無料では終われない3
「欲国? そんな国があったか?」
「確かに領土を持つ国ではないね。呼び名も彼等の自称だ。しかし、王を頂きに国の形を成していると僕は思っているけどね」
欲国という名を名乗る国があれば確かにそれは異様だろう。あまりにも邪悪、いやあまりにも包み隠さないという意味で周辺への印象は最悪だろう。
「何を目的に欲国は王を持ち集団を成しているのだ?」
「ただ利を得るためにあるのだそうだよ。特定の期間で利を国に一番譲渡した者が王になるんだってさ。金で王の座を買う国、それが欲国の誇りと言うのだから、なかなか面白い集団だよね」
なかなかに尖った集団だが、これが未来のビシムが言う資本主義の国なのかもしれない。だとしたら既にその国はある事になる。だが、今のままでは予知の要件を満たしていないのだろう。
「文明界ではどうなれば国として認められるのかな?」
「それはそこに住む人々の認識によるけれど、領土を持ちそれを周辺国が認めている必要はあるんじゃないかな」
「その欲国を資本主義とやらの国にするつもりなのか?」
緑の飲み物を飲み終わったシルバが聞いてくる。
「私の認識では、その欲国が国と認知されれば資本主義の国の樹立というのは達成していると思うんだよ」
「資本主義が何なのか我々には理解出来ない。ユズがそう認識するのなら、やってみる価値はあるだろう」
「また外に行ってしまうのか? 今回はシルバだけでもいいのではないか? ユズに外は危険過ぎるだろう」
ビシムが横の席からこちらに密着してきてシルバの方を睨んでいる。
「それは無理じゃないかな。人の文化に根差した感情の機微はモリビトには理解出来ないよ。長く外に関わる僕が言うのだから間違いない」
ビシムの為に真っ赤なラーメンを運んで来たブランがサッと助言を入れた。
「でも、聖王国を維持しているのはモリビトなんじゃないの?」
「維持していると言っても聖王国が他国からの干渉を受けないようにしているだけだからね。法国の義枝器、つまり樹人という仕組みは聖王国の人々からの要請から生まれたんだよ。モリビトだけの判断では何も干渉する必要は無いという認識たがらね。人の国は人が動かすものだ」
そうなると現地に詳しい人が居なくては話にならないという事になる。私は人かもしれないが、次世界人らしいし、何よりこの世界の国の事は何も知らないに等しいのだ。
「現地の人を協力者にしないと話にならないって事か。ブランは欲国に知り合いが居るって事なんだよね?」
「僕は料理の反応にしか興味がないから知り合いと呼べる関係性を外には持っていないよ。ただ、欲国の人達は僕の料理が利になると考えているようだから、向こうからは興味を持たれているだろうね。よく所在を探られるけどまだ見つけられた事は無いね」
ブランは人知れず料理のレシピを伝播させているようだ。確かに聖王国の肉料理もシレッと大衆文化になっていた。
「そうなると現地の人と知り合う事から始めないとだよね。うーん、知り合いか……」
そう考えて浮かぶ顔は2人しか居ない。バイスとドリスだ。
ドリスはヤマビトなので一旦置いておいてバイスはかなりの人脈を持っていそうだ。ただ、素直に協力してくれるタイプでは無い。それに私達はバイスのヘイトを大分買っている気がする。
「そんなに焦らなくてもよくは無いか。それにビシムも調べて分かった事がある。この後説明しよう」
ビシムが調べている事、それは世界を闇にしてしまう首謀者が法国に居るのでは、という仮説を調査する事だ。今、この場では出来ない話ではある。
残り時間があるの無いのか、それすらも分からない状況だ。しかし、一つ進んだ事に違いは無い。ビシムの言う焦りというのは確かに判断を違えるかもしれない。まだ、ゆっくり食事する時間はあるだろう。
――
ブランのレストランから戻ってきた私達は、雲外鏡のある部屋に集まっていた。壁には私の追加装甲が十字の窪みに埋めらておりメンテナンス的な事をされている。アダマスが遠隔操作しているのか分からないが、追加装甲から私に対しての視線を感じるような気がする。
「それで何か分かったのか?」
「新たな事は何も分かっていないが情報の整理が出来たので説明しておく」
「よろしく」
私の言葉にニコリとしたビシムは壁に映像を投影させた。
「まず確認だが、闇に没する事を望む者は、シルバの未来予知で事が知れるのを避ける為に、大綱から予知の研究を外したと仮定していたが、どうやらこれは間違いないようだ」
これを聞いたシルバの表情は複雑だ。怒りとも悲しみとも取れる気配を感じる。
「何を根拠にそう言えるのだ?」
「予知が大綱から外れたのは50年前だが、それまでは各研究の成果確認の為に定期予知がなされていたな?」
「そうだ。あまり予知を行うと未来の改変率が高くなるので期間と回数を絞っていたのだ」
「大綱による取り消し審議の期間中に最後の予知となる予定は取り消されたな?」
「それは既に取り消しは確定的で、既に出ている影響も考えての中止だっただろう」
「未来視によって絶望した自死者が過去最多となっているだったな? だが、ビシムの調べによればその時に実際に増えた墓の数は過去水準から変化は無かったぞ。つまり情報自体が捏造という事だ。墓を数えるモリビトなどいないからな。皆、全知球の情報を疑いはしないだろう」
「虚偽が全知球に刻まれているというのか?」
「全知球は全てを記す。そこには真も偽も記されているだろう。それはモリビトの理だろう。続けるぞ?」
「……」
「最後の予知が成されていれば、世界が闇に没する事は法国全土に知れてした。つまり首謀者は焦っていたのだ。それ故に情報隠蔽も不十分だった。後、推測ではあるが首謀者自身も闇に没する時期の特定が出来ていなかったのでは無いだろうか。だから無理をした。それに確定では無いから予知自体は無忘球に送らなかった。首謀者も本当に闇が来る時期を知りたかったのかもしれない」
「予知が多くのモリビトの生命を奪ったというのは虚偽か?」
「そうだ。予知に絶望して死んだモリビトは居たかもしれないが、それはモリビトが過去から抱えてきた絶望となんら変わりは無かったという事だ。ビシムの調べは以上だ。無忘球の場所はまだ分かっていない」
私に挟める言葉は無かった。ビシムはシルバがどう思うか分かった上で語り、シルバはただそれを静かに聞いたのだ。
「少し考えたい事がある。先に休ませてもらう」
そう言ってシルバは上の階へと行ってしまった。
「先知のシルバと言えば、法国の外にまで知れる偉大な名だった。専門分野は違えどビシムにも多少の憧れはあったものだ」
ビシムは懐かしそうに語った。
「シルバにとってはいい話だったのかな。そうあってほしいよ」
「それはシルバが決める事だが、ビシムもユズと同じように思う」
世界を闇に沈める行為が首謀者に何を齎すのか分からない。しかし、この首謀者からは何か強烈な悪意のような物を感じる。




