欲の始まり夢の終わり1
私の望んだ国がついに出来上がる。国主は俗称をそのまま国名にするという暴挙に出て、まさかの国名は「欲国」だ。
この直接的表現がこの辺りの文化圏では受け入れられるのか聞いてみたが、どうやらそんな事は無いらしく、国民となる人々から戸惑いの声も多いのだそうだ。
国土はそこそこ広く、首都になるらしい金の輪のある湖の南の地と練国がくっついた領域が一つの国になる。
現在は武国の領地になっている旧流国の一部も欲国であると主張するような話も聞いた。どうせ喧嘩を売られる事が分かっているなら、初めから喧嘩腰で行くのだそうだ。
欲国は私の希望通り資本主義の国になる。国民は自身の財産を持つ権利があり、その財を自身の才覚と努力で幾らでも拡張してよいのだ。ただし税はあるし、他者の財を力で奪うような行為は強く罰せられる。
建国にあたり儀式的な場で建国宣言がなされ、私はその際に追加装甲の大きな姿で天人を演じたのだ。
あいつの考えた台本を読むだけだったが、あんなに大勢の前で長セリフを話すのは本当に緊張したのだ。まあ、約束なので仕方が無いが、かなり欲国に都合の良い存在として天人をアピールさせられた。
天人は欲国を見守る存在であり、人の営みには基本干渉しないが、人では避けようの無い災いからは守るのだそうだ。また、知識を授けて人を導く事をするのだという。
この天人設定にこじ付けて、練国でトゥーリンが取得した技権を使った通信技術の一般お披露目がされた。これは世界報呼ばれるサービスで、この金の輪周辺のみだが文字画像だけの通信が可能になり、かなり高額ではあるが個人用端末の販売もされた。
商売人の集まるこの地で、最新の相場情報がリアルタイムで得られるとあって、かなりの好評を博しているのだそうだ。
新たな技術に触れられて情報も手に入り、しかも建国祭までやっているので、今の金輪下はお祭り騒ぎだ。そして、練国からはトゥーリンがこの地に来ていた。
「はー、やはりユズカさんは天人様だったんですね」
絶妙に違うと言い切れないのだが、違う、確かに違うのだ。
「まあ、天人的な何かというか天人役みたいなものなんだけど、私は、ほら、普通の人だから」
「ユズカは人かもだけど、普通では無いのにゃ」
私達はあいつによって用意された金輪下の広ーい屋敷に滞在している。ここはトゥーリンの居住用に用意された場所なのだが、あいつサイドが重要人物をまとめて管理したいという意図で、ここに押し込められているのだ。
トゥーリンは重要な技権持ちだし、この地での通信範囲拡大の為の計画に参加している。
私はまだ天人役の出動が何回かあるので、その為に予定を管理されているのだ。
シルバとシズキは私と一緒にこの屋敷に居り、バイスとドリスは金輪下の冒険者組合で人員拡大をしているところだ。
「私は私の基準だと普通なの。今は周りが異常な状態だからだ普通が普通じゃなくなっているだけ」
「あー、でも、常に自分のままで居られるというのは天人様に相応しい所作ですよね。それに建国の儀の大きな姿は素敵でした。あれは巨人の大鎧とは全く別の技術で動いていますよね。まるで大きな生物が自立しているのにユズカさんの動きをそのまま伝えている感じでした」
「その通りにゃ。いいとこ見ているのにゃ。巨人の大鎧は上半身の延長だけで、下半身は巨人自身の力と軸尾という槍の石突みたいな部位で支えているのにゃ。ユズカはあの大きさで人と同じ立ち方をしているのにゃ。正直気持ち悪いのにゃ」
まあ、生物は巨大化するに従って箱型に寄せて安定を得ていると聞いた事があるが、気持ち悪いは無いだろう。
「へー、言われてみればそうですね。あの大きさで人のように立ち歩くのは至難の技です。それに空も飛びましたが、あれもただの流体操作だけでは説明が付きませんね。物体の重さ自体を操作しているのでしょうか」
「飛行も無茶苦茶なのにゃ。あの巨体で音より速く飛ぶのにゃ。そんなの黄金竜でも無理なのにゃ」
なんか化け物扱いされているが、あれはビシムの用意した追加装甲の性能とアダマスの制御があっての事なのだ。私の能力では無い。
それにしてもシズキとトゥーリンは気が合いそうで良かった。二人とも論理的なところがあるから、そこが合ったのであろう。
「んー、やはり天人の技だから成せる事なのでしょうね。でも人の部位の延長として大きな物体に動きを伝えるというのは、術具の範疇で実現出来るかもしれませんね。複雑な術具を術力で自由に扱う職人は居ますからね。手のような複雑な部位は無理でも、腕のような部位であれば今の技でも実現可能かもです」
「巨人の大鎧も金属の糸や板を編んで筋肉のようにしていたのにゃ。手は武具の甲手の考え方で制御しているのにゃ。指の曲げと止めで、指の延長を操るのにゃ」
何やらマニアックな話になって来たので私は退散しておく事にする。今日も天人出動が夜にあるそうなので、スケジュールでも聞いておこう。
「ユズカ」
部屋を出て行こうとしていたらシズキに呼び止められた。
「あ、何か用事あった?」
「出来るかどうか分からにゃいけど、一度合わせてほしい人がいるのにゃ」
そう言ったシズキからは少し真剣さが感じられた。
―――
昨日の夜は天人としてこき使われたが、以降は一旦露出を控えて天人のプレミア感を上げる方向性らしいので予定が空いている。
この時間を利用して私とシルバは世界樹教会を訪れていた。
祈りと教えの場である教会に私とシルバは全く違う目的で来訪する。いつものように祈りの箱に入ると転移によって地下へ移動した。
教会の地下には必ず白樹があり、これが法国との連絡及び移動手段となる。ここに来る目的は予知の内容変化を確認すると共にビシムに近況報告をする事にある。
シルバが白樹を操作すると鏡面のようになっている場所にビシムの姿が映し出された。
「シルバよ。追加装甲の転移が頻発過ぎるようだが?」
そこからビシムの小言と私を気遣う話が延々と続いた。
――
「まあ、とにかく予知を見てみようよ」
私がそう切り出して、ようやくビシムの話は止まった。
「ふむ、ではここから雲外鏡を起動する」
映像がビシムの姿から雲外鏡に切り替わるが、結局出て来るのはビシムだ。いつも通りの語りが入る。冒険者業の事、資本主義国家樹立の事、そして次だ。次が無ければ事態は進展していない。何か出来ていない事があるのだ。
「南海にて参人の集う町を作れ」
未来のビシムはそう言い残して闇に消えた。
「新たな予知が追加されたな」
現在の方のビシムに映像が戻ると、その表情はやや深刻そうだった。
「南海という場所はどこになるの?」
「前に武国で遡った川から更に南の海を進み、連島の続いた先にある海の事だ。参人であるウミビトの領域を指している」
ウミビト、まだ出会った事の無い参人だ。
「場所は分かったとして、参人が集うとあるからにはウミビトも集ってないと駄目という事だよね」
「ウミビトとモリビトが関係を絶ってから数百年は経っている。ビシムはウミビトと一度も会った事はないぞ」
ビシムの言葉に自然とシルバに視線が向く。シルバならば会った事があるのでは、そう思ってしまう。
「ウミビトに会う事は出来る。だが、共に住まう事は不可能だろう。奴等は我々とは別の時間を生きているのだ」




