無料では終われない4
シルバには時間があった方がいいだろうという事で、一旦ビシムの部屋に行く事にした。
ビシムには言っていないし説明もする気は無いが、彼女にはマッドサイエンティストの気がある。部屋の中央には美しい浴槽があり、その隣には天井から床まで伸びた触手の集合体のような柱が怪しく蠢いている。部屋の中はカオスと言う以外に表現出来ない。
「ビシムはシルバと知り合ってから長いの?」
「先知のシルバの名はビシムが誰かの名を認識するようになった頃には有名だったな。初めてシルバと会ったのは確か子種を貰いに行ったときだったな」
ビシムは昔から変わっていないようだ。
「その初対面はどうかと思うけど、そんなお願いシルバが聞いてくれたの?」
「老成するモリビトは優秀なのだ。しかも世に名を響かせる者なのだから、強い因子を残せる可能性が高い。ビシムの理論は合理的だったがシルバには断られた」
シルバは断る、なんとなくそうだろうなと思った。
「シルバはその合理をどうやって説き伏せたの?」
「既にシルバには子がおり、その者はビシムより年上だった。シルバは自身の子の因子を調べれば、何が残されていくのか分かるだろうと言って実子の住む場所を教えてくれたのだ」
シルバに子供が居る。それは私にとってどうやら以外だったらしい。
見た目から考えれば孫が居たっておかしくは無い筈だが、どういう訳か私はシルバは未婚だと思い込んでいた。
「えっ!?シルバの子供って今はどこにいるの?」
「さあ? ビシムが昔会った頃は外界に居たが今どこに居るのかは把握していないぞ。人は近親者と固まって暮らす傾向が強いようだが、モリビトは血縁にある者で同じ場所に暮らす事はほぼ無い。これは種族や文化の違いだな」
思わずシルバの子供の居場所を聞いたのは、所在が知りたかった訳では無く、何故シルバはこの事を私に話していなかったのだろうという意味不明な思考から来ていると直ぐに気が付いてしまい、なんだか恥ずかしくなってしまった。
「へえー、そうなんだー」
「そうなのだ。そしてシルバの子だが身体的な特性は引き継がれていたが、生命樹としてはまるで別系統だった。生命樹の特性は容易に系統が定まる事は無い。生命樹学の基礎だろうと諭されたものだ。あの頃のビシムはまだ未熟だったからな」
シルバに子供が居るのだから妻となった人も居る。気になり過ぎるが、ビシムに聞くのはルール違反な気がする。それにモリビトには婚姻関係というものが無い気がする。
「この感じだと違うと思うけど、ビシムにも子供がいたりする?」
「ビシムにはまだいない」
そう言ったビシムは少し真剣な表情をした。
「そうか、そうだよね。ちなみに私もいないよ」
「何も分からず色々と調べてしまった時の情報があるのでそれは知っている」
私の色々な情報はアダマス経由でモニターされ続けていたのだが、シルバ、ビシム、ブランと親しくなる中でプライバシー的な概念の話が出て、そうして今は私の情報は私だけが扱えるようになったのだ。
当然ながら、ビシムに色々と検査を依頼するときはビシムには必要な情報を公開している。
私から調べられた情報は非常に細かく、子供の頃の骨折から歯の治療履歴に生理周期なども完全なものだった。これを知られるのは流石に恥ずかしいというのが私の意見で簡単に聞き入れてもらった。
「聖王国帰りは色々調べてもらったけど、特に病気とか無かったんでしょ?」
私の問いにビシムの表情が更に真剣になった。
「全く問題無い。ただビシムは一つユズに問いたい」
「え何? 」
「ユズは何故に性衝動や肉欲を我慢するのだ?」
また妙な質問が来た。別に我慢している訳では無く普通に暮らしているだけなのだ。いや、私の普通からしたら今は普通では無いので、異世界の日々にただなんとなく後回しにしているだけなのだ。
「別に我慢してはいないよ。ただ、他にやる事が色々あって、そんな事してる場合じゃないって感じかな」
実際に世界が闇に沈むという予知を変えるという、かなり強大なミッションがある。
「誤解の無いように予め言うが、ユズのそういった身体情報を調べた訳ではないのだ。ただ、ビシムの経験から言うとユズは性的欲求を抑圧している。ビシムはユズが聖王国に行って発散してくるのだと思っていた。人は人同士で金銭を対価に性欲を解放する文化があるので、ユズもそうなのだろうと思っていたが違った」
そんな風に思われていたとは。確かに性風俗文化は聖王国にもあったけれど、私が使おうとは微塵も考え無かった。
「いや、そんな深刻な事じゃないから。あっちの世界でも仕事が忙しくてそれどころじゃない事あったし」
「ユズ自身に性欲の抑圧に慣れているという事か? モリビトには性欲が希薄になる精神性の病がある。文明界にも似た症例があるから、ユズもそうなのではと考えていたのだ。これは一つ検査と改善施術をさせてもらえないだろうか? 何、基本的な事はビシムがユズに触れる事なく終わる」
ビシムの真剣さはこの懸念から来ていたのか。まあ別にしてもいいとは思う。どうせ私の性質だし、ビシムが安心するなら有りではある。
「まあ、何もないと思うけど、健康診断くらいはしておいて損は無いかな」
―
全裸仰向けでビシムの部屋の柔らかい寝台の上に寝ている。厳密には全裸では無い。薄い絹のような質感の布が私をすっぽりと覆っている。布は羽のように軽いのに光を一切透さなく、私の視界は闇そのものだ。全く息苦しさもない。
(ではまず布の感触に集中して)
ビシムの声で指示がくる。布の感触はまあ絹のようなのでスベスベして気持ちいい。
ちなみにビシムの指示に従うだけで、私が出来たかどうか何をしたか、何もしなかったか答えなくていい仕組みだそうだ。
(両掌を合わせて組み感触を確かめて)
事前の説明で皮膚感覚の認識が重要と言われている。手を祈るように組んでもやや乾燥した自分の掌の感覚しかない。熱くも寒くも無いので汗もかいていない。
(手で自分の体の感触を確かて)
どことは言われなかったので、太腿やお腹辺りを触った。こちらに来てから全く体型は変わっていない。やや太り始めて若干の焦りと、どうにかなるかという思いがいったり来たりする。
(手で全身の皮膚全てを触っていって)
難しい事を言う。足先から触っていく。手で輪を作り触るのが効率的だと思いフットマッサージのように触る。膝をこえて腿に入る。
そう言えば性欲どうこうという話だったので、実はその気になっているのではと思い股の奥からお腹にかけて触るが特に変わり無い。トイレで触れるそんな感覚だ。脇腹から胸にかけて登り、首、両腕、そして顎から頭の先まで触り終わった。背中は届かないので触っていない。
(一番触る時間の短かったところを考えて)
そう言えば脇はくすぐったいのであまり触らなかった。
(触る時間の短かった場所を触って)
触る。脇から胸にかけてが得にくすぐったい。
(まだ触って)
触っているとくすぐったい箇所が変わる事が分かった。脇腹や胸にポイントが変わるのでそれを追いかけた。
「基本的な検査はこれで終わり。続きを希望するならビシムの手を取って」
寝台の片側が沈むビシムが近くに来た事が分かった。布の中にビシムの手が入ってくる。
私は正直この先何を調べるのか興味が出ていた。
ビシムの手があるであろう場所を探りビシムの指に触れた。それは少し冷たくしっとりと柔らかな手だった。




