無料では終われない5
ビシムの部屋に入ったのがそろそろ夕刻という時間だったが、今は朝、いやもう昼なのか。
結論から言うと私は自身の肉欲をしっかりと満たしてしまった。自分の中にこれ程の欲求が眠っていた事に驚きだ。
今はビシムの部屋の風呂を借りて肩まで湯に浸かっている。この浴槽は部屋の真ん中にあり何の目隠しも無い。しかも窓にはカーテンも無いから外から丸見えだ。まあ、窓の外には空と法国の巨大白樹の枝で作られた白い大地しかないのだが。
こんな状況に羞恥心を感じない程に昨日は乱れたのだ。
そうなった原因の、いや、これは結局私が求めた事でもあるので理由の、ビシムは何か壁に投影したデータのような物を真剣に見ている。ただし全裸だ。
ビシムはプライベートな生活圏では大体全裸なのだそうだ。故に私は普段ビシムの部屋には来ないし近付かない。日常的に人の裸を見たくないという、私が築いてきた常識を守る為だったが、今となっては拘っていた理由も曖昧だ。
ビシムは同性の私から控えめ見ても見目麗しい。私より背は低いはずなのに、今見えているビシムの後ろ姿は私より大きく感じる。それくらい存在感のある姿なのだ。
まあ、そんなビシムと初めてを致した訳だが、まさか最初が異世界で異種族の同性とは思ってもみなかった。
ビシムの生殖に関する取り組みが人生掛けているという事が今回致して分かった。
生殖の研究をしていると聞いて、正直なところ私はそれを下に見ていた。何をどう技術体系化しようとも、結局は見た目に左右されるだけの事で、そこに発見や革新は無いと思っていたのだ。
何かあったとして、それはマッサージに類するものだろうからと、私はビシムと触れ合う事を許可した。
しかし、人同士の皮膚接触というものを私は侮っていたのだ。指の絡みから始まったそれは多くの情報交換があった。私の内なる欲とビシムからの感情は会話以上に伝わったのだ。事が始まってから今浴槽に浸かる直前までビシムと言葉での意思疎通は一切していない。故にビシムが積み上げたこの肉体言語とも呼べる行為の凄さを実感した。
私が直接的な性刺激を求めるに大した時間は必要なかったし、ビシムは直ぐに応じてくれた。
何度か目の絶頂で熱とこもった二人の匂いで、まだ布の中に居た事を思いだして、涼を求めて布から脱すると外は夜だった。
熱った体に部屋の空気は心地良く、薄明かりの中に光るビシムの瞳を見たときに、新たな情報が伝わった。
ビシムもまた私を求めている。だが、私はこんな経験はした事がないし、どうしていいのか分からないと思ったが、ビシムの股を割っている私の膝から、この先どうしていいのかが直ぐに分かったのだ。
私に経験の無い事が直ぐに伝わる。これを実感してビシムの研究しているという生殖とそれに至るまでの過程の深さという物を理解した。そうして二人の唇は既に触れていた。
その後は、会話とは呼べない声を上げる事も憚る事無く行為を続けて今に至る。
正直なところビシムは私とこの先の生殖をスムーズにする為に策を施したのだろうと思う。そう思って、これは打算的な事で決して他意は無いとしようとしても、昨日の体同士で交換した情報の真摯さに困惑している。
どうせなら精神操作術が私に施されている方がまだシンプルだった。生命樹を認識するようになって術の有無は完全に分かるようになった手前、昨日の事に術が一切無かったのは明白だ。
「ユズよ。精神の病の傾向はまるで無いぞ。良かったな」
そう言えばそんな名目で始めた事だった。
「まあ、そうなんじゃない。私にとっては普通の状態だし」
そう言いながら私は普通の状態では無かった。平静を装うに必死で、強張った顔を誤魔化す為にすぐに湯で顔を洗う動きをしていた。
――
シルバに呼び出されたのは遅めのランチを食べた後くらいだった。
そう言えばすっかり忘れていたが、シルバは精神的に辛い事実を知ったばかりだった。そんなときに私は何をやっていたのかと一瞬思ったが、シルバがまあ元気そうな感じだったので、お互いに時間を空けて良かったと思う事にした。
「聖王国のバイスより連絡がきた。どうやら別の国に移りたいとの事だ」
私達の都合で冒険者組合をやる事になったバイスとは連絡がとれるようにとシルバが通信用の術具を渡したのだ。
「出来たばかりの冒険者組合はバイス無しで問題無いの?」
ビシムの予知に出た事項については出来る限り現状維持しようという事は既に話し合って決めている。
「聖王国内では冒険者に大した事は出来ないだろうから、管理運営は今の人員と規模で問題無いそうだ。それよりも外の国にも広げる方が重要だと言っていたな」
バイスの事だから、また何か企んでいるのだろうが人を使うの上手いので、その辺りは任せて大丈夫だと思っている。
「行き先はどこか決まっているの?」
「聖王国から比較的近い小国群の中ならどこでもいいそうだ。ブランの言う欲国を名乗る者達が集まる場所からも遠くは無いので、都合としてはよいな」
地理的な事を言われてもよくは分からないが、次の目標である資本主義国家の樹立に繋がりそうなら渡りに舟だ。
「私達の要件に合っているのはいいとして、なんで急に外国に行くなんて言いだしたんだろうね」
「それについてはあのヤマビトが関係しているようだ。詳しい話は現地でとの事だ」
「そうなると、またシルバとユズが行かねばならんという訳だな? ではビシムはユズの新しい防具を仕立ておこう」
そう言うとビシムはまたねみたいなハンドサインをしてからシルバの部屋を出て行ってしまった。
「ユズはまた聖王国行きになるがよいのか?」
正直なところビシムとどんな感じで顔を合わせていけばいいのか迷っているので、この外出は正直ありがたい。
「いいよ。新しい予知に繋がりそうな事だし、丁度いいんじゃないかな」
―――
一度行ってちゃんと戻ってきた実績のある国なので、法国の外出審査は更に簡素で数分で完了した。ビシムの防具も基本的には前と同じ物なので製造は直ぐだったが、何故かデザインが微妙に変わっていた。
転移先も優遇されており、王都近くにある教会の白樹が使用可能となった。
まだ離れて数日しか経過していないので聖王国には特に変化は無い。
ドリスがやってきて暴れた広場は石畳がめちゃくちゃに壊れており、まだ修復がされていない。
バイスから指定のあった場所は冒険者組員事務所ではなくて、以前に話し合いをした地下の隠れ家みたいな場所だった。
積まれた荷物の裏に用意されたスペースは狭いが、何故か埃っぽさは無く掃除はきちんとされていた。
木箱に座ったバイスはいつも通り真っ黒な格好にヘルメットも被っている状態だが、どこか焦っているような雰囲気を感じた。
「直接したい話とは何なのだ?」
バイスからそうとだけ言われている。ドリスはこの場に居ないようだ。
「まずい事になった。あのヤマビトなんだが、やっぱり消してくれねえか?」
バイスは唐突にドリスの殺害依頼を切り出してきた。
「それは難しい相談なんじゃなかろうか」
そう地面から聞こえるとドリスが物体を透過するようにスッと生えてきた。




