無料では終われない17
天才という人が居るという事実は知っていたが、実際に目の当たりにした事は無かった。
これまで出会った凄い人達、あちらでもこちらでもだが天才と思った事は無かった。自身で理解出来る範囲は天才とは思わないのだろう。
トゥーリンが短期間で作った術具は、言ってみれば持ち運べる温水シャワーな訳だが、これ自体は私にとっては凄い道具では無い。
あちらでも頑張れば作れそうだし、私がアダマスの力を借りて防具で実現したのだから何も難しい事はしていないのだ。
ただ、私が知る温水シャワーはある程度タンクに貯めた温水を水圧で出すものと理解しているので、アダマスが水からシャワーを出したときには驚いたのだ。
まあ、術なる理屈のある世界で、しかも最高峰の技術力のある種族が作った物からであれば、それくらいは生じてもおかしくは無いと思えた。
トゥーリンはこの仕組みを見様見真似で作り上げたのだ。まだまともな水道もない文化圏で、シャワーの仕組みには向かない部分までも再現してしまったのだ。
ある、出来ると分かった天才は、そこに至る経路を一気に飛ばしてしまうものなのだろう。凡人はあると分かってもそこに手を伸ばさないし、経路を考えてその長さにやる気を失うだろう。
「あのー、温度どうですか?熱くないですか?」
手に触れているシャワーの心地よさに、別のところに行っていた思考が戻ってきた。
「あ、うん。丁度いいよ」
「わー、良かったです。丁度いい温度難しいですよね。熱くした湯と水を混ぜれば良い事に気付くまで時間かかりました」
なんだか複雑な気持ちになる。恐らくトゥーリンはこの先多くの技術革新をするだろう。
それが当人を幸せにするかどうかは、私の知る限りでは暗いものが多い。天才は天才であるが故に、周囲に理解されなかったり、利用されるだけだったりするのだ。
ただ、幸いな事にここには技術を認め利益に還元する仕組みがある。
「この術具も技権取れると思うから、直ぐに申請した方がいいよ」
「えー、でもこれはユズカさんが考えた事じゃないですか? ユズカさんが申請するべきですよ」
何というか素直で生真面目なところは美徳だが、そうでは無いのだ。私の再現とトゥーリンの再現では意味が違うのだ。
「私は技権の申請の仕方知らないし、そんな時間も無いんだよ。術具にしたのはトゥーリンだし、私の代理として申請してよ」
「そのー、技権は代理を認めてませんし、わたしが申請するとわたしの物になってしまいます」
「私達以外からこの技権が取られるのは嫌だし、そうなるともうトゥーリンにお願いするしかないんだよ。私達のこの技をトゥーリンに護ってほしいんだ」
トゥーリンは一旦あわあわしたが、程なくして落ち着いた。
「はいー、分かりました。でも条件があります。この技権が認められて商品になるような事があれば、その販売権の半分はユズカさんに持ってもらいます。その時は必ずユズカさんの立ち会いが必要になりますので、絶対に来て下さいね」
この辺りが落とし所だろう。この天賦の才を腐らせたり闇に落としてはいけない。
「分かった。それでいいよ」
「わあー、良かったです!わたし頑張って技権にしますね!」
そう言うとトゥーリンはダイナミックに私を抱きしめた。肉に溺れるという感じはこれなのだろうという気がしながら、私はただただ圧倒された。
トゥーリンは恐らく幼いのだ。それは実年齢でも若いだろうが、性質として幼いのだ。何か強力な庇護の元に居た方がよい存在だと思う。
「あんまり水浴びが長いと風邪引くよ。温まって戻ろう」
「はいー、そうですね」
―――
通信の設計書は順調に進み、ほぼ私が想定する形になった。トゥーリンが興奮して寝ようとしないので、ほぼ徹夜で仕上げた形にはなる。
後はこれを出来る限り高く売りつけるだけだ。一見すると難しいが実は買ってくれそうな宛はある。トゥーリンからは通信に関して最初の売り先については私に一任する旨の一筆を貰っている。
これも本来は他人を信用し過ぎで危ない事であるのだ。ある意味で私もトゥーリンを利用しているに過ぎない。だからこそ、私は体を張ったのだろうと思っている。
私とシルバは以前にも来た布屋を訪れていた。今回もこの店の主人のミルダさんに依頼して、例の地下街に行く手筈を整えてもらったのだ。
前回と同様に豪華な獣車が用意されており、御者は行き先を言わぬまま獣車を走らせた。
「国を建てる用意は整ったのか?」
獣車の中でシルバに問われた。
「まあ、一応は準備したけど、上手くいくかは半分ってとこだね」
「技権の利だけで国が建つほど文明界は安くはないぞ」
「分かっているよ。何も私が国を建てる必要は無いんだから。要は資本主義国家が建てばいいんでしょ?ならやり方はあるよ」
「これから向かう先は安全とは言えんが、それも理解しているのか?」
「まあ、どうしても駄目ならシルバに助けを求めるけど、自分でなんとかする方法は考えたから」
「そうか。ならば我は待つとしよう」
話をしている間にトンネルを抜けて、昼間より明るいのではと感じる地下街に突入した。
向かう先の建造物は、改めて見ても大きい。地下にある城というのが一番しっくり来る。
当然、このバンという都市の地上には王城らしき建造物があるが、地下のこれを見てしまうと、地上のは砦という感じだ。
獣車が止まり降りると、相変わらず荘厳な門があり、エッチな揃いの衣装に身を包んだ使用人一同がお出迎えしてくれた。
この人達は戦闘までこなす何でも達人クラスらしい。よくもまあ、そんな人材を集めてこんな使い方しているのだと、大いなる無駄を感じる。
今回は一つ異なる事があった。シルバが建物内に入る事は許可されなかったのだ。しっかりとシルバの力量を見抜いた上で真っ当な対策をして来たのだ。
「じゃあ、私は1人で行って来るから」
「承知した。我は待つのみだ」
私は使用人の1人に案内されて、広いホールのような場所を歩いている。良く見るとこの使用人は前に案内してくれた人と同じだ。わざわざそんな事を記録してサービスしているのだろうか。
前回案内された部屋とは違い、明らかに豪華さの質が最高クラスの扉を通された。
部屋の意匠は全体的に有機的というか、直線が全く使用されていない。海中の珊瑚礁に放り込まれたような圧倒を感じる。
この部屋の主の座があり、私向けの豪華な椅子が主に背を向ける形で置いてあった。
どうやら前回の続きと取られているようだ。私の椅子は独力で動かせるサイズでは無いので、ここは相手の意図を汲んでそのまま座る事にした。
私が座り、饗しの何やかにやが用意されて一休みしてから、部屋の空気が変わった。
例の人物が部屋に入って来たのだ。論理迷宮とか言う対処から認識されない強力な術を纏っているが故に、その存在感は異様だ。
フカフカの絨毯を踏む音がして、そうして主が席に収まった感じがした。
「王になる算段は出来たかね。黒明柚香」
私は普段人の声をアダマス翻訳で私から理解出来るようにしてもらって聞いている。細かいニュアンスも含めての翻訳になる為、聞こえ方は様々だ。
しかし、あの人物が私の名を呼ぶに当たっては、何の翻訳も介していない。つまり、翻訳不要の音が発せられた事になる。
私は一つの可能性を思った。そう、この世界にある同郷人の存在だ。




