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戦争の終わらせ方2

 乗っている獣車は止まり、乗客は不安感を込めた小声でヒソヒソと会話をしている。

 獣車は隊列を組んで進行していた。車列の前の方から人の怒声が聞こえてくる。何かと戦闘しているのだろうか。


「盗賊か何かかな?」


 私もありそうな出来事としてシルバに小声で聞いてみた。


「いや、襲って来ているのは人では無い。近くの危険地帯から溢れ出た生物のようだ。しかし、様子がおかしいな。この場を離れた方がいいようだ」


 シルバはそう言うと獣車の後を指差したので、私は慌てて後部から外へと出た。

 外には私達と同じように脱出した人が幾らかいた。皆様子を見ている。


 二つ前の獣車の幌の上に何かが降ってきてメキメキと押し潰した。獣車の隙間からも何かが現れて人が一瞬で捕まった。

 襲って来ているのは巨大な鰐のような生物だ。イカのような巨大な目玉を持ち、口は三つに裂けた異形の頭をしている。裂けた顎の一つが長く伸びてカメレオンの舌のような役目を果たしている。


「呑獣だ!」


 誰かがそう言うと、外に出た人々は散り散りに逃げ始めた。確かにかなりの恐怖を感じる。呑獣と呼ばれたそれのサイズ感から、捕食対象は人間大が丁度なのだ。


「あれは目がいいが、嗅覚や聴覚は鈍い。車の下に入って動くな」


 シルバがそう指示を出したので、私は車の下の車輪裏に隠れた。しかし、シルバは隠れない。何かを警戒しているようだ。


 隠れていれば良いという状況で少し頭が冷静になってきた。シルバは何に警戒しているのか。

 そう言えば妙な事が起きていた。呑獣は巨体なので身軽な動きはしていなかった。にも関わらず一匹空から降ってきたのだ。そう考えると、呑獣を吹き飛ばすような何かが別に居るという事になる。


 辺りは急に静かになった。呑獣の重い足音も聞こえない。私の位置からはシルバの足しか見えないが、シルバは警戒を解いていない。


(獣は何者かが殺したが、その者が人も殺している注意しろ)


 シルバが念話でそう伝えて来た瞬間に、シルバの前に赤い何かが降ってきた。


 赤い足が見える。最初は装飾のある靴を履いているのかと思ったが、猫と人の中間という感じの足で、真っ赤な体毛が生えている。


「無事だったかにゃー。獣は退治したから車に戻るにゃ」


 この状況には似つかわしく無い能天気な喋りが、何故か恐怖を呼び起こす。確証は無い。たがシルバの言っていた要注意人物はこの声の主だ。そんな緊張感に包まれていたら、逃げていた人達がゾロゾロと戻って来た。

 呑獣に捕まった人も救出されたようだ。乗客には被害無し、そんな状況ではあった。


 私が車の下から出る頃には、その赤い足の持ち主は居なくなっていた。


 私達は獣車の幌の中に戻り、程なくして車列は再び動き始めた。

 街道が緑の敷石になってからは、乗客から安堵の声が漏れた。

 緑石公社。この緑の街道を整備している組織の名だ。理屈は分かっていないが、この街道がある場所は危険が少ないそうだ。安定した交通網として機能しており、国からお金を貰いこの道を敷くのだそうだ。

 この道が現れたという事は国が変わったという事なのだろう。練国から武国に入ったようだ。

 しかし、国境みたいな物は無かった。2国間で戦争の危険や人の移動によるトラブルが無いという事なのだろうか。

 海が近いのか、匂いというか空気が変わった気がする。獣車は港町で停車した。ここからは、船で南の群島国家に行くか、川を北上するかのルートになる。南は武国の領土では無いので、北に行く他無い。

 川を遡上するには専用の船に乗る必要があるので、船が見つかるまではここに滞在しなくてはならないのだ。

 今は出航する船が無いのか、港は静かだ。人通りも疎らだし、近くに店なども無いようだ。


「お二人さんは何処に行くのかなにゃー」


 背後から声をかけられて驚いたが、この声と喋り方は例の人だ。

 振り返ると、赤毛の獣人が立っていた。首から胸、肘から手先、外腿から足先まで赤い毛に覆われている。全身が恐ろしい程に引き締まっている。筋肉が巨大化するのでは無く、まるで鉄に置き換わったのかというくらいに筋繊維が皮膚に浮かんでいるのだ。

 体毛が濃いせいか文化なのかは知らないが、ほとんど衣類を身につけていない。長い腰布を一枚付けているだけだ。性別もいまいちはっきりしない。女性的なフォルムな気もするが、腰布の奥に何かあるようにも見える。


「先程、獣を退けた者か。何用だ」


「いやー、大した用じゃにゃいんだけど、にゃーの人殺しを知ってどうするのかにゃーと思ってにゃ」


 能天気な声で物凄く怖い事を聞いてくる。


「別にどうもしない。それに練国で起きた事を武国でどうこう出来る訳もないだろう」


 シルバは淡々と答える。


「まーそーにゃんだけど、どうやってにゃーの殺しが分かったのか気になってにゃー」


 赤い獣人がそこまで喋ってから時が止まった。いや、獣人は止まっていない。走る動きで歩くくらいの速度で接近している。つまり異常なほど早く動いているのだ。

 狙いはシルバでは無く私、恐らくは人質にするつもりなのだろう。

 そんな超スピードの中でシルバが動いた。この認識下でシルバがどう動いたのか見えなかった。


 突然感覚が通常に戻ると、獣人は元居た位置に戻っていた。


「いきなりどうしたというのだ?」


「いやー、これは不味いにゃー。手段を選ばなくても殺すのは難しそうにゃ。降参にゃ」


 そう言うと獣人はその場に座り込んだ。


「え、な、何?」


「理由は分からんが、ひとまずは我々の命を狙うのは止めるようだ」


「そうだにゃー。にゃーは勝てない闘いはしないにゃ」


 ―


 漁師が使っているような飯屋に入った。例の赤い獣人も一緒だ。獣人は焼かれた巨大な魚をバクバク食べている。


「君らは食べないのかにゃ?」


 食べて抉れた魚の隙間からこちらを見ながら獣人が問いかける。


「いや、この状況は何?」


「何故、我々の命を狙ったのだ?」


 変な空気でも空気を読まずに正論をぶちかますのがシルバの強みではある。


「それは、あれにゃ。にゃーの殺しを知っ奴は大体がにゃーを殺しに来るにゃ。たがら先に殺っとこうと思ったのにゃ」


 恐ろし過ぎる思考だ。


「では、隙があれば我々を殺しに来るという事か?」


「言葉で言って信じるかわからにゃいが、一旦は殺すのを止めるにゃ。にゃーは見てれば分かるのにゃ、そいつが殺すべきなのか違うのか。君らは今殺すべきじゃないにゃ」


 サイコパスもここまでくると清々しい。


「あの、あなたは人を殺す事が仕事の方なんですか?」


「違うにゃ。殺しに来る奴等がいるから、それを返しているだけにゃ」


「では、獣車に居た人もそうなんですか?」


「そうにゃ。にゃーは獣車の護衛に雇われたんにゃけど、その護衛の中に刺客が居たにゃ。にゃーはなんか知らんが一杯恨みを買ってるみたいだから、そう言う事はよくあるのにゃ。君らも、最初はにゃーの死に様を見届ける役なんかにゃと思ってたにゃ」


 恐ろしく殺伐とした世界に生きる人だ。ただ、これ以上は関わり合いにならない方がいい人物だろう。

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