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無料では終われない11

「おい!なんだこの臭いは!」


 少し離れた位置からバイスが声をあげる。


「弟子は不精なところがあってな。周りが迷惑するんであの小屋に住んどる。腕は確かなんじゃ。それは保証する」


 今のところ変な臭いはしない。小屋まで距離があるからだろうか。

 小屋をよく見ると外に突き出した排水ようの木管から極彩色のドブみたいな汁がジワジワ漏れているように見える。

 バイスの嗅覚がその小屋の異臭をいち早く感知したのだろう。


 小屋に接近するとその異様さが分かる。四方に窓のある六畳くらいの木製の小屋だが、窓から何か建材なのかパイプなのか分からない棒が無数に突き出している。恐らく小屋の内壁には大量の荷物が積まれているのだろう。

 小屋外の壁にも箱や袋が積まれており、ゴミ屋敷の様相になっている。


 まだ入り口には少し距離があるが、既に強烈なアンモニア臭がする。


「ジスカじゃー、おるかー、トゥーリンよー」


 ジスカが雑に扉を叩く。この人は今から弟子を売ろうとしている最低な人だ。

 小屋の中から返事は無いがジスカは何かの合図を受け取ったのか扉を開いた。


 扉が開くとカビが繁殖した酸っぱいような鼻の奥からクシャミを誘発するような鋭い匂いがした。


「おい、ユズカ。中に弟子って奴がいるか見てこい」


「え、嫌だよ。なんで私が」


「お前、金がいるんだろ? ここの奴等は金になる。俺様は借金を理由に色々と金を引っ張るつもりだ。少しは回してやるから言う事を聞け」


 バイスはこれ以上あの小屋には近付きたくないようだ。まあ、私も嫌だがお金が必要なのは確かだ。今、私の手元には聖王国で1週間暮らす事が出来る程度のお金しかない。何かやるにしても元手やきっかけは必要だ。


「分かった。見てくるけど、ジスカさんとお弟子さんに暴力は無したがね。その上でこの先のお金の話をする。それが条件でいい?」


「ジスカが逃げなきゃ暴力は無しでいいぜ。俺様はこいつらから長く金が引っ張れればそれでいい」


「そ。じゃあ見てくる」


 私は意を決して悪臭の中へと突入した。カビ臭の正体は回廊の壁のように積まれた本と書類がカビているからのようだ。

 窓が埋まっているので中は当然薄暗い。私の防具の肩辺りが自動発光する。暗いと感じてアダマスが起動したようだ。

 ジスカ暗すぎる中をゆっくり進んでいたので直ぐに追いついた。


「なんじゃ?明るいの火じゃあないのか? とにかくこの中で火は使うなよ」


 言われなくても使わない。紙や本に引火したら直ぐに火の海になるだろう。


「使いません。それよりお弟子さんは本当にこんなところに居るんですか?」


 この小屋は明らかに放棄された倉庫という感じだ。


「居る。あんた何者じゃ? バイスの一味か?」


「いえ違います。バイスは知り合いで、この国で一緒に行動しているだけです」


「彼奴は恐ろしい男じゃぞ。気をつけんとわしらのように骨までしゃぶられるぞえ」


「それはまあ知ってます。私はどうにでもなるんですが、ジスカさんはどうするつもりなんですか?」


「トゥーリンを逃すのじゃ。お前さんの素性が分からんから詳しくは言えんが、この辺りの職人は身体強化術は得意じゃからな。夜陰に紛れば何とかなるじゃろ」


 私はバイスの言葉を思い出していた。逃れば暴力に出ると言っていたのだ。バイスは恐らくこの人達が逃げる事を読んでいる。


「バイスは多分あなた達が逃げる事は想定してます。逃げた上でどうにかする手段があるのだと思います。バイスは暴力に出るはず。彼の暴力は容赦無いですよ」


 私はドリスを殺しに動いたバイスが目に焼きついていた。未遂に終わったが、バイスは簡単に人を傷つける。


「じゃったらどうしたらいいんじゃ!? 大人しく捕まってもわしらに金は無いのじゃぞ。何をさせられるか分かったもんじゃない」


「私は立場上、バイスに強く出る事が出来ます。この場は一旦私に預けてみませんか?」


 思えば私がこう動くのもバイスの想定通りな気もするが、バイスは私達を恐れている感じもある。なんとかなるかも知れないと思っている。


「あんたに何が出来ると言うんじゃ。それにわしらを助けて何になる」


「私の仲間が外に居ます。バイスは外の仲間に逆らえない。それから、私はこの国でお金を稼がなくてはならないんです。まずは何か基となる組織の後ろ盾が欲しいんです」


 ジスカは顎髭をゾリゾリと触って思考を回らした。


「簡単には信じられんが、あんたらが居た方がバイスに隙は出来そうじゃな。分かった。一旦は言う事を聞くが、逃げらそうとなったらわしらは逃げるからな?」


「分かりました。一旦それでいいです」


 ジスカと本の回廊の奥に進むとオレンジ色の謎光源複数に照らされた人の後ろ姿のような物が見えて来た。

 床に座って作業をしているそれはかなり大きかった。大きなハリモグラの背中という感じだ。

 近付くとツンツンしたシルエットは長い髪がゴワゴワになってあっちこっちに尖った寝癖のような尖りを作っていたからだ。

 近いが故に強烈な生乾き臭がした。この座っている人物からしているのは間違い無い。


「トゥーリンよ。外に出るのじゃ。バイスが来よったが、この人が守ってくれるんでなんとかなりそうじゃ」


 名前を呼ばれて振り返った顔は伸びた前髪で目は確認出来ないが、なんとなく女性だと思った。

 その後のっそりて立ち上がってこちらを向いた段階で完全に女性である事が分かった。


 立ち上がった姿で顔は見上げる位置にある。多分、シルバより背が高い。2mはあるんじゃないだろうか。

 全体的に体のパーツが大きいが胸のデカさは相当だ。バスケットボール2個が胸に付いている感じなので、あちらから私やジスカが見えているのか不安になる。

 シーツに穴を開けて首を通したような服を来ているのでシルエットは更に大きく見える。腕の感じから結構太ましいが無地で白い服の影響で更に膨張して見える。


「師匠ー、今でなければダメなのでしょうか?」


「直ぐに動かねば危ない。バイスが何をしでかすか分からんでな。ここに火でもかけられたら研究も無くなってしまうぞえ」


「師匠ー、それは困ります」


「一旦、外に出ましょう。話はそれからです」


「あなたのお名前は?」


「ユズカです。さあ、早く」


「わたしー、トゥーリンです。よろしくお願いします」


 そう言って出口の方に向かうと、トゥーリンは本の壁を器用に躱しながら付いて来た。


 扉から全員出ると、遠くでバイスがこちらを見ていた。


「そいつが弟子かー!」


 遠いのでバイスが大声で確認して来る。


「そうです!」


「そいつは臭すぎるから何処かで匂いを落としてこい!」


 バイスには相当きついようだ。まあ、私も長時間いっしょにいたら頭痛がしてきそうな感じはある。


「トゥーリン何処かに川か何かない?」


「下にー、降りればあります」


「建物の下に川があるので、そこで綺麗にしてきます!」


「行ってこい! ジスカはこっちだ!」


(シルバ、ジスカさんが暴力を受けそうになったら守ってあげて)


(承知した)


 私は念話でシルバにそれだけ伝えると、トゥーリンと共に下へと向かった。

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