戦争の終わらせ方14
結局はシズキの提案に乗る事にした。武国の情報を得る手段は限られているのだから仕方無い。
その国の本当の情報はその国の中で手に入れるのが一番だが、それが出来そうにも無いのが武国という国だ。
自国の情報をかなり制限しているし、入るのは簡単だが出るのは困難らしい。まあ、今この場所も武国ではあるのだが、真なる武国はもっと西なのだそうだ。
色んなところに行った事のありそうなシズキも、真の武国には入った事がないのだそうだ。
結局は外部で得られる情報をかき集めるしかないので、武国と戦って生存している槍の傭兵団とやらに会いに行く事にした。
シズキの情報では槍の傭兵団は水晶湖の南に居るとの事だ。
その場所は、私が練国で画策し資本主義国家を建ててもらう場所と同じだ。
今、その地がどうなっているのか、毎夜のトゥーリンとの通信でも聞いていたりするが、さっぱり情報が無い。
駄目で元々という気持ちでバイスの精神網にもアクセスしてみているが、その辺りの情報は無いし、バイスからの連絡も無い。練国で冒険者業が開業されたという情報だけは分かるようになっていた。この精神網はバイスによってアクセス権や情報開示範囲が細かく厳密に決められているので、付け入る隙は無い。
まあ、建国予定地でもあるし、情報源もあるなら南に向かうのも悪くは無いだろうという事で、今はヤクトに来た道を戻っている感じだ。
以前に船で到着した町から北西がヤクトなので、またあの港町まで戻りそこから南東に向かう予定になっている。
移動は獣車なので、長旅は腰やお尻が破壊されそうな予感があるが、私の体に掛かる強めの負荷は防具が軽減するので、なんとかなるのだ。
シズキやシルバはどうしているのか謎なのだが、なんとも無いようだ。他の乗客もそうだが、獣車の移動に慣れているのか、この振動に長時間さらされてもなんとかなっている。
「目的地は獣車で3日はかかるのにゃ。何かが襲ってきたらにゃーが殺さず撃退するから安心するのにゃ」
獣車で隣に座るシズキはそう言ってくる。
「自分の身は自分で守ります」
あの夜以降、私の貞操は確実にシズキから狙われている。それに、なんだか距離感が近くなった気もする。
「そう言わずにゃーを頼るのにゃ。にゃーの方が有利に進められる戦いもあるのにゃ」
座る位置とかは以前のままだが、尻尾が私の方に向いていたり触れていたりする。
いや、これは何か私も意識したりしているのかもしれない。貞操を売り渡す気も無いし、そんな信頼出来る間柄でも無いのだ。平常心でビジネスライクに行きたいというのが私の意向なのだ。
「助けてもらわないとは言わないけど、勝手に動いた事には関与しないからね」
「船での事をまだ気にしているのにゃ? 心配しなくても、にゃーもユズカの好みは把握したのにゃ」
何だよ私の好みって。人の痛めつけ方に好みなんかあるわけないから、完全に勘違いなのだが。
「そう。ならば何もしなくていいよ。今は情報をくれるだけで十分。寝ててもいいくらいだよ」
胡座をかいていたシズキが足を下ろして腿をぴったりとくっつけて座り直した。
「そう言うなよにゃ。にゃーが椅子でもしてやるのにゃ。ここに座るにゃ」
そう言ってシズキは、子供を膝の上に乗せている女性客の方を見た。あれは、恐らく体力の無い子供を獣車の振動から守る為に親が緩衝材の役をやっているのだろう。
「私は平気なので必要無いです」
「遠慮しなくていいのにゃ。にゃーの体見てるのは知っているのにゃ。触ってもいいのにゃ」
それはまあ、腰に一枚ヒラヒラした褌みたいな布のだけしか着けていない人が横に居たら、自然と視線が向く事もあるよ。
体毛が濃くて服みたいに見えると言っても、ほぼ裸なので、そんな姿に慣れる訳が無い。しかも、他の人は全然そんな事無いから、偶に冷静に考えてこの格好マジなの?と思う事すらある。
「見たくて見てる訳ではありません。むしろ服を着てほしいと思っているぐらいです」
「そうなのにゃ? でもにゃーは力が強すぎて服は直ぐ破れてしまうのにゃ」
そう言えば、以前にそんな話を聞いた気がするな。私達の感覚で言えば、服が薄紙で出来ているくらいなのだそうだ。
この世で着れそうな服は私の防具くらいだろうか。
「知り合いがいいって言ったらだけど、もしかしたら着れる服が用意出来るかもだから、機会があったら聞いておくよ」
「もしかしてユズカが着ているやつにゃ? にゃーもそれには興味あるにゃ」
そんな話をしていたら、獣車が急に止まった。
「何? また、前みたいに危険な生物が出た?」
「違うのにゃ。この獣車を止めたのは武国の兵にゃ」
シズキの言葉に少し緊張した。
「乗客は降りろ。身元を検める」
L字の刃の付いた槍を持った兵隊らしき人に降車を命じられた。シルバの方を確認したが、大人しく従うようなので私もそれに従った。
―
一旦外に出された私達は、兵隊から順番に身元を確認されるようだ。
私とシルバには、法国から身分証となる物をもらっている。この身分証は世界樹教の視察者となっているのだ。世界樹教は大体の国に教会があり、視察者なのであれば動き回っていても不自然では無いという訳だ。
今回問題そうなのは、シズキだろう。そこら中の戦争に参加していたりするみたいだし、界隈では有名なのではないだろうか。
「兵隊さんよ。あんたらは何を探しとるんじゃ?」
初老の商人らしき人が質問する。
「傭兵の出入りを制限しているのだ。傭兵を見たり知っている者がいれば、情報を買うぞ」
武国兵が傭兵を探している。これは完全に知っている案件なのではないだろうか。まあ、武国軍は一部の傭兵を取り逃している訳だから、探すのは当然だろう。
そして、その取り逃したという出来事の犯人は私達なのです。兵隊さん、当たりの大正解だよ。
まあ、当然しらを切るのだが、私の下手な演技でどうにかなるのだろうか。そもそも犯人が私達とばれるいる訳ないだろうし、私達は犯人だけど兵隊は傭兵を探しているのだから、容易にスルー出来るのでは?
頭の中でグルグルしていると、あっという間に私の前に兵隊が来た。
「身分証を見せろ」
「はい、これです」
聖王国で受け取った白い腕輪を見せると、兵隊はあっさりと次に行ってしまった。
ホッとしているとシズキの所へ兵隊が行くのが見えた。私と同じように身分証を確認されている。シズキは首元のわさわさした毛の中から何か金属の指輪のような物を取り出して見せていた。
兵隊は突然槍を置くと、両の拳を額の高さまで上げて不思議なお辞儀をしていた。
―
私達はあっさりと解放されて獣車は動き出していた。完全に犯人が全員居たのだけれども、気付く事が出来る訳もなく、私達は見逃された。
安心はしたが、シズキの身分証を見た兵隊の反応は気になるところだ。
シズキのやって来た事を考えると、どうあっても傭兵カテゴリーの人だろう。現にオスロの率いる傭兵団とは知り合いのようだったし、何か鮮血獣とか言う物騒な名前で呼ばれていた。
そんな思案が顔に出ていたのか、シズキが寄って来た。
「にゃーの身分が気になるにゃ? にゃーも実はお姫様かもしれないにゃー」
そう言って悪戯を考えた子供のような表情でシズキは笑っていた。




