戦争の終わらせ方1
バイスから武国の事を問われ、思わず知ってるし、なんとかなるし、という態度でやり過ごしたが、今は後悔している。
やはり、何の知見もない事でドヤってもいい事など無いのだ。
シルバの手を借りてこの都市の世界樹教会にある白樹から法国のデータベースにアクセスし、武国の事を調べて、色々と後悔した。
武国はシンプルな侵略国家だが、そのやり口は合理的かつ大胆だ。
武国は他国に欲しい物があると奪いに来るのだが、その名目は必ず圧政からの解放だ。外向きには武国が支配した方がまし、という印象のある国が攻められて、実際にそこに住まう人々の生活は改善しているそうだ。
武国は侵略する国にある支配体系は徹底的に破壊するが、関係の無い民には一切手を付けないそうだ。そうして為政者だけを武国に挿げ替えて、国を攫ってしまうというのがいつもの手口なのだ。
このやり方が非難されないのは、支配された地域からの批判が少ない事と、後は武国が圧倒的に強い事にある。
今、絶賛建国中の資本主義国は、真っ先に武国に侵略されてしまうだろう。そもそも、水晶湖の南という立地は小さな危険地帯を挟んだ武国の隣なのだ。攻めて下さいと言っているようなものだし、こんな位置に建国する間抜けもいないだろうレベルの話になるそうだ。
あの男、結局名前も分からないままだが、何故にこの立地にしたのかは真意は分からない。単純に困らせてやろうというつもりなのか、今となっては分からないが、どうせこの状況を楽しんでいるのだろう。あれは、そう言う全てを手に入れ全てに飽いた存在だ。
そう言えば、データベースアクセス前にビシムが通信で割って入ってきた。追加装甲がまた召喚された事にご立腹だった。シルバは何をしているのか、と管理責任を問いただしていたが、あれは私が独断で使ったので、シルバには悪いが小言は全部受けてもらった。
文明界の物騒レベルはビシムの想定を超えているそうなので、更なる防衛手段を用意したらしい。詳しい事はアダマスに転送したそうなので、後で確認する事にした。
今は建国を待つのみだったが、武国の対策を考えなくてはならない。この練国のように、結構栄えているが武国に狙われていない国もある。やりようはあるのかもしれない。
まずは武国が攻めようと思わない国に見せるのが重要なのだろう。魅力が無い国に見せるか、または武国とは別の国として分かれている方が都合が良いと思わせるかだろう。どちらかと言えば後者がいい気がする。
そうなると今は武国の情報を集める他無い。練国だって法国データベースでは分からなかった現地情報が幾らでもあった。武国についても同じように情報を得れば、活路が開けるかもしれない。
もう一つ、あの男と建国の約束をしてから変わった事がある。それは私達が何かとお世話になっている工業区だ。食住の拠点は工業区としていたが、今はそう気軽に出入り出来ない。工業区の入り口と各建造物にはどこからか現れた警備ががっつりとガードしているのだ。
私とシルバは通行可能だが、バイスと後はいつの間にか戻っていたドリスは、危険性があるとして入れなくなっていた。
トゥーリンの小屋の前には、全く似つかわしく無い威厳と気品のある警備人が2人立っていた。小屋に私は入っていいようなので、外れそうな扉を真っ直ぐに戻しながら開いた。
「あー、ユズカさーん」
狭い小屋の中を前屈みのトゥーリンが突進してくる。山で不意に熊に襲われたならこんな感じなのだろうか。私は完全に押し倒されてトゥーリンが私の胸に顔を擦り付けてくる。私の視界は栗色の髪の毛一色だ。
「うお、トゥーリン落ち着いて、あっちで話をしよう」
そう言うと、トゥーリンは立ち上がると同時に私の脇に手を入れて猫のように持ち上げて、そのままブラブラと運び椅子に置いてくれた。隣には密着してトゥーリンが座ってくる。
「そのー、取り乱しました」
トゥーリンは少し恥ずかしそうにしている。
「まだ慣れないよね」
「はー、はい…」
あの男にはトゥーリンの技権を使って、一般向けの通信網を構築するように言ってある。言ってみればネットを一から構築して好きに運用していいのと同義なので、あの男はその有用性を早々に見出したのだ。
そうなると、技術の元となるトゥーリンの技権はこれから使い続けなければならないから、発案者であり権利者のトゥーリンは最重要人物になる訳だ。
あの男はついでにこの工業区ごと管理下に収めて、情報の出入りも制御するつもりのようだ。
「トゥーリンの技権は中々の大物と取引出来ちゃって、なんか凄い事になったけど、研究する環境は変えないように言ってあるから、大丈夫だよ」
「そのー、変な警備の人が増えて、どこに行くにも着いてくるんです。説明してもらったんですが、良く分からなくて、なんか落ち着かなくて…」
あの男がセキュリティをここまで強化した理由もよく分かる。トゥーリンの技権の核はトゥーリン本人なのだ。ここから大規模な通信網を作るには、トゥーリンによる追加研究が肝なのだ。だからトゥーリンを守り、そして情報を漏らさないようにしなくてはならない。
「確かにちょっと環境は変わったけど、状態が悪くなった訳じゃないよ。研究は今まで通り出来るしね。でもこの環境に慣れなかったら言って。私がなんとかするから」
「はいー、環境は別に悪くないんです。ただ周りがなんか遠くなったというか、なんだく寂しく感じるようになって、それで、その」
トゥーリンはもじもじしながら、机の上に手のひらサイズの透明な玉を置いた。
「これは?」
「これー、通信機の試作機です。離れた場所でも文字と絵図なら共有して、記録する事が出来ると思います。これを持っていてほしいんです。わたし、ユズカさんと居ると色々と新しい事を思い付いて、楽しくて嬉しくて仕方がないんです。だから、いつでもユズカさんが感じられるように、これを」
もう既にポータブル通信機を開発していたのには驚きだ。やはりトゥーリンは天才過ぎる。世の中を大きく動かす存在となるに違い無い。
そう言った点でも、あの男に渡した計画書にトゥーリンの保護を入れておいて良かった。
天才は世界を動かすが、動いた世界によって天才が不幸になる事は多々ある。そうならない為に、やれる事があるならばやっておいたのだ。
「もう携帯形が出来てるの凄いね。分かったこれは私が持っておくよ。使い方を教えてくれれば私からも通信を返すよ」
「うんー、教えてます!凄く簡単なんですよ」
そうしてそこから数時間トゥーリンの説明が続いた。
―――
武国に入るのは簡単なんだそうだ。ただし注意点がある。まず転移で入る事が出来ない。これはブランの転移術を持ってしても無理なのだそうだ。
理由は至って単純で転移門を構築出来ないからだそうだ。転移門を維持する為の建造物が必要なのだが、管理者不明、または外国の管理者の建造物は武国では許されない。
おまけに世界樹教も許されていないので、白樹経由の転移も無理なのだ。
シルバ曰く、武国は参人の存在を正確に把握しているのではないかという事だ。
そんな訳で、私とシルバは武国に向かう乗合獣車に乗っている。物凄く大きな陸亀みたいなのが車を引いているので、20人くらいは乗れる。座席も幌付きで、それ程混んでいない。
向かう先は海の方らしい。武国は南の方は東西に伸びていて、練国から入るなら武国の南東の端からがよいそうだ。
獣車がガタガタと揺れながら進み、岩場に差し掛かったところで、遠くから大勢の人の声や金属音が聞こえ来た。




