戦争の終わらせ方12
オスロの傭兵団はこの周辺国のいざこざに手を貸して商売をしている。節操なく手を貸す側を選ばないような傭兵団は、何処のからも嫌われてしまうので、当然手を貸す国は限定しているそうだ。
今回は水晶湖の西にある小国同士の小競り合いに手を貸したのだそうだ。この辺り湖西と言うのだそうで、湖に近い方がより豊かな国らしい。
水晶湖は巨大でしかも危険地帯が一切無いそうだ。そうなると水産資源や水運の面で湖に近い方が有利なのは当然だろう。
湖西は西に行き過ぎると危険地帯の点在する定住出来ない荒野が広いため、より安定した土地を求めて領土争いが絶えないのだそうだ。
「俺達はいつも通り、西端の青国についた。弱い国の方が傭兵の待遇はいいしな。いつもの馴染みで手を貸した」
「湖西の戦に武国が乱入したのかにゃ? 武国軍が移動している事は誰も分からなかったのかにゃ?」
オスロは溜め息をついた。
「武国軍が現れたのはいきなりだよ。旧流国からの動きなら直ぐに分かっただろうが、奴等は恐らく西の荒野を短時間で突っ切って来たみたいだな。そんな無謀を軍団でやるなんてイカれてやがる」
旧流国というのは恐らく私達がヤクトまで来るのに遡上した巨大な川のある地域の事なのだろう。割と最近に武国になったと言う話だし、間違いないだろう。
「だから武国は中隊規模で来たのにゃね。それ以上だとどうあっても気付かれてしまうのにゃ。まあ、だとしても変なのにゃ。そんな数では勝利しても土地を占領したり出来ないのにゃ。戦争だけしに来たのかにゃ?」
「目的はわからねーな。どうしても殺した奴が参戦してたのか、中隊の高速移動の慣らしでもしてたのか。俺達からしたら迷惑以外の何者でもねえよ」
「武国は水晶湖の周辺国を占領していくつもりがあるのでしょうか?」
武国の領土拡大が東に向かっているのであれば、私達がやろうとしている新国の樹立とは真っ向対立となる。それは非常に不味い。
「今回の事があるから無いとは言い切れねえが、東を攻めてる余裕が武国にあるとは思えねよ。奴は自国の南の平定に必死なはずだぜ。白竜山脈には黄金竜が巣食ってるんだ。南進するだけでも苦労しているだろうよ」
オスロは机の地図にある山脈の印を指差してそう言った。
武国の南には巨大な山脈があり、さらに南には広大な土地がある。その土地は海岸線を東に進むと旧流国に繋がるので、武国としては欲しい場所なのだろう。こう見ると旧流国と呼ばれる武国の支配域は結構な飛地なのだ。
「そうだとすると、南を一旦諦めて北から繋ぐ為に湖西を取ろうとする動きをしているのでは無いでしょうか?」
オスロは眉を大きく上げてこちらを見た。
「お嬢ちゃん、ユズカと言ったかな。湖西を取っても西の荒野があるだろう? ここは人の住める場所じゃねえのよ。だから国が繋がる事は無い訳よ」
オスロは私に子供に言って聞かせるように語ったが、それを聞いてシズキはくっくっと笑っていた。
「ユズカは西の荒野でも鼻歌を歌いながら歩いて渡れるくらい強いのにゃ」
「そーですか、俺みたいに弱い奴には強者の事が分からなくて申し訳ありませんねぇ。まあ、何処に聞いてもよ、武国が西の荒野を抜けて来る事はねえよ。俺達は武国正規軍に軍略で負けたが、多少は兵同士の戦闘もした。その感じからすると兵の力はこちらと同じだと感じたね。武国は怪物の軍団では無い、それだけは言い切れるぜ」
オスロは少し怒り気味にそう言い放った。
「そんなに怒るにゃよ。にゃーはオスロを信用しているのにゃ。オスロ達を攻めてた奴らはどこ行ったのにゃ?」
「ヤクトに寄ってねぇし、旧流国に入ってもねぇな。当然、湖西にも入ってねぇから、信じられねえが戦争後直ぐに西の荒野を抜けて武国に戻ったみたいだな」
「ふーん、他に知ってる事はねーのにゃ?」
「シズキに隠し事するほど間抜けじゃねーよ。新しい情報が入ったら売ってやるよ。俺達も奴等に半分殺されたんだ。奴等が不利になる情報なら格安で渡すぜ」
「それは助かるのにゃ。それに今日はここをにゃー達が使っていいって本当なのかにゃ?」
「いいぜ。俺は無事帰れるんだろ? なら仲間に引っ越しは無しだって伝えてやらねえとな」
「一晩くらい泊まっていけばいいのにゃ」
「西の荒野の潜土竜より恐ろしい奴と寝床を共にする勇気はねえよ」
そう言うとオスロ立ち上がり、部屋を出て行ってしまった。
――
オスロが借りたこの貸家を今日は使ってよいという事で、ちょっといい宿で一晩過ごせる。
貸家専用の料理屋も近くにあり、注文しておけば料理を届けてくれるシステムのようだった。シズキが注文していたようなので、夜にはヤクトで有名な肉の煮込み料理が届いた。
特に何事も無い夜だったが、シズキが食事の際に2人だけで話がしたいと伝えて来た。何を考えているのかいまいち分からないし、結構危険な存在という事は分かっているので、シルバに相談した。シルバ的には危険になれば加勢出来る場所に居るので、話をする分には良いのではという事だった。
シズキにはOKを伝えて、今日オスロと話をした大きな部屋で待っていると、料理や酒のような物を沢山持ったシズキが現れた。
シルバはこの貸家の五つある寝室に居る事になっている。
シズキはテーブルの上に料理や酒を雑に置くと、私の横に座った。
「食い足りないから追加をもらってきたのにゃ。ユズカも欲しかったら食べるのにゃ」
「ありがと、お酒は苦手だから料理をもらうね」
揚げた里芋みたいな料理を食べると、意外と美味しかった。塩とハーブ的な何か効いていて、ジャンクフード的なおいしさがあった。
「ユズカはにゃーが恐ろしくないのにゃ? この距離なら命が危ないのにゃ」
急に妙な事を聞かれた。
「そんな事言われると怖くなるけど、シズキが私をどうにかする理由がないよね。だから、まあ、そんなにいつも恐る必要は無いと思ってる」
「あの白い巨人やじーさんが居るから安心だと思っているのかにゃ? この距離ならにゃーの方が速いにゃ」
なんか妙に問い詰めて来る。ちょっと怖い気もするが、シズキが動く気配は無い。
「別に安心安全だからって訳じゃないし、今後敵対するのかどうかも分からないけど、今じゃないとは思っているよ」
「確かに今のにゃーではユズカには勝てないのにゃ。にゃーはあの白い巨人を見たとき、かなりの強さを感じたのにゃ。でもその後、ユズカが巨人と一つになって、動きや感じがユズカと同じになって、にゃーは何も感じ取れなくなったのにゃ。あれは同化して弱くなった訳じゃないのにゃ。遥かに強くなった、けどにゃーは何も探知出来なくなったのにゃ。その感覚が今も忘れられないのにゃ」
何が言いたいのか分からない。私が追加装甲を装備すると脅威に感じるという事なのだろうか。
「あれは滅多にやらないから。普段はこのまんまだから安心して」
シズキがこちらをジッと見てくる。
「そう言えば護衛する際に相手を殺さなければ、体で対価を払ってくれるって言ってたにゃ。あれは対価があればユズカと出来るって事なのにゃ?」
そうしてシズキはテーブルに金貨3枚を置いた。夜の闇に対してこの地方の灯はそれ程明るく無い。シズキの目は興奮した猫のように瞳孔がまん丸に開いていた。
そうして座っているユズキの腰布が内から何かに押し上げられており、膝が3個あるかのようだった。




