無料では終われない6
殺害依頼の現場に殺害対象が現れる。そんな漫画みたいな出来事が実際におきている。
確かにバイスのドリスに対する殺意は明確であったが、殺意ありきで継続される人間関係なんて存在し得るのだろうか。
これは一方が、ドリスが殺意を殺意として受け取っていない。小動物が手に戯れついているのを楽しんでいるかのように見える。
「こいつがいる限り聖王国での冒険者組合は広がっていかねーぞ。今すぐに殺してくれ」
目の前に殺害対象が現れてもバイスの態度は全く変わらない。
「バイスよ。こ奴らに頼んでも無駄な事じゃぞ。モリビトはヤマビトを殺したりはせん。やるならば人同士で徒党を組んだらどうじゃ?」
ドリスは自身の殺害計画にアドバイスする始末だ。完全に侮っているのだろう。
「我等は何者かの命を奪うつもりは無い。それにバイスは簡単に他者の命に手を掛けるな。反対に自身の命を落とす事になりかねんぞ」
「冒険者組合がどうなってもいいのかよ? あいつが人前で暴れたせいで聖王国に仇を成す悪魔だって言われてんだ! そんな奴が付き纏う冒険者組合は国から睨まれてんだよ!」
そう言う事ならシルバや追加装甲を纏った私も不味いのではと思う。
「そうなると私とシルバももしかして?」
「お前等は悪魔を退けた世界樹の使いって事になってる。聖王国は世界樹によって護られている事が明らかだとか言いやがって、教会じゃお祭り騒ぎだ。お前等が居なくて、この悪魔だけが居座ってる状況で俺様がどれだけ苦労したか考えてみろ!」
バイスは色々と大変だったようだ。
「それならばこの国を出ればよかろう」
「もう出る準備はしてあるんだよ。ただし、お前等間違い無く転移術が使えるだろ? 俺様もそいつで運べ。死ぬかもしれない危険地帯を月が巡る程の時間をかけて渡るなんざ頼まれてもやりたくないね」
聖王国の周辺は厳しい自然環境か、危険地帯と呼ばれる怪物の出る土地に囲まれているのだった。
私も雪山に飛ばされたときに、恐ろしい怪物に出会ったので、確かに行きたくは無い。
「転移は我だけでは決める事が出来ないが、まあ出来なくはないだろう。しかし、いいのか? 付いて来られてはいけない相手もいる中で行き先の話を進めて」
バイスはドリスの方をチラッと見てからため息をついた。
「どうせなら殺したいところだが、ひとまずは聖王国以外で居る分には問題ねえ。ここ以外なら殺り方は幾らでも増やせるしな」
「なんじゃ、国を変えるのか? 儂は冒険者の紡ぐ輪の流れが追えれば何処でもよいぞ」
ドリスはバイスに奪われた事によって始まった人による精神網の行く先が観察出来ればいいようだ。
精神網は便利ではあるが構築の過程を見ていて楽しいものなのだろうか。私なら出来上がった仕組みを使うだけにしたい。人のヤマビトの趣向というものは色々あるのだと考えさせられる。
「行き先だが小国群にある練国とするがよいか?」
私はどんな国か知らないが、バイスはその名を聞いて少し反応した。
「少し近いんじゃないか。悪くは無いが良くもねえ」
国の中身は知らないが地図としては見て知っているので、この練国がここから決して近い場所に無いという事は分かる。
バイスの言う近いは別の意味だろう。恐らくは近付かない方がよい何かがあるのだ。練国はソレに近いという事だろう。
「大きく反論が無いならば練国とする」
「わかーった。転移はお前等の仕事なんだからそこは従う」
「そうか、では準備が整うまで待て。明日の昼頃になるだろう」
シルバがそう伝えるとバイスは何処かへ行ってしまった。
「お主、先知のシルバじゃな? 大地に聞いたから間違いは無いが、まさかこのような場所におるとはの」
残ったドリスが話かけてきた。シルバの名は法国外にも広がる程に有名と聞いていたが、どうやら本当のようだ。
「ヤマビトが我が名を知るとはな。しかし、既に意味を成さない名だ。今はただのシルバだ」
「ヤマビトからすれば未来を視るなど意味の無い行為よ。そう言って嘲笑したヤマビトが議論して返り討ちにあった事でその名は広まったのじゃったな。未来を視て、そうして自身の行く末を完全なものにする体現者が今何をしているのか興味が尽きぬな」
ドリスは何か探りを入れているようにも感じる。世界を包む闇の発生元はヤマビトの国であるという予知を思い出していた。
「未来をどうするかなど個々に決めればよいだけの事よ。それよりもヤマビトは信じる参人思想の先に原初存在とやらに到達したのか?」
「ヤマビトが原初存在に到達する事は既に決まっておる。だからこそヤマビトは今を楽しむのじゃ」
「肉欲に没するだけで何もせぬとは、やはりヤマビトとは相容れないな」
シルバの言葉を聞いて昨晩の自分を思い出しドキリとした。
「肉欲の追求はヤマビトの文化ではあるが、全ての者がそこに向かっている訳ではないのじゃ。儂からすれば既に答えの出た物を擦るだけなど、そんな浅い事はやっておれん。やはり求道する事が真の快楽体現者なのじゃぞ」
「好きにすればよい。それよりもバイスに付いて来るつもりか? そうなのであれば我等の邪魔だけはしてくれるなよ」
「そんな事はせんわ。儂は新たな輪の紡ぎを見るのに忙しいのじゃ」
シルバは求めた答えが得られたのか、この場を去るように促してきた。
「では、また明日」
私は何か言わなければと思い、場にあっていない事を言ってしまった。
「またの」
ドリスは以外にも返事を返してきた。赤い肌に銀髪金眼に黒い歯は、私にとっては慣れない見た目だが、それを除いてみると見た目相応の少女そのままに一瞬見えた気がした。
―――
聖王国のいつもの宿で一泊した次の日、私達の元にブランがやって来た。
「聖王国は変わり無いね。もう少し食料の供給が安定すれば、独自の食文化が生まれるかもね」
ブランは街の飲食店や商店を観察してそんな独り言を言っていた。
「伝えた通り練国までの門を借りたい」
「僕は別にいいけど、現地人に見せてしまってもいいの?」
「聖王国の義枝器の包囲網を抜けるような奴だ。上級術も既に知っている。問題ないだろう」
モリビトは基本的に干渉する国に自身の存在は隠している。しかし、その存在を知る者もおり、それぞれにルール付けをして振る舞いを変えているようだ。
転移の場所は白樹が必要という事で教会からと決まっていた。途中でバイスが合流してきた。近くにドリスが居る感じは無いが、ヤマビトならどうとでもして付いて来るだろうという事で、一旦は気にしない事にした。
教会の懺悔ボックスのような扉を越えて地下にある白樹の部屋へと至る。
「こんなもん隠してやがったのか」
バイスの感想はそれだけで、特に驚きも無かった。
ブランによってあっさりと転移ゲートが展開されると全く違う空気の場所へと転移した。
ねっとりとした湿度に植物の匂いの強い空気を感じる。転移場所自体は聖王国に来たときと同じような、少し広めの小屋だった。
「もう着いたのか? 転移術はすげえな」
バイスはそう言って小屋をスタスタと出て行った。私も空気の違いと好奇心からバイスの後を何となく追った。
外には緑の敷石の街道が真っ直ぐに伸びており、周囲は背の高い草が茂っていた。
街道は何かの一団なのか、人が列を無して歩いていた。聖王国の人と人種は大して違わないが、皆目立つ武器と思われ物を持っていた。
私の後ろから足音がして振り返るとブランとシルバだった。
「ここが練国だよ。気を付けてね。自分の身は自分で守るのが当たり前の国だからね」




