無料では終われない10
目が覚めると豪華な天井、体の周りにはスベスベの寝具がある。
昨日の事を思い出す。色々あったが熱心に金輪の説明をしてくれた執事らしき人の丹精な顔だちしか浮かばない。
そうして、段々と事の重大さを思い出してきた。
金輪は簡単に言えば欲国の王を決める道具だった。欲国という国は無いが、一つの思想の元に集う商人の組合は存在する。
王になれば、その組合の実権を握る事が出来る。しかもかなり力があるそうなので、土地を買い上げて国として成立させる事も容易なのだそうだ。
この組合が国としての体裁をとっていない理由は、現王の方針であり、国という体制に利が薄いと考えているからだそうだ。
因みに昨日の姿すら認識出来なかった人は現王では無いそうだ。王を決める為の中立組織があり、昨日の人はその一員だそうだ。
私が王に選ばれれば欲国を実際の国にする事は可能だが、その条件はあまりにも厳しい。
王に選ばれる者は特定の期間内に誰よりも富を手放す必要があるらしい。簡単に言えば王選考委員会に一番お金を支払った者が王になる。王の地位をお金で買うのだ。
問題なのはその選考期間が後一月しかないという事だ。しかもライバルが今どれくらい支払いをしているのかは分からないようになっている。
これを逃せば次の王選は4年後なので、次を待つ手は使え無い。
私の持つ金輪には、昨日の謎人物がブランの食事代として入れた金額が支払われているだけで、出足は最悪だ。
とりあえず寝室を出ると広いリビングルーム的な部屋になっており、テーブルには新しい果物と謎の理屈で冷えている飲み物があった。
ここは高級ホテル並のサービスがついており、呼び鈴一つで使用人が来てくれて、なんでもしてくれるらしい。
お代の心配をしたが無料だそうだ。全くなんでもかんでも豪勢な事だ。
皆との待ち合わせは時間を指定してある。この国では時間を色で表すらしい。昼が明るい緑なので、昼前の深い緑辺りを指定しておいた。
――
指定の時間に入り口前のホールに行くとバイスとドリスが既に待っていた。
バイスは昨日、論理迷宮なる術に当てられて前後不覚になっていたが、途中から何事も無かったように振る舞っていた。
話を聞いてみた限りでは何か都合の良い記憶に置き換わっているようで、細かい部分は言えない言わないという態度だった。つまり、バイスの中では整合性の取れた記憶になっているが、私の認識とは違う、かと言って金輪の話は正しく理解している。
論理迷宮はなんと恐ろしい術なのかと思う。もし、全員術に当てられていたら記憶の改変に気付きようが無い訳だ。
「早くここを出るぞ。かなり狂った奴が作った場所だ」
もっと豪遊したいと言いそうなバイスが警戒していた。
「凄く豪華で素敵な場所じゃない? 言えばなんでもしてくれるらしいよ」
「見た目に惑わされてんじゃねーよ。そこらを歩いている使用人でさえも相当な手練れだぞ。そんな中で寛げる訳ねぇだろうが」
どうやら使用人の戦闘力も高いらしい。見目美しく若く強い。そんな人材ばかりを集めているとは、なんとも凄まじい。謎の人物がここで一番偉い人だとすると、王選考委員会はそんな人物の集まりなのだから、国をどうこう出来るという話も現実味が出てきた。
指定時間ぴったりにシルバが来て、この奇妙な贅の城を出る事にした。
―
帰りも獣車で送ってもらい。商業地区とは別の雰囲気の場所で降ろしてもらった。
バイスの提案なのだが、この都市には工業系の組合があるらしい。バイスのコネが効く場所であり、資金調達の可能性もあるそうだ。
工業地区だけあって町工場のような建物が複雑に重なりあっている。細い通路と階段が立体迷路のように繋がっている。
建物が幾何学的な形状なのでブロック玩具を繋いで作った小山のような集合建築が幾つも並んでいる。バイスはその中で一番大きな立方体の集合建築物へと向かった。
バイスの後に付いて行った私達だが、1人で初めてここを歩いたならば、見えている建物に到達する事する困難だっただろう。
巨大立方体建築の前の横にやたら長い階段を登り、ついに目的地に到達した。
建物の中は薄暗く人と大きな荷物のセットが列を成していた。印象としては何かお役所的な場所で登録や申請を待つ人の列という感じだ。
バイスは列をかわして奥へと進み、明らかに関係者以外入ってはいけない扉を抜けて、階段を登り上層を目指した。
規格の揃った同じような部屋が並ぶ長い廊下の先の扉を開けるなりバイスは中にいた人物の胸ぐらを掴んだ。
「よう、ジスカ俺様が貸してやった金を返してもらいに来たぜ」
「のわ! バイス、何故ここに居る!」
バイスに捕まれている人は小柄な老人だった。ツナギのような服にバイザー形の帽子に色んなレンズに切り替えれるリボルバーのような片メガネを装着していた。
「直ぐ帰って来ると思って無かったか? ならそれは見当違いだぜー、ジスカよお。金が無いのは知ってるから何か金になる物を頂きにきたぜ」
「わいのような貧乏人から絞っても何も出んぞ!今日のところは帰るんじゃな。月が変わる頃には金が入るから、それで利息くらいにはあるじゃろて」
バイスがジスカさんを持ち上げる。
「はいそーですかで帰る訳ねえだろ。師匠連の顔役なんだから下から金になる物を吸い上げればいいだろ?」
どうやらジスカさんはこの組合では偉い人らしい。そうしてバイスには借金があり、その返済現場に立ち会っているという訳だ。
「そんな事できん! 顔役いうても大した力はないんじゃ。他の師匠連中も納得せんと技権は使えんのじゃ」
「そうか、じゃあやり方を変えさせもらうぜ。お前、俺様が居ない間に弟子を取ったみたいだな? 師匠の借金は弟子が返さないと駄目だよな? 弟子はまだ若いんだ、体で返せば直ぐじゃねーか?」
バイスは精神網で遠隔地の情報も手に入る。恐らくこの情報も使えると思い調べておいたのだろう。
そしてそろそろ犯罪じみて来たのでバイスにはこの辺りにしておいてもらいたい。
「何故それを知っておる!? 駄目じゃ、弟子はかなり才能がある。今の時期にそんな事をさせる訳にはいかん! 暫くすればかなりの技権を持つじゃろうから、それを待つ方がよいぞー。卵を産む鳥を潰すのは間抜けのする事じゃろ?」
一見、弟子を守る師匠の感じなのだが、未来の技権とやらの利益を自分の借金返済に充てるつもりなので、若干のクズっぷりが出ている。
「お前の事情は知らねえんだよ。さあ、弟子のところに行くぞ。案内しろ。まあ、別に俺様が直々に攫いに行ってもいいがな」
「待て、分かった!案内する。その代わり暴力は無しにしてくれ」
うーん、やっぱりこのジスカという人、クズな気がする。
バイスはジスカを地面に下ろすと手早く縄をかけた。
縛られた老人がトボトボと歩く姿は、本来可哀想な感じがするのだろうが、あっさりと弟子を売った人物だと思うと、自業自得感の方が強い。
老人は迷路のような廊下を抜けて、テラスのような半外のような場所に出た。そこは計画して出来た空間では無く。単純に建物のブロックとブロックの隙間という場所だった。
そんなほぼ外の屋上のような高所に小屋が一つ建ててあった。
その小屋を見て私はシルバの小屋を思い出した。視界の端にシルバが居たが、シルバもまた小屋の方を見ていた。




