戦争の終わらせ方5
「シズキは終端種だ」
中継地点の港の路上食堂でシルバが妙な事を言い出した。
「何にゃ?」
しかも言われた本人もよく分かっていないようだ。
「親や近しい同種とは違う特徴を持った個体だと言う事だ」
「あの原種返りとか言うやつの事?」
バイスは原種返りらしいので、あり得ない程の嗅覚の鋭さと、そこから得られる情報分析能力は凄まじい。何でも嘘は匂いで分かるそうだ。
「原種返りはこれまで積み重ねた交配から、親にもない古い形質が子に発現する事だが、終端種は要因が異なる」
「にゃーは、親の事はよく分からんが、周りの尻尾ある奴等より力持ちにゃ」
シズキはそう言って自分の尻尾をシュルりと動かした。
「力が強いのは終端種として得た形質のせいだろう。子は親から形質を受け継ぐが、その際に形質自体を変化させる事がある。終端種とはその変化が極端であり、別種のような形質となった個体だ」
「身体強化術が凄く得意って事? ほら巨人とか言われている人みたいに」
「巨人はユズカじゃにゃいの? その髪色の奴とは戦った事あるにゃ。大具足とかいうの着られると厄介にゃから。脱いだところを殺ってるにゃ」
「私は巨人ではないよ」
そうは言ったが、追加装甲着るとやはり巨人と思われるのだろうか。聖王国の定食屋にいた娘が巨人族だったのだが、大具足とやらを着た巨人には出会った事がないので、どれくらい似ているのかは分からない。
「シズキは巨人とは根本的に違うだろう。恐らくだが、一切の術を使用する事は出来ないのではないか?」
「うーん、まあ、知られているなら仕方にゃいけど、そうにゃ。術が使えないと侮られるから、戦闘では得しているにゃ」
「そうだろうな。我も動きの起こりを追うのに苦労した。恐らくは全身の組成が普通の生物より遥かに強靭なのだろう」
シズキは指から鋭く伸びは爪を擦り合わせている。人と獣の中間の爪という感じの物が擦れてゴリゴリと重い音がした。
「よくそこまで分かるにゃー。だから君らは強いのにゃ」
まあ、私は強くは無いのだが、シルバは確かに強い気がする。
「強いのでは無い。物事を良く知ろうとしているだけだ。それに、シズキに関しては、我の種に対する知識とこれまでの動向から推察出来る事だ」
「にゃーが出した情報だから知られて当然、そう言う事かにゃ? まあ、にゃーでもよく分かって無い事まで出たし、それをわざわざにゃーに話すのは、にゃーを殺す気はないという事かにゃ?」
何かこの2人の間で何らかの牽制が行われているようだ。
「我は何かに殺意を持った事など無い。守るという事に対しては全力を尽くすがな」
「こえー爺さんにゃ。にゃーも無謀は嫌いにゃ。それに強い奴で纏まっている方が何事も安全にゃ。にゃーは君らの護衛にゃ。護衛は対象の命を守るにゃ、それを違えるつもりはないにゃ」
このシズキという人の倫理観は理解出来ないが、根本のところで少し分かる気がする。私もそうなのだ。最終的に自分が助かる事に向かっている。その為ならなんでもやる。
この人と私で違うのは何でもやるのアプローチが違うだけなのだろう。
「今はそれでいいだろう。それに今は護衛はそれ程必要としていない。案内の方を優先してくれ」
―――
シズキの話ではこのままの船旅でいいそうだ。目的地は武国の中央に繋がる公益都市だそうだ。そこが外から来た者が武国中央に寄る限界点なのだそうだ。その都市までは船旅の後に陸路の移動まであるらしい。
船旅の夜というのは基本的に何もやる事が無い。乗客は行動制限されるので寝て朝をまつしかないのだ。
まあ、船員にお金を払って個室を借り、よからぬ事をする輩も居るようだが、私には関係の無いことだ。
トゥーリンから受け取った通信機だが、これの発信側というかサーバー的な物の調整が完了したそうなので、メッセージが来るようになった。
練国とはそれ程離れた位置に居る訳では無いので時差は無いと思うが、結構な深夜にトゥーリンから長文のメッセージが連投される。
私からメッセージを返す事も出来るので、文字通信のチャット的なやり取りが可能なのだが、この環境になるとトゥーリンは饒舌だった。
トゥーリンは研究熱心であり、天才的な発想力がある。故に頭の中の事を自由に叩き込める文字通信の前では、水を得た魚な如きだ。
私のイチ書き込みに対して10も20も返ってくるのだ。文字通信を覚えたての者が陥る最初の沼に綺麗にはまっているのだった。過去の自分で思い当たる記憶が刺激され、懐かしくも恥ずかしいような微笑ましい気持ちになった。
しかし、トゥーリンの長文から練国の動向も分かるので、このやり取りも無益な物では無い。大規模通信のテストは首都バンの工業区で行い、上手くいったら新国の首都に同じ物を作る計画のようだ。
というか、この通信内容はかなりの国家機密だが、セキリュティ大丈夫なのだろうか。暗号化や機密性についてはトゥーリンと話をしたので問題無いのだろうが、使用者が気を付けるという点は忘れていた。この辺りは追々伝えていく事にする。
新国関係以外にはバイスがバンでも冒険者業の拠点を作ったそうだ。精神網の仮想世界を見に行ったらバンにも聖王国と同じような冒険者カウンターが出来ていた。
通信というなら、この精神網は遥か先を行っているが、残念ながらここはバイスのプライベート回線なので、世界的に広がる可能性は低い。こちらからバイスに通信出来る権限も無いし、バイスから連絡がある事も無い。
しかし、凄い技術だとは思う。なんでもヤマビトの最先端技術らしいので、完全にチートレベルの便利さなのだ。
夜眠るまで通信するという懐かしい感覚に浸っていると、布の仕切りを越えてシルバがいきなり入ってきた。ハンドサインは静かにしろになっている。
昼間の船で情報収集している際に雑談で、仕切りしか無い複数人用の船室で男女が声を殺しておっ始めるという笑い話を聞いたが、それが頭を過ってしまっていた。
(何? どうかした?)
小声でシルバに話し掛けると、シルバは無言で辺りの様子を確認していた。個人的に謎の緊張感にあっている。
(船に何者かが複数侵入している)
僅かな沈黙の後にシルバはそう答えた。緊張感が一気に別ベクトルに移行した。
(ここにいて大丈夫? 動いた方がいい?)
(今はこのままで良い)
今のところ船内が騒ぎになっている様子は無い。妙な音が聞こえて来る事も無い。耳を澄ましても自分の息遣いがうるさいくらいだ。
(シズキはどうしているかな?)
(あの者であれば独力で問題ないだろう。侵入者からある程度の術力を感じるが、強くは無い)
このまま待つという事しか出来ないのは、中々に辛いものがある。確かに騒いで船内がパニックになったら、逃げ場の無いここは酷い事になるだろう。
しかし、侵入者が来ているという事は、船が破壊されるのか奪われるのかという事態に突入するはずだ。
これをただ黙って待つしかないのは、精神衛生上よく無い。影のヒーロー的な人が秘密裏に事態を解決してくれないだろうか。




