ただ、あの島の弓使いはかなり強いのにゃ。大きいユズカの体が貫かれないとは言い切れないのにゃ」
「弓なの?」
どんな攻撃がされるのかと思っていたら、矢が飛んで来るくらいだった。それなら防げそうな気がする。
「そうにゃ。海での戦いで重要なのは、相手の船を沈める事にゃ。あの島の弓使いは1人で巨大な船を沈めるのにゃ。だからあの島に無断で近づく船は無いのにゃ。弓を使うなら鳥も落とすのは得意にゃ。ユズカは落とされても平気なのかにゃ?」
なるほど、船を沈める弓となると戦艦の砲撃みたいな威力があるのだろうか。
私が音速で突っ込んでも、その砲撃も音素並みならば、相対速度もあって例の時間ゆっくりモードでも躱せないかもしれない。
ただ、そうか。突破口はある気がする。
「落とされずに島に接近すればいいんだったら、最初から落ちていればいいよね?」
「はあ? 何を言っているのにゃ」
――
という訳で私は追加装甲を纏って海底に居る。当然、シズキは背中のポッドの中に居るのだ。
追加装甲で音速飛行して、私やシズキがなんとも無いのだ。ならばある程度の水圧にも耐えるだろうし、気密性も問題無いと思ったら、いけたのだ。
「これなら気が付かれる事はないと思わない?」
「確かに海の底までは奴等も見てはいないのにゃ。ただ、それはそれとして、これ本当に大丈夫なのかにゃ」
シズキは心配そうだが、空気の問題が解決するならばいけると思っていた。
空気は結局ガスボンベ式を採用した。長い管を作ってシュノーケル式も考えたが、見つからないという点においてはボンベ式がよかった。
「大丈夫だよ。息も問題なく出来ているでしょ?」
「それはそうにゃけど、水の底に沈むのは初めてだから勝手が分からんのにゃ」
シズキがその認識ならば、まず発見される事は無いだろう。この世界には潜水艦的な発想は無いだろうから、海底を警戒しないはずだ。
更に仮に発見されても攻撃する手段は無いだろう。大量の水を貫通して攻撃する砲撃は無いだろうし、魚雷や機雷みたいな物も無いはずだ。
発見を避ける為に海底スレスレを泳いでいるし、更に認識阻害まで使用しているのだ。透明な鯨が海底を泳いでいるようなものだから、発見される心配は無いだろう。
水中で音速という訳にはいかないが、周囲のマグロみたいな魚より速く泳ぐ事が出来るようだ。海底の未知の生物に襲われる危険性もあったが、この速さで移動出来るなら簡単に逃げる事が出来る。
既に目的の島の3km圏内に到達した。上陸に適した監視の目が緩そうな岩壁も発見している。ただし、島民は目がいいそうなので、上陸は夜を待ってからにする事にした。
夜まで待機なので空気は海底を這わせ長い管のシュノーケル式に切り替えた。管の先は上陸地点の岩壁に出しているから、島の様子の監視も兼ねている。
この島、シズキが言う通り周辺の海を警戒する構造になっている。監視小屋のような物がカムフラージュされて等間隔にあったり、監視者が時間で交代するような動きをしている。更に監視者は皆弓を持っているのだ。矢も見る限りでは普通のサイズなので、船を沈める技は術による付加効果なのだろうか。
「ユズカ、ちょっとまずい事になったのにゃ…」
安全に潜伏出来ていると思ったら、シズキが不穏な事を言う。
「何? もしかして見つかった?」
「違うのにゃ。実は漏れそうなのにゃ…」
なんだ。発見されたのかと思って焦ったが、トイレに行きたいだけか。
「ああ、そうなんだ。早く言ってよ。直ぐに用意するから」
トイレと言えばモリビト特製のスライムトイレがある。
「なんかぶよぶよした物が出て来たのにゃ」
「それが出した物を全部吸収してくれるから、それに座ってしたらいいよ」
「これに? 本当に大丈夫にゃ?」
まあ、初めてならそうなるだろう。私も最初は抵抗があったが、今では無くてはならない存在だ。
「大丈夫。私も使ってるから」
―
「済んだのにゃ。いやー助かったのにゃ」
どうやら無事に解決したようだ。
「それ、便利でしょ?」
「確かににゃ。それにユズカが腹の中の物を何処に捨ているのか謎だったけど、答えが分かったのにゃ」
「何それ」
「いや、ユズカは欲国でも便所に行ってたけど、出した物の痕跡が何処にもないのにゃ。にゃーは鼻がいいからそういうの分かってしまうのにゃ。だから何処にしまっているのかにゃーって思っていたけど、これに吸い取らせていたのにゃね」
いや、そんな事まで把握してたんかい!
確かに鼻はいいらしいし、嘘を吐くと匂いで分かるらしいから、かなりの事は把握されているという事なのだろうか。
というか、シズキより鼻がいいバイスは更に色んな事を知っているのだろうか。
「え、じゃあ、私が何してたとか大体分かるって事?」
「まあ、その辺りは言わないでおくのにゃ」
匂い情報恐るべし。だが、シズキやバイスと出会ってから、そんな変な事はしていないはず。先に認識出来たのはある種良かったのかもしれない。
そうして時間を潰していると、通信術具にシルバから定時連絡があった。シルバの連絡は日の入りの頃としてある。
「シルバから連絡あったけど、送られて来た位置情報はこの島で間違いないみたい」
「転移術でこんなに遠く移動するなんて聞いた事ないのにゃ。ユズカと言いシルバと言い、2人の術力は理解の外なのにゃ」
私にとっても理外なのは同意だ。今行われている事は私の常識でも魔法の域なのだ。
参人という存在がこの世界でどれだけ強大なのか思い知る。そうして、私はまだ見ぬ参人ウミビトと交渉しなければならないのだ。
「夜になったから、そろそろ上陸するよ」
「分かったのにゃ」
島の岩壁まで静かに移動して、岩壁を登る。手足に吸盤のような構造を作って、サクサクとロッククライミングをした。
岩壁の上は鬱蒼とした森になっていた。明らかに人が通ったりするような場所では無いのは、下調べした通りだ。
森に入りアダマスの能力で島の構造をスキャンする。海からでは不十分だった島内部の情報が手に入る。
シルバの送って来た位置情報と、スキャン情報を照合すると、島の中央にある山に妙な竪穴空洞がある事が分かった。
シルバはどうやらそこに居るらしい。




