欲の始まり夢の終わり5
シルバには妻も子供も居る。という事はビシムやブランから聞いてはいるが、シルバの家族がどういう人達なのかは全く知らない。
前にビシムとその話題になったが、シルバがから直接聞くべき話だという事だった。その感じだと、シルバと家族に何かあったのは明らかだろう。タイミングも無かったので、これまで聞いて来なかったが、今がその時なのだろうか。
「ウミビトとの生殖の話が出たって事は、まさかシルバの子供ってウミビトとの間にって事?」
シルバは虚を突かれたような顔をして首を傾けた。
「ん? いや、そうでは無い。我がまだ若い頃にウミビトと闘技をして引き分けた事があったのだが、そのときはしつこく生殖を迫られたのだ。我も断ったのだが相手には届かず、結局は我は逃げ去ったままなのだよ」
あ、そういう感じの話なのか。
「そうなんだ。でも、モリビトは次の存在になる新たな種を探しているんだから、受けてもいいような気がするんだけど」
モリビトというか参人には参人思想という本能的なものが備わっているらしい。種としての生存が確定しているから、本能の向き先が次に進むという方向になっているという理屈だそうだ。
「そうではあるが、ウミビトの生殖は特殊なのだ。ウミビトは様々な種と交れる生殖能力を持つのだが、何と交わろうと生まれくるのはウミビトなのだ。無論、他種の形質を多少は受け継ぐが、その本質はウミビトから外れる事は無い。それが分かっていたからこそ、我は生殖を断ったのだ」
ウミビトの生態にも興味あるが、シルバの家族の事も同じくらい知りたくはある。
「断って逃げてるからウミビトに会いに行くのは気が進まない感じ?」
「いや、そうでは無い。数百年も前の話だ。もはや誰も覚えている者は居ないだろう。気にしているのはユズの事だ」
「私?」
「次世界人であるユズとの交配をウミビトは求めるだろう。こちらはウミビトと交渉がしたい側だ。ユズとの交配を交渉材料にされた場合、それをユズに選択させるのは酷だと思うのだ。故にウミビトに会う話からユズは外れてほしい」
予想外の事を言われて困惑している。まさか次の予知の話から外れてほしいなどと言われるとは思っていなかったのだ。
「私の交渉能力があったから今まで上手くいっていたよね。次も私は必要でしょ!」
「ユズの能力に疑問は無い。しかし、次の予知は参人の住む町を作る事だ。そうなれば当事者である我だけでも対応する事が出来るだろう。ウミビトは理外の存在であり、また強靭だ。今回は我に任せておけ」
シルバはそう言うが私は私の有用性に一番疑問がある。完全に借り物の力でイキっているだけなのだ。だからこそ恐れている。自分が必要無いという事を相手から言われるのを。
「交渉に失敗したら私という手札が必要でしょ? なら私が初めから行った方がいいに決まってる。私はウミビトとの交配相手になってもいい。別にそれくらい何とも思わない!」
「何とも思わないという言が偽りである事は、他者の感に鈍い我でも分かる事だ。それに交配相手という事であれば、また我が闘技を行いその価値を示せばよい事だ」
反論の余地の無い物言いに黙ってしまう。考えても妙案は何も出てこない。
「とにかく! 南海には私も行くから!」
そう怒鳴って走り出してしまった。
――
屋敷に戻り自室に閉じこもっている。いつかは来ると思っていた自分の化けの皮が剥がれかけているのだ。
力を借りている自覚があるからこそ、それを上手く使う事が自分に出来る唯一だと思ってやってきた。本当は平凡な自分を大きく見せる事が求められているのだ。
まだ昼の光の残る時間だが、木戸まで閉めた部屋は暗い。今の自分は白日の下には居たくないという気持ちがあった。
「入るのにゃー」
何の許可もしていないが暗い部屋にシズキが入って来た。闇の中にあってもシズキの瞳は微かな光を反射して光って見える。
「何?」
「人を堕とすなら弱っている時が一番なのにゃ。欲国の奴等も来るだろうから、にゃーが一番初めに来たのにゃ」
「私を堕としても何も無いけど」
「そんな事はねーのにゃ。ユズカには価値があるのにゃ。そんな価値が欲しい奴は幾らでもいるのにゃ」
「シズキは私の何が欲しいの? 体?」
「そうにゃー、ユズカの体には興味あるのにゃ」
「私の望みが叶うなら体は好きにしていいよ」
そう言うとシズキは私の近くまで歩いて来た。
「ユズカの叶えない望みは何なのにゃ?」
「え、それは、その」
良く考えればシズキに望みを説明するには、全てを教える必要がある。
世界は後数年で闇に没してしまうので、予知の微かな情報頼りに未来を変えようとしている事を言わなくてはならない。それを勝手に行う事はビシム、そしてシルバへの裏切りだろうか。
「望みは後でもいいのにゃ。まずはユズカが体を差し出す気があるのか知りたいのにゃ。もしその気があるのならこれを舐めるのにゃ」
そう言うと私の顔の前に何かが差し出された。私は寝床に座り、シズキは私の前に立っている。位置関係からすればこれは例のアレだろう。ただ、部屋が暗すぎて明確にそうだとは分からない。
別にナニだろうが舐める程度どうって事は無い。ウミビトと交配してくれって言われても、必要ならそれくらいやる覚悟はあるのだ。ただ、舐めたところで私の望みは叶うのだろうか。今の問題は誰かに頼んでどうにかなるものでは無い。
「あ、あの」
「どうしたのにゃ」
「やっぱりいい」
そう言うと目の前の物体が素早く動いて私の頭をポンと撫でた。それはフサフサとした毛の感触だった。
シズキが遠ざかる気配がして、バンという音と共に部屋が明るくなった。部屋の木戸は全て開けられて光が一気に入って来た。
「危うくにゃーの尻尾が舐められるとこだったのにゃ」
「何それ」
暗闇の中の状況を察して何だ笑いが込み上げて来た。
―
ひとしきり笑った後、シズキは部屋の外の様子を確認してこちらに戻って来た。
「にゃーの言った通りになったのにゃ?」
「何が?」
「弱っているユズカに先手を打ったのにゃ」
「どういう事?」
「力ある者の悩みは力無き者にはどうする事も出来ないという事にゃ」
「私に力は無いけど」
「ユズカにはユズカにしか無い力があるのにゃ。それが無いにゃーにはどうする事も出来ないのにゃ。欲国の連中も同じにゃ。ただし、それでも助けが欲しくて力ある者が無い者に頼ると、無い者はこの機に自分の望みを叶えようとするのにゃ。そんなつまらん事にならないようににゃーが来たのにゃ」
確かに、ちょっと理不尽な事を言われて、放棄していた自分で考える事を取り戻した気がする。
「どうも、ありがと…」
「いいって事なのにゃ。それでどうするのにゃ。ユズカはシルバに捨てられたのかにゃ?」
「捨て…って! そういう話じゃないよ。ただ、次の目的地には私を連れて行かないって事になりそうで」
「なるほどにゃ。それでユズカはどうしたいのにゃ?」
「それは、私も行きたいけど」
「なら、勝手に付いて行ったらいいのにゃ。シルバは力ずくで止める奴じゃないのにゃ。こっそり行ったらばれないのにゃ」
「なるほど、そういう方法もありか」




