無料では終われない12
外壁から無骨に生えた階段を降る。結構な高さなのに手摺りも無いので怖い。
トゥーリンはそんな階段を裸足でスタスタと降りて行く。白い(一部黄ばんでいる)服に長い栗色の髪がツンツンしているのでフォルムは完全にハリネズミだ。
唯一違うとすれば一つで私の頭くらいある膨らみが胸に二つある。人間の胸ってこんなにデカくなるんだという思考しか流れてこないくらいにデカい。
一階に到着すると建物の裏手に出た。私達が入って来た大階段がある側ね丁度真裏に当たる。
綺麗な小川が流れており、河原の石を並べて切って整形した洗い場のような場所もあった。階段状の洗い場に川の水が引き込まれており、水が自然に浄化される仕組みになっているようだ。
トゥーリンは服を着たいまま洗い場の中にザブザブと入り、頭まで浸かると直ぐに戻って来た。
「洗いー、終わりました」
この、話始めの単語が伸びるのはトゥーリンの癖のようだ。それにしても洗ったとは解せない。濡らしただけでは無いのか。
「それじゃあんまり変わらないじゃない? 服は洗濯した方がいいよ」
「せんたくー、ですか?」
洗濯という単語を初めて聞いたような反応だ。確か聖王国に居たときは洗濯という概念はあったし、この練国首都バンでも綺麗にした服を着ている人は居た。恐らくはトゥーリンの中に洗濯の概念が無いのだろう。
「うーん、そうだなぁ。服だけ専用の洗浄をする事かな」
トゥーリンはそれを聞くと濡れてべったりと体に張り付いている服を脱いで私に渡してきた。
周りからがっつり見える外で腰布一枚になったトゥーリンに私が焦ったが、本人は至って落ち着いていた。
「洗濯ー、分からないので教えて頂けますか?」
「ええ! うーん、いいけど」
とにかく洗濯を早く完了してトゥーリンに早く来てもらうしかない。幸にして彼女の服はかなり丈夫そうな生地なので、強めに洗っても大丈夫そうだった。
私は洗い場でトゥーリンの服を洗濯する事にした。洗剤的な成分は私の防具から分泌可能だったので、アワアワにして洗い場の岩板で手洗いした。
「その泡ー、はどこから出したんですか?」
「これ? 服の汚れを落とす溶剤を持っていたから使ったんだよ」
トゥーリンは興味津々のようだ。技術者だそうなので、そう言った化学的な事には興味あるだろう。因みに私が使った洗剤はギリギリオーバーテクノロジーでは無い。この世界にある植物から抽出出来る成分で合成可能なのだ。ビシムにあちらの文化を伝える際に、色々と遊んでおいて正解だった。
この服の匂いは尋常ではなかったので、一応煮沸洗浄もする事にした。
「何故ー、服を煮るのですかー?」
「私の田舎じゃ、匂いの強い服は沸かした水につけると匂いを取るってのをやるんだよ」
とりあえず洗濯は済んだが、しばらく乾かしたい。太陽も出ているし、少し暑いくらいの気候なので天日干し出来そうだ。
洗い場から少し離れた場所にある平で大きな岩の上で乾燥させる事にしたが、そうなるとほぼ裸のトゥーリンをそのままにする事になる。
「あのー、わたし何か変でしょうか?」
つい、周辺から見られていないかと、周りとトゥーリンを交互に見過ぎていた。
「別に変ではないけど、トゥーリンの髪も洗ってしまおうか」
どれくらいの期間、水に浸かるだけ洗浄をしていたのか分からないが、トゥーリンの髪には細かいゴミのような物が巻き込まれて固まっている。
「髪もー、煮るんですか?」
「煮ない、煮ない。そこに座って、洗ってあげるから」
トゥーリンを沸かした水の槽がある付近に座らせると、湯を頭からかけながらシャンプー的な成分を使って泡をいっぱいたてた。
アワアワにする事により、トゥーリンの裸感を抑える作戦だ。
しかし、トゥーリンの体はデカい。大型犬を洗う感覚というのはこんな感じなのだろうか。とにかく湯をいちいち掛けるのがめんどくさい。
そこで思った。シャワーが欲しい。私の防具の変形機構を使えば、湯を汲み上げて手の辺りから噴射する事は容易だ。
思いついたからには早速やる事にした。これはかなり効率的だ。トゥーリンにもボディソープ的な溶液を渡して体を洗う事を勧め、アワアワ作戦も順調だ。
シャワーの力でトゥーリンの髪はみるみる洗われていく。そうして気分良く洗っていると、突然手を掴まれた。
一瞬、びっくりしたが時止めが発生していないので、これは敵対的行動ではないようだ。
確かに手に痛さや強引さは感じ無いが、強い力で固定されて動かす事は出来ない。
「あれ、熱かった?」
「これー、さっきまではそんな構造していなかったですよね。という事は変形させてこの構造にしたという事なのですが、普段からこの構造を想定しての術具を用意しておくのは、あまりに非効率です。それを考えるとある程度構造に変更性を持たせておいて、複数の構造変化の中から選択している事になります。その変更を僅かの時間で伝達し、術具がそれを実現したのであれば、それは術具に生物的な知能すら付与している事になります。そんな技はこの工房で実現する事は出来ず、そうなるとこの国の外にはわたしの知らない遥かに進んだ技が体系化されているという事で……」
何か妙なスイッチが入ってしまった。
髪を洗った事で顔が見えるようになったトゥーリンは緑の瞳で真っ直ぐにこちらを見てくる。ソバカスのある顔から、想定よりも幼い印象を受けた。
「これは私を助けてくれた人がくれた物なんだよ。だから私にはどういう仕組みなのか分からないだ」
「そうー、ですか」
トゥーリンは私の手を離してくれた。
――
服もすっかり乾いたので、綺麗に洗い上がったトゥーリンが完全した。
髪を洗った結果、サラサラにはなったが元々かなり癖っ毛らしいのでツンツン度はより強化された。服も綺麗になったので印象がハリネズミから綺麗で怒ったハリネズミへと変化した。
とりあえず匂い問題は解決したので、また階段を登るとバイスがジスカに何かをさせていた。
トゥーリンの小屋から何かを運び出して離れた場所に置かせているように見えた。
「何やってるの?」
「ああん? 金になりそうなもんを運び出させてんだよ」
ジスカの積んでいる荷物の山にはガラクタしか無いように見える。ただ、私もこちらに来てそこそこになるので、それが術具であるという事は理解出来た。
「師匠ー、それはまだ研究中の物ばかりですよ」
「分かっておる。あやつが金になるもんをと言ったのでこの辺りを出したんだ」
「分かってるじゃねーか。それで、この品は金貨5枚になるのかよ」
「そんな金が出てくる訳がなかろう! それにわしが借りたのは金貨2枚じゃ。5枚とはどういう事じゃ」
「借りた金には利息がつくのは当たり前だろうが。それにまだ先に伸ばすんじゃ5枚で済まなくなるぜ」
バイスはヘルメットを被っているので正確には分からないが、恐らく悪い顔をしているんだろうなというのは、しっかりと感じた。
「ねぇ、トゥーリンは何の術具を研究しているの?」
「わたしはー、離れた場所でも情報を即時にやりとり出来る術具を研究しています」
それを聞いて、バイス、ドリス、シルバの誰も反応はしていなかった。恐らく、それぞれの事情で大した技術ではないと判断したのだろう。
しかし、私はかなりお金の匂いがする話だと思った。




