無料では終われない16
「技権の審査どうなっているんですか?」
私は結果の分かりきった事を聞いている。それでも聞いているのは、このモヤモヤを少しでも晴らしたいからだ。
「どうって? 技権は承認されたじゃろ。 何か他に問題でもあるんか」
ジスカは私に目線を合わせずに言葉を返している。
ごちゃごちゃとした部屋は荷物と書類だらけで机の上も紙束が塔のように積み上げられている。ジスカはそんな遮蔽物の影に逃げるようにそっぽを向き、書類の確認をするフリをしている。
「私があの変態に付き合わされた時間はどういった意味があったのかと聞いた方がいいですか?」
ジスカは一瞬ビクッとしたが、また書類をめくり始めた。
「顔役全員が認める、素晴らしい技権だったという事じゃ。良いではないか。なあ?」
「質問の答えになってませんよ」
「過ぎた事ではないか! あんたも無事だったんじゃからいいじゃろ? わしからこれ以上は何も出んぞい」
私はジスカが逃げている方に回り込んだ。
「あの館で出た大きな白い魚の料理もらってきて口に突っ込んでもいいんですよ?」
「やめい! そんな事したらけつから脂が流れ出続けて三日三晩は便所に籠る事になるじゃろうが!」
あの料理そんな効能だったのか。
そんな話をしていると部屋の扉が勢いよく開かて、トゥーリンが入ってきた。
「あー、ユズカさん!やりましたー」
トゥーリンはそう言うと私の両脇に手を入れたて軽々と持ち上げると、そのままクルクルと回りながら踊り出した。
2mはあるトゥーリンからすると私位のサイズだと子供扱い出来るようだ。
一頻り踊るとトゥーリンは我に返ったのか、少し恥ずかしそうに私を床に置いた。
「技権が認められて良かったね。おめでとう」
「ああー、ありがとうございます! これも師匠とユズカさんのお陰です」
「顔役も全員納得の技権じゃった。ようやったなトゥーリンよ」
「し、師匠ー」
トゥーリンは少し泣きそうな顔をしている。この技権には私が知らない2人の努力が沢山詰まっているのだろう。
「技権は利を生むようになるまでが本番なんじゃ。これからの動きが肝心じゃぞ。そしてその始めをわしらはユズカさんに委ねた。後は2人で進めるがよい」
「は、はいー。師匠。わたしやります!」
トゥーリンは元気よくおじぎをした。
「それじゃ。わしは忙しいから、また後での」
このジジイ、トゥーリンとの会話ですっかり流れを切ってきやがった。
まあ、ここでジスカを問い詰めても仕方がないので退散する事にする。
――
トゥーリンの小屋内の半分くらいは片付いており、人が生活出来るスペースが確保出来ている。
技権が承認されるまでの1週間は、この後の為に色々と準備したのだ。
片付けの基本は物を捨てる事にあるので、トゥーリンに取捨選択してもらった。
トゥーリンの性格は熟考形で基本的に優柔不断だ。故に物が捨てられないままに溜まっていく。
そこで半年触っていない物は不要と判断して、色々と捨てていき、ようやく小屋の半分が片付いたのであった。
バイスとドリスの行方は分からないままだ。借金の取り立てにそのうち来るだろうし、バイスは勝手の知っている場所のようなので心配はしていない。
シルバは技権に興味があるのか、各所の研究棟を回っている。晩御飯どきには大体戻ってくるので、それ以外の時間は互いに自由行動にしてある。壁の内側という事もあるのか、治安も安定している。今のところ誰かに守ってもらう必要性は感じ無い。
研究棟という施設というか組織の仕組みもなんとなく分かって来た。
練国の施策として技権を発案出来るような研究者を国内外から集めている。厳しい選抜試験の後、マイスター資格を持つ研究者に弟子入りする事で、この場所での研究が可能になる。
一度認められると衣食住は保証される。4年に一度の査定にパスすればまた次の4年は同じ生活が出来る仕組みだ。
研究棟には研究が住み、日夜研究漬けの生活を送っているわけだ。
トゥーリンの技権は彼女の努力の結晶である為、いきなり出てきた私が利用するには忍びない。なのでトゥーリンには出来るだけ納得いってもらってから利用させてもらうつもりだ。
その為の準備として、私は売り込み先用に提案書兼設計書を作成するつもりだ。これであればトゥーリンは自身の技権をどう使われるのか理解出来るし、相手方へのプレゼンもスムーズになる。
まずは初稿の為に、今はこの技権で何が出来て何が出来ないのかの洗い出しをしている。
「つまり、通信には距離制限があるんだね?」
「はいー、そうです。通信速度は変わりませんが送る事の出来る情報量は距離が長くなればその分減少します」
トゥーリンの技権の話を聞いて、この世界でのネットの始まりを感じてワクワクしたが、やはり障壁は色々とあるようだ。やはり国家単位の力と財がないと大規模なネットは難しいようだ。
しかし、逆に言えば国家が承認してくれればやれるという事でもある。これは中々に売り込み甲斐のある案件だ。
「うーん、そうなると設計書の方も直さないとだね」
私が羽ペンの羽部分を触って思案していると、トゥーリンがモジモジし始めた。というか、少し前からモジモジしていたが書面に集中していて、トゥーリンの様子は頭に入っていなかった。
「あのー、そろそろ水浴びに行きませんか?」
そう言えばそんな時間だ。研究機関と言えども、あの謎光源はポンポン用意出来ないようで、そうなると夜はかなり暗いし、暗いと川は危ないのだ。その為、水浴びは暗くなる前に済ますようにしている。
「もうそんな時間か。じゃ、行こっか」
「はいー、準備するのでちょっと待って下さい」
そう行ってトゥーリンは荷物がカオスになっているゾーンに入ると何やら一抱えある位の箱を持って来た。
「何にそれ?」
「あのー、後のお楽しみです」
―
川に降りると丁度よい感じの時間だった。水浴びが終わる頃には夕方になっているだろう。
川には水浴びように仮設テントを設営してある。青空の下ではちょっと開放的過ぎるので、許可を得て背の高い布テントを置かせてもらったのだ。
まあ、テントは目隠しようなので浴室内部の地面はそのまま岩出し、使っていない洗い場を占有しているので当然立地はよく無い。地面も若干斜めっている。
トゥーリンはさっさと全裸になると何やら先程の箱を展開して何かの準備をしている。
私は実は風呂に入る必要が無い。防具がほぼ全身を覆っており、これに自動洗浄機能があるので常にすっきりなのだ。髪も寝ている間に何かしているらしく、放置していてもベタベタする事は無い。
今は付き合いで、防具のカバー範囲を最小限にして一緒に水浴びをしているのだ。
トゥーリンは準備が終わったのか、箱は洗い場の水に沈め、そこから伸びたホースのような物を持っていた。恐らく術具であろうそれを操作すると、ホースの先から幾つもの細い筋の水が噴出した。いや、やや湯気が立っているのであれはお湯だ。正にそれはシャワーだった。
「これー、いつもユズカさんがやっているのを術具で再現して見たんです」
トゥーリンの持つノズルからでる水の筋に触れると、丁度いい温度になっていた。
確かに毎日防具の機能でやってはいたが、こんな短時間で再現するとは思わなかった。
やってみようから実現が早すぎる。何故ならばまだこの研究棟にだってまともな水道はないのだ。トゥーリンは恐らく天才の類いだと私は確信した。




