無料では終われない20
あの男の館から早々に出て来た。追加装甲を着たままの巨代で館を抜ける気まずさを気にしていたら、本当に誰も居なくなっていたのだ。
あの男と2人きりだと思うとゾッとして、通路を這うように進んで逃げ出した格好だ。
帰りの獣車はあったので、追加装甲を解除してシルバと帰路についた。
追加装甲は人型で固定化した分、私との分離は簡単になっており、法国でなくとも着脱可能なのだ。
帰ってからシルバにあの男の正体を確認したが、結局何も分からなかったそうだ。
もし、あの男が危機を感じて転移による脱出をしていたならば、そこから色々と分かったかもしれないとの事だった。
一応、国を建ててもらう約束は取り付けたので、ひとまずは様子を見るしかない。あそこまで言っても、あの男が約束を守る確証は無いのだ。
―――
新しい国が出来上がるという兆候は何も感じられない。国が作られると言われていた水晶湖の南についてトゥーリンにそれとなく聞いてみたが、何があるのか分からないという事が分かっただけだった。
国が作られるのかは重要な問題だが、私には後一つやる事がある。
ジスカの借金を肩代わりしているのでバイスにそれを返さなければならないのだ。ジスカ、トゥーリンと出会った日に私はバイスを脅して、それ以来会っていない。
借金の返済もあるが、後ろめたい気持ちをどうにかしたいというあまりにも自分勝手な理由で、私はバイスを探している。
そうして、探しいる相手は直ぐに見つかった。いや、見つかったのでは無い、バイスがなんらかの手を回したのだろう。
場所は売春宿が立ち並ぶ一角の看板の出ていない小綺麗な民家だった。
夕闇の時間には、客引なのか美麗な人物が際どい衣装を身につけて出窓のような所から入店を促してくる。男女比は半々くらいだ。同性を買うというのも珍しくないのは聖王国と同じようだ。
客引きと客とのやり取りがされるザワザワとした町の中で、この民家だけは妙に落ち着いた雰囲気がある。だが、この民家には生活感は無い。看板の出ていない店、そんな気配を漂わせている。
民家の中に入ると短い廊下の突き当たりに強面の男性が座っていた。私の顔を見ると指で上に行けとだけサインを出した後は目すら合わせてくれない。
入り口を入って直ぐ左に角度の高い階段が上階へと伸びていた。
「お邪魔します」
私はなんとなく断りを入れてから建物に入り、階段を登った。踏み板に足を乗せる度にギッと鳴る段を登ると、手前に一部屋、廊下奥に一部屋あった。
手前の部屋からは男女の矯声が扉越しに聞こえくる。この建物も買収宿なのだと分かった。
誰かの致す声など聞きたくは無かったが、中に居るのがバイスかどうか確認しなくてはならない。手前の部屋を通り抜ける際に歩く速度を緩めて、中からの声に耳を澄ませた。
男性の声はまだ若い感じでバイスとは違うと分かった。
そうするとバイスは奥の部屋に居るのだろうかと考えるのと同時に、他人の情事を盗み聞いていたという状況から早く脱したくて、奥の部屋への足取りは自然と早くなった。
奥の部屋からは特に音は聞こえないが、中に人が居る気配がする。
私は扉をノックしたが中からは特に応答は無い。部屋に鍵はかかっていないようだが、中に居るのがバイスじゃ無かったらと、変な緊張感がある。
しかし、扉の奥を確認しない訳にはいかない。
「失礼します」
私は意図して開けますよという意思表示をしてから扉を開けた。
中にはいつもの黒ずくめのバイスと、まだ歳の若そうな半裸の女性が絨毯を積み上げたような寝床に寄り添うように座っていた。
「なんだお前。俺様に何かようか?」
その言葉に1番動揺したのは、バイスの隣の女性だった。
「えっ!何?」
「お前は喋るな」
バイスが静かに言い放つと、若い女性は縮こまって何も言わなくなってしまった。
「借金を返しに来たんだけど」
「ほう? 借金だと? 踏み倒せばいいものを、わざわざ返しに来たのか? だがなー、俺様は今忙しいんだ。端金は帰ってこなくなったが、その分楽しんでいるって訳さ」
バイスはそう言うと普段は外さない手袋を取り、その手を隣の女性の内腿へと滑らせた。薄いワンピース状の下着しか身につけていない女性の股に手を入れてその奥で蠢かせているようだった。
女性は驚いたようだったが、特に抵抗はしなかった。
「お金は返す。私が請け負った物だもの」
「そうか。しかし、俺様が貸した金だ。受け取る時期は俺様次第じゃねぇのか? それともアレか、お前も混ざっていくか?」
「そんな事はしません。後がいいなら待ちます」
私はこの場に居るのが嫌で部屋を出ようとした。
「まあ、待てよ。直ぐに済ます。見ていけよ」
バイスはそう言うといきなりヘルメットを解除してあの素顔を出した。
「ひっ…」
バイスの素顔を見た女性は悲鳴を上げそうになり、それを飲み込んだ。
「どうだ、この崩れの顔は? これからお前を抱いて子種を注ぐが、いいのか?」
バイスはそう言うと、顔中央の空洞から突き出した赤黒い突起の一つを女性の顔に近づけた。
「ひ、ひぃぃ…、お、お許し下さい」
女性は背を向けて泣き出してしまった。
「つまらん奴だな。ただの恐怖だけかよ。おい、帰っていいぞ。当然、金は無しだ」
―
女性は逃げるように荷物を抱えて部屋から居なくなった。
「もう終わったんなら、借金は受け取ってもらえる?」
「借金ね。因みにさっきの女も金に困って今日初めて売りをやるところだったんだが、お前、その借金も請け負わねえか?」
「なんで私が」
「そう、それだよ! なんでジスカの借金を請けたんだ? 金の匂いがする借金だったからか?」
バイスに言われるまでも無く自覚しているが、私はジスカとトゥーリンを利用したのだ。その負目から逃れたくてバイスに借金を返しているのだ。
「そうだよ。私は2人を利用したくて借金を請けた。実際、想定以上の結果だったし、目的も果たせそうだよ」
「お前と俺様に考えの違いはねえよな? 力の差はお前の方があるから、俺様より上手くやった。そこに間違いはねぇが、なんで善人の振りをするんだ?そこが分からねー」
善人の振り、その言葉を聞いて傷つくかと思ったが、そうでもなかった。
「善人の不利じゃない。善人の真似だよ。私には恩人に善なる人がいるからね。その人達の精神性に憧れて真似をしているんだよ。いつかその領域に到達出来るんじゃないかと思ってね。でも今の私は善人じゃない。それは分かってる」
「強者に諂って従い真似てるって事かよ」
「そうだよ。でも、嫌々やってる訳でも、無理している訳じゃないから。自分より優れた存在を目指したい気持ちは誰にでもあるよ」
バイスはこちらを見ている。
「そいつを嘘無く言ってんのが一番気持ち悪いな」
「私の勝手でしょ。ほっといてよ」
バイスはヘルメットを操作して顔を覆った。カシャという音ともに見慣れた見た目に戻った。
「ま、そうは言っても、お前の方が俺様より上手いやり口なのは確かだよな。俺様もその辺りは改めねえとは思ってる。とりあえず、借りた金を返しな」
私は金貨2枚をバイスに渡した。
「利子は違法だから返さない」
「けっ、今はこれで引き下がりるがよ。次はこうはいかねえぜ。それに、お前、俺様よりも道理の分からねえ連中に喧嘩売ったんだろ?」
「え、何の事?」
「知らねえとは言わせねえぞ。あの武国のど真ん前に国を建てようってんだからな。全くよくやるぜ」




