無料では終われない7
練国の少し湿った空気の中で街道を行く人の列を見ていると突然時が止まった。
私に向けた敵対的行動をアダマスが察知すると、防具の機能で認識加速状態になるのだ。聖王国でも初日になったが、私はそんなに的にし易い存在なのだろうか。
敵対行動というのは何でもない、列を成して行く人からの小石とも言えない砂粒のような物の投石だった。認識加速になれば、回避行動の仕方も頭に流れてくるので、特に逆らう事なく少しだけ体を捻った。
時間認識が元に戻り、躱した空間で小さくカチッという音がした。どうやら死角の背後からも投石があったようで、それが空中でぶつかったのだ。
何かのイタズラなのかと思い何もせず景色を見ていると、ダチョウのようなフォルムのトカゲに乗った人がこちらに近寄って来た。
「失礼をした。我等に敵対の意思は無い故、剣を抜かれる要はありませんぞ」
金属の兜を被った口髭を生やした人が話かけてきた。
「おい! 2子打っておいて謝るだけで済む訳ねえだろ。主の名前か金を置いていきな」
突然割って入ったのはバイスだ。
「我等は行く先の安全を確かめただけの事。金を払う言われは無い」
「2子を躱されてどうするつもりだったんだ? 3子打って躱されたら同じ事が言えんのか?」
「野路に金糸の裏を行く者が居るとはな。分かった我等も消耗したい訳では無い。払おう」
そんな話をして、髭の人とバイスは少し離れた場所に行ってしまった。
私はこの世界の言語を殆ど理解していないが、アダマスの翻訳機能によって意思疎通出来る。ただし、翻訳されても分からない言葉もあるのだ。そんなときの為に追加翻訳も出来るようにしてもらった。
(アダマス、2子と3子と野路に金糸の裏の意味を教えて)
(2子、3子は傭兵が使用する、相手の実力を測る方法です。同時に複数の物体を投げ、躱した数の多さが相手の実力と判断しましす。3子を躱す者はほんの一握りと言われています)
(野路に金糸とその裏という意です。野路に金糸は、戦闘可能地帯に身なりの良い姿で来るのは常識知らずの愚か者という意味があります。その裏とは、敢えて戦場で目立つ格好をして敵を引きつける者は相当の実力者であり、容易に手を出してはいけないと考えられています)
アダマスを身につけている事もあり、簡単に念話をする事が出来る。これはなかなか便利な機能だ。
「色々と物騒な国ばかりだから気をつけてね。僕はこれ以上行けないから、欲国に繋がりそうな物を渡しておこう。これを大きな商店で見せるといいよ」
ブランはそう言って金色の腕輪のような物を渡してきた。
「これは? なんだか高価そうだけど」
「文明界の価値で言うならユズの身につけている防具に勝る物はそう無いだろうね。それは欲国にお金を払った証さ。それには庶民が一回の食事で支払う程度しか払っていないから特に高価な物ではないね」
何か高価そうなので私が持っていていいのかシルバの方を見たが、興味なさそうに(どうぞ)という感じのハンドサインを出してきた。
ブランはじゃあという感じで小屋に入ってしまった。既に転移で法国に戻ったのだろう。
腕輪の件でワチャワチャしているとバイスが戻ってきた。
「お前らこれから何処に行くつもりだ?」
「この国の首都に向かう」
「バンか。まあいいんじゃねえか。あいつらと逆なのもいい」
彼等は傭兵団という事ならば、行き先は戦場なのだろうか。確かに戦場から離れるのは賛成だ。
―――
約1日の行程により練国の首都バンに到着した。ほぼ歩き通しで疲れたし汗もかいたが、体が常に爽やかなのは防具の効果だ。基本的に私から出た不要な分泌物は防具に吸収される。寝ている間に色々とケアされているらしく髪もサラッサラのままだ。
私は防具で守られているから分かるが、シルバとバイスもドロドロになる感じが無いのが不思議だ。
シルバが汗をかいているところを見た事がないしバイスは全身真っ黒装備だが全く匂いがしないのだ。
すれ違う練国の人々と比較すると、シルバとバイスの異常さが際立つ。
首都バンの中心には壁に囲まれた城のような物がある。聖王国とは違い城壁は物々しいし城は要塞のようだ。
城壁は何重にもなっており、それに収まらない家や商店が溢した水のように広がっている街だった。
舗装されていない赤土の道に石と木で作られた家屋が並んでいる。蘇轍のような南国風の樹木が並んで立っていて何らかの意図を感じる。
「大きな商店に行くんだったな? それなら壁の中に入る必要があるぞ。金はあるんだろうな?」
「資金は問題ない。しかしバイスよ。我々に付いて来てよいのか? 聖王国を出たのであれば制約は無いのだろう?」
「お前等と居た方が今は都合がいいんだよ。それに聖王国外での冒険者組合はこれからやんねえていけないんだ。当然、金は出してもらうからな」
バイスはがっつりたかるつもりのようだ。
「それはそうと、ドリスから逃げなくていいの?」
「聖王国に居なけれりゃいいんだよ。それにあいつから逃げるのは無駄だ」
「儂等は一心同体じゃからの。別れる方が無理な話じゃ」
サラッと会話に入って来たのはドリスだった。
ドリスはブランの転移に入っていないので、何処に行ったのかは分からない筈だ。しかも聖王国からは距離がある。飛行機にでも乗らないと、この短時間で到着するのは無理な話だ。
「何が一心同体だ。来たのはつい先程だろうがよ」
そうなるとドリスも別ルートの転移で来たのだろうか。いや、参人は常識外過ぎて考えても無駄だろう。前も岩に乗って空から降ってきたし、何が起こっても受け入れるしかない。
「儂の事はおらぬものとして、冒険者を思うままやるのじゃぞ」
私達はこの妙な縁の4人で行動する事になった。
城壁を越えるには身分証明か金銭が必要になる。意図していなかったがブランから貰った腕輪が身分証明になるらしく割とあっさり城壁を越えられた。
城壁内の街は3階4階といった背の高い建物が目立つ。石造りの高層建築が壁のように両サイドにある街並みは少し威圧的だ。
大きな商店という条件で探すと、真っ白な石で造られた建物に出会った。そこはどうやら布屋さんのようで、色とりどりの布や敷き物が並んでいた。
体の大きな店員らしき人が店先に居る。簡単に武装しているところを見ると用心棒を兼ねているのかもしれない。
「あのー」
私が話かけると店員は動く事なくこちらをギロりと見た。私達が不埒な輩では無いか確認しているのだろうか。ただ、その観点からすると私達は怪しい。特にドリスというかヤマビトは珍しいようで道を歩いているだけで注目を浴びた。
店員は一通り私達を見た後に、私をもう一度見ていきなり跪いた。
「これは、気付くのが遅れまして申し訳ございません。直ぐに店主に繋ぎます」
店員は明らかに私の腕輪を凝視していた。そうしてサッと立ち上がると一例して店の奥へと消えてしまった。
直ぐに店員と恐らく店主らしき人物が戻ってきた。
店主は緑のロングヘアーに青白い肌の女性だった。女性だとすぐ分かったのは黒のドレスの胸元がお臍辺りまでばっくり割れており、お胸がそれはもう主張していたからだ。
「これは金輪の方。当店の商品をじっくり見て頂けるように奥へ如何ですか?」
店主がそう美しい声で語るなか、真っ赤な唇の中にチラつく舌の先が二つに割れているのが見えた。




