戦争の終わらせ方10
追加装甲の飛行は速い。1分程で10数km離れた目的地付近に到達した。
戦争をしているであろう人達も認識範囲に入った。散開しつつ谷を包囲しているのが300人程度で、谷底に固まっているのが50人程だった。
恐らく傭兵団というのが50の方なのだろう。パッと素人感覚で見ただけでも、この人数差と配置では50の方に勝ち目は無いだろう。
私の知り得た情報をシズキに伝えた。
「もう着くのかにゃ!? 速すぎるのにゃ。うーん、そういう感じになってんのかぁ……」
シズキは少し考え事をするように黙った。
「我の見る限りでは我等3人で300に正面から相対した場合は、こちらもただでは済まんぞ」
無敵で恐れられている武国の正規軍はやはり実力も相当なようだ。
「オスロ達が逃げ切ればいいから、武国の奴等を殺る必要はねーのにゃ。よし、にゃーに考えがあるから君らに二つお願いがあるのにゃ」
◇◇◆
戦で飯を食っている以上は死を覚悟する事も何度かあった。だが、今回のような絶望は初めてだ。
ただ、納得いかないのは何でこんな事になっているのかと言う事だ。
雇い主はもう死んでしまっただろう。俺達傭兵にとっては戦う意味がないのだから、当然に降伏しようとした。だが、敵はそれを許さない。徹底した殲滅が望みのようだ。
仲間も半分まで削られて、勝ち目はまるで無い。増援どころか斥候すら来ないところを見ると、敵さんが未来を知っているという話は完全に作り話という訳でも無いようだ。
谷には風がふいている。逃げるにはいい風だが、読まれていると考えると何も出来なくなる。
一応は陣をしいてはいるが、敵はこちらをゆっくり始末すればよいのだから、積極的に攻めてはこない。少しずつ削られて、こちらは休む事も出来ず絶望が濃くなるのを感じるだけだ。
今は1人考えに耽っているが、結局は賭けのような判断を下すしかなくなる。
風はより強く吹いてくる。逃げるにはいい風だ。勝ち目の無い賭けもしたくなってくる。
「もう終わりだにゃ」
背後から声がした。この陣を抜いて俺を殺しに来る奴までいるのか、これは勝てない。しかもこの声の主を俺は知っている。
「まさか鮮血獣まで出て来るとはな。武国は本気で湖西の国を消すつもりか?」
「そんな事は知らねーにゃ。今回もにゃーは味方にゃ。オスロは運のいい奴にゃ」
殺気は無いので、振り返ると赤い髪に三角の大きな耳が生えた獣人が居た。
「まさか、チェズの奴が鮮血獣を寄越してくるとはな!気の利いた陣中見舞いじゃねーか!」
冷え切っていた頭が興奮で熱くなってくるのが分かる。負けの込んだ賭けの中で逆転の札が来たような熱が心に満ちてくる。
「チェズに話は通してあるけど、にゃーが助けてやろうって来たのにゃ。報酬はたっぷり貰うのにゃ」
「いやいや、いいぜ! 俺達は命、金、力の順に大事にしてんだ。命があるなら金は出す」
「その感じにゃら、にゃーが居れば逃げる算段は出来そうなのかにゃ」
「おいおい、鮮血獣と言えども武国と俺らの陣を抜いてここまで来るのは不可能だろう? なら、あるんだろう? 通り道がよ?」
「残念にゃがら、にゃーは片道だけで来たのにゃ。帰りは同じ道を使えないのにゃ」
「はぁ? じゃあ、この死ぬだけの戦場に1人で来たってのか? お前はどんだけ戦闘狂いなんだよ!」
「1人ではねーのにゃ。後は土産もあるのにゃ。敵の予知は使えなくしたのにゃ。それに谷を抜けた先で遊撃手に狙われる事もねーのにゃ」
熱い頭と冷えた頭が混ざる。
「つまり、敵のイカサマは無くなって平場になったって事か?」
「そうにゃ。にゃーを信じるならにゃ」
「味方の鮮血獣は嘘を言う訳がねぇ。信じるが、そうだな…平となると、どうするか」
「敵は出来る奴等なのかにゃ」
「良く出来てはいるぜ。練度も高い。しかし、予知やら何やらが無いなら俺らに勝ち目あるな」
「それを聞いて安心したにゃ。では早速殺るのにゃ」
◆◇◇
シズキを谷の中に降ろしてから、数十分が経過した。
私とシルバは認識阻害を施した状態で、シズキが指定した場所で待機している。
シズキから依頼されたのは二つだ。
一つは武国側に予知を使用させない事だが、これはシルバが何とかしている。どうやっているかと言うと、武国の予知者は1人なので、予知の情報が全軍に伝達出来ないように通信妨害をしているそうだ。シズキ的にもこれで十分なのだそうだ。
二つ目はシズキ達が移動を始めたら、谷と町を繋ぐルートに居る遊撃隊を無力化してほしいそうだ。これは私の役目なので追加装甲を着たまま待機している。
「シズキや傭兵団の人達大丈夫かな」
「考えがあっての事なのだろう。それに我々に依頼した手段も悪く無い。武国軍の動きは混乱しているようだ」
遠くから谷を見ているので直接人の動きが確認出来る訳では無いが、人の位置は地形図の上で確認出来る。
シルバの言う通り、規則的に動いていた武国軍が足を止めていた。
「ここからどうするんだろう」
「どうやら原始的な方法で抜けるようだぞ」
シルバが銀色の杖から空中に投影している地形図に指を指すと、その位置が赤く光り始めた。どうやら谷底の森に火を放ったようだ。
「これって自殺行為なんじゃ…」
「そうでも無いな。煙と熱気は武国軍側に流れている。武国軍の混乱は凄まじいな。後は炎を高速で抜ける足があれば逃れられるかもしれんな」
シルバが解説していると、谷底の一団が一斉に移動を開始した。全員異様に足が速いのは身体強化術によるものだろう。それにしても早い。
「じゃあ、私も動かないとだよね」
「追加装甲に術式は組み込んでおいた。後は手を伸ばすだけで問題無い」
武国の遊撃隊は10人隊が3組で互いにカバーしながら展開している。傭兵団の留守番組から出した斥候はこの隊に阻まれたようだ。
普通に接近しても対象は難しいだろう。だが隠れてこっそり一斉に対象出来れば無力化出来る。
私の追加装甲背部には聖王国の雪山で使った捕縛用の超延長触腕が複数ある。今回はシルバに協力してもらい、本数と長さを拡張してある。
私の開始操作で30本の触腕は一斉に伸び始めた。認識阻害を受けた不可視の触腕が蛇のように進み、遊撃隊を絡め取って意識を奪う術を施す。
遊撃隊の無力化は10秒程度で完了した。彼等が目覚める頃には、傭兵の一団は逃げ切っているだろう。
傭兵団とシズキは炎を突き抜けて谷を脱しようとしている。武国軍側も混乱はしているが、傭兵団を追って移動を開始していた。恐らくは遊撃隊と挟み撃ちにするつもりなのだろうが、そこは対策済みなのだ。
これを短時間で考えたシズキも凄いが、意図を汲んで実行する傭兵団も凄い。
予知が使用出来る武国軍の本隊が動くかと思ったが、その追撃は無いようだ。予知を知る隊と知らない隊が連携出来ない事が枷になっているようだ。
そう考えると、通信妨害だけで十分と判断したシズキはかなりの切れ者だ。
シズキは戦う事が好きという事は分かっているが、一体どれ程の戦闘を経験してきたのだろうか。




