欲の始まり夢の終わり6
「シルバ、ウミビト探しにはこれを持って行って」
私がシルバに渡したのは、トゥーリン作成の通信用術具だ。私とトゥーリンが持つ物と同型で、急ぎ作ってもらったのだ。
「術具か。何に使う?」
「その術具は文字を相手の術具に送る事が出来るから、毎日決まった時間に今居る場所の情報を送って」
「何の為にだ?」
「シルバに何かあったら助けに行くためだよ。場所が分からないと助けに行けないからね。それに私じゃ助けにならなくても、ビシムとブランなら何とかなるかもしれないでしょ?」
シルバは何とも言えない顔をしている。
「まあ、理屈は分かった。連絡はする事にしよう。ただし、我が助けを呼ぶ事は無い。何かあっても我は自身の力で戻る。それまでは待つのだ」
「しっかり連絡してくれたら、私も勝手な事はしないよ」
「それは約束しよう。では我の報を待つがよい。月が巡る頃には片付いているであろう」
そう言ってシルバはあっさりと出て行ってしまった。
――
「シルバのじーさんの後を追わなくていいのにゃ?」
「追える手段は用意したから大丈夫」
シルバに渡した通信術具は、トゥーリン作成の特殊仕様なので、通信域は今世に出回っている物より強力だ。
市販品はこの金輪下より外では機能しない。トゥーリン謹製の物でも隣町まで届くかどうかの性能だ。
ただ、私はある方法を使って、国を跨いでトゥーリンと通信をしてきた。その方法とは、私の防具とアダマスによって通信圏を拡大しているのだ。
アダマスによって送信圏を拡大したが、そうなるとトゥーリンからの受信が出来ないという問題が発生した。そこで、この防具も白樹で出来ているという事に目を付けて、法国の白樹ネットワークを介してトゥーリンの通信域と繋げる事にした。
白樹ネットワークは世界樹教会にはあるし、それ以外にも各地にあるらしい。ようは世界各地にある白樹を電波塔に見立てて通信を行っているのだ。当然この通信にはトゥーリンの通信術具の他に、白樹製のブースターが必要になる。
ちなみにブースターはオーバーテクノロジー過ぎるので、トゥーリンには秘密にしている。
更にシルバの通信術具には位置情報送信機能も付いている。シルバがどの白樹と通信して、その白樹からどれくらい離れていたかが知れる仕組みが入っているので、GPS並みの精度で位置情報が分かるはずだ。
「追跡術でも仕込んであるのにゃ? でもシルバのじーさんは術に詳しいのにゃ。見破られのにゃ」
「そこはちょっと一工夫したからばれないと思う。それに場所は定時連絡してって言ってあるから、シルバの性格なら毎日送ると思うよ」
「あのー、シルバさんが遠くに行かれると、ユズカさんもここを離れるのですか?」
それはそうなのだ。シルバを直ぐに助けるには、ある程度近い距離に居ないといけない。追加装甲の力で音速飛行出来るが、それでも限度がある。
「数日は動かないつもりだけど、離れ過ぎると助けに行けないから、シルバが船に乗ったら私も移動するつもり」
「はあー、それだとまた寂しくなってしまいますね」
トゥーリンは通信術具を両手で取って胸元に置いた。
「その丸っこいのが通信術具なのにゃ?」
「ええー、そうです! これがあればいつでもユズカさんとお話し出来るんです」
トゥーリンからのメッセージ量は凄いのだ。この球体状の小さな画面で見るともはや履歴を追う事不可能なので、メッセージ管理閲覧用の機能をアダマスと防具の一部で別途作成したほどだ。
「そうなのにゃ。にゃーもそれ欲しいのにゃ。売ってくれにゃ」
「いえー、シズキさんはユズカさんのお友達で護衛もされているそうなので、無料でお作りしますー。3人でお話ししましょうね」
「いいのにゃ? では出来たら受け取りに来るのにゃ。お礼にトゥーリンも1回は無料で守ってやるのにゃ」
この地で通信革命が起きつつある。既に市販品の通信術具は、金輪下の富裕層には行き渡っており、欲国が集める相場情報は意図的に共有されている。
このまま通信域が拡大すると、国家間の情報連携が始まり、そこに多くの人が依存する事になるだろう。そうなれば、欲国の支配圏が広がる事は間違い無い。
2人の新しい物に興味を持つ会話から、そんな仄暗い未来を予感してしまうのは、私が疲れているからなのだろうか。
――
シルバからの定時連絡もまだの状況で、私はシルバの位置情報の異常に気が付いた。
シルバは今法国に戻っている。南海を目指すと言って何故に法国に居るのか、その答えは簡単に出た。
シルバはブランに頼んで南海に行くつもりなのだ。世界樹教会の無い場所でも、法国に居るブランであれば転移術を使用して移動可能なのだ。
これはかなり誤算だ。シルバがいきなり南海の洋上に居るという事態になりかねない。
私がシルバに追い付くには二つだ。一つはシルバと同じルートを行く事だ。しかし、これはブランと交渉する必要があるし、シルバの事だからブランには私が追う事を止めるように言ってあるだろう。
もう一つのルートは、直ぐにここを出て一旦は河口の港町で待機することだ。そこからシルバの位置情報を頼りに、1分圏内の場所まで詰めておくのだ。
選択肢としては今直ぐ南に向かうしかない。しかし、シルバの行き先に白樹が無い場合はどうしたらいいだろうか。
南海と言うからには海だし、何処かの島に居るとしても白樹がある可能性はあまり高く無い。そうなれば私はシルバの定時連絡でしか位置を知る事が出来なくなってしまう。
なんとしても、ブランワープの後のシルバの位置を正確に知っておく必要がある。
とにかく今直ぐ出発する必要がある。これまでの旅で持っていた荷物を持つが、お金くらいしか無い。南海の文化か風土が分からないので、準備のしようが無いのだ。そもそも今持っている通貨が使用出来るかも分からない。ここに来て私の旅はシルバやシズキに頼りきりだったのだと思い知った。
「お困りねようにゃね?」
部屋でバタバタしているのをシズキに勘づかれたようだ。
「いや、別に、そんなにはだけど」
「珍しく嘘なのにゃ。そんな見え見えの嘘を言うほど焦っているという事は、早速シルバに何かがあったのにゃ?」
もはや誤魔化しようも無い。
「いや、実は、そうなんだ。ちょっと困っていて」
「その困り事が何かは知らにゃいが、にゃーが助けてやるのにゃ。しかも報酬は不要にゃ」
突然の申し出だ。正直シズキに助けて貰えるならかなり問題解決になる。ただ、この話の裏が何なのか分からない。考える余裕が無いのだ。
「何をするのか分からない上に、報酬不要って言うのはどういう事なの?」
「そうにゃー、にゃーはユズカに恩を売っておきたいのにゃ。そうすればにゃーの望みも叶うかもしれないのにゃ」
「シズキの望みって何?」
「今のユズカには叶えられない事なのにゃ。それに、にゃーの事はいいのにゃ。今は急ぐ時なんじゃないかにゃ?」
確かに時間は無い。そしてシズキの真意は分からない。でも、以前に一度信じたのだ。二度目も信じようと思う。
「分かった。シズキに頼るよ。お願い。私に付いて来て。そしてシルバを探すのを手伝ってほしい」
私の申し出にシズキは手を差し出した。何の所作なのかは分からないが、私はシズキの手を取った。
「にゃーに任せるのにゃ」




