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無料では終われない18

 同郷人が居る可能性を考え無かった訳では無い。私はシルバ一個人の意思でこちらに来たのだから、既にまたは後から、あちらの人が来る可能性は考えた。

 シルバ曰く私は次世界人なのだそうだ。次世界人をこの世界に呼ぶメリットがあるのかと言えば、今のところ無いと思っている。

 ただ、一つの可能性として、私のいた時代より遥かに未来の人を呼んだならば、そこに利が無いとは言い切れ無い。

 私の存在や知識は、この世界では微妙に役に立たないのだ。だが、私からすると未来人にあたる人は、そうでは無いかもしれない。


 一つ言える事は、仮に同郷人がここに居たとしても、必ずしも味方とは限らないという事だ。

 私認識では、この世界での次世界人は弱者だ。そうなると強力に自身を護る手段を求めるだろう。私だってそうだからだ。

 自身を護るという事は、それ以外の存在は二の次だという事だ。そうなれば簡単に誰かの味方をしたりはしない。


「王になるのが目的では無いので、まだどうなるのか分かりません。今日は買ってもらいたい物があって来ました」


 背後から笑い声が聞こえたような気がした。荘厳な部屋の中で、私はここの主に背を向けて座っているという異様な状況だ。


「前にも言ったと思うのだが、欲しければ奪えばよい。奪う事が容易では無い物に、初めて言葉を尽くし金を払うという行為が成立する。それが君達のちっぽけな技権にあると言うのかね?」


 なんでもお見通しという訳だ。こちらの事は調べがついているのだろう。そうだとするならば好都合だ。バイスの素性は分かるだろうが、私を含めたそれ以外は情報が不足している筈だ。

 参人は素性を隠している事が多いし、私の痕跡は聖王国からしか無いのだ。謎が多ければ、その分私の話す内容に深みが出る。


「既に知っているのなら話しが早いです。トゥーリンの技権は運用が上手くなければ意味がありません。運用には専門家の協力が必要でしょう。協力関係は力では奪い難い、違いますか?」


「そもそも、奪う必要のある物なのかも疑問ではあるがね」


「それについてはご説明の用意があります。時間を頂いてもいいですか?」


「ふむ。ここでの余興にも飽きて来た頃だ。私に有益な時間となるならばやりたまえ。ただし、無益と分かれば、いつもの余興に切り替えるがね」


 いつもの余興という響に邪悪な物を感じる。これはちょっとした脅しなのだろう。たが、私も脱出の用意はある。びびる必要は無い。


「では、まずは持参致しました設計書をご覧頂きます」


 ―


 私はトゥーリンの技権を使ってネットの当たり前を説明した。大量の情報を利用者自身が検索して得る仕組み、利用者自身が発信者になれる仕組み、いつでも何処からでも利用出来る仕組みをかいつまんで説明したのだった。


「全ての者に全てを開くというのか?」


「それは建前です。利用者は全て開かれいると思っていますが、実は機密度の高い情報は一部の許可された者しか触れられません。また、嘘や誤りも多いので、正しい情報を得るには知識が必要になります。そんな物でも、常に目新しい情報を吐き出す存在を人は無視出来ません。そんな情報元を握る立場にあるとすれば、今後が更に楽しくなると思いませんか?」


 私はこの背後に居る存在を考えると、富、名声、力には飽きているのだと思う。そうなれば、まだ届いていない領域や、未知の新しい事には興味があるのではと思った。

 ブランの料理に興味を持って接触しようとしたのも、結局は飽きから来る新規性えの渇望なのだろう。


「ふむ。非常に荒く、不確実な点も多いが、いつもの余興よりはいいな。そうなると一つ疑問がある」


「何てしょう?」


「何故、黒明柚香はこの強大な権を手放そうとしているのかだよ。これは利も興も産む仕組みだ。実現には手間も時間もかかるだろうが、それにしても他者に簡単に渡せる物では無い。これを一国程度の金に換えようとする意図にこそ興味がある」


「理由を全てお話する事は出来ません。ですが、特定の思想を持った国家を直ぐに樹立させる必要があるのは事実です。これに時を掛ける事は出来ないのでお願いに参った次第です」


「何か大きな成すべき事があると? そうして、それ自体は語る事が出来ないという事かな?」


「そうです。そして国家の樹立はあなたにお願いしたいです。情報網の中心はどこか固定の土地に定めないといけないですし、場所を濫りに知られるのもよくありません。なので国という単位で守り運営する必要があります。後は今日持参した書面に対して金貨2枚を頂ければ、私はそれ以上を望みません」


 私の背後で席から立つ音がした。


「随分と安く売るではないか」


 声が近くなっている。


「私は目的が達せればそれでよいので」


「もう少し欲をかいてはどうかな? それともその目的とやらは禁欲に値するとでも言うのかね?」


 更に声は近くなっている。既に真後ろからだ。


「禁欲している訳ではありません。私の目的が私の欲求も満たす、ただそれだけです」


「ふむ。私はね、黒明柚子の情報網構築論には蛇が居る事に感銘を受けてね」


「蛇ですか?」


「私には常識だが、知らなかったか」


「後学の為、蛇が何なのかお聞きしてもいいですか?」


 既に呼吸音すら聞こえる距離まで迫っている。なんとか時間稼ぎをしたい。


「いいとも。蛇とは情報の出し方だ。蛇に怯えて機先を逃して尾を掴めば毒牙にやられる。頭を押さえる為には素早く決断し、牙を恐れず掴む勇気が必要となる。一つの情報で集団から賢者と愚者を洗い出す良い法なのだよ。これを知らずして、自論で到達したのであれば、それは才と呼んでもよいと思うがね」


「才があるかは分かりませんが、一つ勉強になりました。説明ありがとうございます。ところで、私も故郷の物語を一つ披露してもいいですか? 恐らくご存知無い情報だと思いますよ」


「ほう。興味深いね。聞こう」


 椅子の背に手が掛かっており、若干の軋む音がする。


「その昔、目の合った者を石に変えてしまう怪物が居ました。怪物を退治しに多くの勇者が挑みましたが、1人も帰って来る者は居ませんでした」


「ふむ。知らぬ話だな。続けよ」


「あるとき1人の若者がその怪物に挑むと言い出しました。若者は決して強者の部類ではありませんでしたが、神なる存在より知恵を授かっていました」


「力より知恵が勝るという寓話だな。で、結末は?」


「若者は怪物を遠くから観察したのです。飛ぶ鳥すら石にする怪物ですが、木や水は石にならない事に気が付いたのです。若者は良く磨かれた金属の盾と剣を持って怪物に挑みました。若者は盾に映る外部の姿を皆が闘い見事に怪物の首を取ったのでした」


「聞いてみれば単純な話だな。既にある有益な情報を拾い発想を転換せよという事が言いたいのだろう。子供向けにしては少し難解な話だな」


「そうですね。これは学びを込めた話では無く。単純な英雄譚なのです」


「そうか。では一つ聞きたいものだ。黒明柚香は背後に迫る、見てはいけない怪物をどう退治するつもりなのか」


 次の瞬間に、私は巨大な手のひらに守られており、背後では衝撃音がしていた。

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