無料では終われない1
聖王国で冒険者業を始めるという目的は果たしたと思う。
バイスは冒険者の地盤を既に持っていたので、それを上手く利用させてもらった形だが、それでも冒険者という職は生まれた。
私とシルバは一旦法国に戻る事にした。というのも私の追加装甲を脱ぐには法国でビシムに依頼しないといけないのだ。
万が一の事があれば使うという約束で用意してもらった追加装甲だが、あっさりと使ってしまったのだ。
必要に駆られて使ったの事実だが、他に解決方法があったかもしれない。
ビシムに怒られるという予感はある。ビシムの想定では聖王国で追加装甲が使用される事態は起きないという事だった。
しかし、聖王国以外からの越境者が介在していた事実もある。モリビトと同格のヤマビトも居たのだから、これは正当な判断だったかもしれない。
法国に入るのは驚く程簡単だった。私の姿は全然別物なのに普通に許可されたのだ。ただし、サイズが完全に巨人なので転移でさっと移動という訳にはいかない。私自身に今は飛行機能があるので飛んで帰るという事も出来るが、そんな事が許可される訳も無く、法国でよく見る飛行可能の乗り物に吊られる形で帰って来た。
見慣れたシルバのビルとブランのレストランがくっついた浮遊樹は特に変わりない。ただ、シルバビルの裏手に私を搬入するための大きな開口部が用意されていた。1階から4階までぶち抜きの部屋があるので、そこに巨人化した私を収める構成のようだ。
開口部のある庭に笑顔のビシムが待っていた。薄紫の髪に褐色の肌、いつも際どい格好をしている。本日は胸元は割と隠れているが、下半身は鋭角の白レオタードのような物を履いている。
私はビシムの指示に従い開口部を抜けてメンテナンスハッチみたいな部屋に案内された。そこで壁に用意された十字架型の窪みに収まると、がっちりと拘束された。
ビシムは横のパネルのような物で何か操作を行っている。
待っているといきなり巨人視点や感覚が解除された。薄ーい緑の灯りの中をゆっくりと下に降りている感じがする。体の周りには水気の無いゼリーみたいな物がまとわりついている気がする。
暫くすると足が外に出た感覚がありそのままスルスル降下すると目の前に笑顔のビシムが現れた。
私は巨人の又から排泄される感じで外に出たようだ。視界が薄緑なのは、私がゼリー寄せのようにゲル状の何かの中に包まれているからのようだ。
周りのゼリーのせいで一切の動きが封じられている事に気がついた。それでも立った状態で動いているのはゼリーが足代わりに勝手に動作しているからだ。
そのまま寝台のようなところに寝かされると、ビシムがいつぞやに使用した触手の塊のような術具を展開した。
――
私は念入りにそれはもうたっぷりと色々な検査をされた。ビシム曰く外部から戻った異邦人は何か問題になる物を持ち込んでいないか、詳しく調べる必要があるそうだ。
そう言えばこっちに来た最初もシルバビルから出るには期間が必要だったのを思いだした。
後は単純にビシムは私の事を心配していたようだ。聖王国での生活を事細かに問診されたのはそのせいのようだ。
「しかし、追加装甲が転送されたときは慌てたぞ」
ビシムはまだわかり易くプンスコと怒っている。
「いやそれは人命救助の必要があったので」
「ビシムと約束した事にそんな要項は無かったぞ」
「それは、その、すいません」
私が謝罪するとビシムのムッとした表情がニッと笑った顔に変わった。
「まあ、ヤマビトが出て来たのは計算外だったな。まずはユズが無事で何よりだ。それにアダマスと追加装甲も面白い事になったな」
「私の意思に応じて変わるって聞いていたけど、まさかここまで大きくなるとは」
「この大きさを維持するには最適な構成になっているな。だがビシムが興味を持ったのはアダマスにも変化があった事だ」
アダマスが大分賢くなっていたのは事実だが、そう言えば巨人形態のときは会話していない気がする。というか巨人のときは意思がそのまま操作に反映されていたので会話の必要が無かった。
「巨人みたいになっても操作には全然困らなかった。これはアダマスが変化したから?」
「そうだな。アダマスはユズの精神を模倣しながら様々な補助を行う。その為に学習をしているというのは前に説明した通りだが、今回は追加装甲の構成という事でアダマスは複雑な思考処理を必要とする過度な学習に晒されたのだ」
「何か不味い事になっているって事?」
「いや、逆に過負荷の中で複雑な構造を獲得して独自の精神活動に近い思考を持つようになった」
「自我が目覚めちゃったやつ?」
「義枝器は生命樹の枝と近い活動をするが、精神体として生命樹にはなり得ない。しかし、ユズのアダマスは複雑な思考による成果を求められる余り、生命樹の光輪部分まで模倣するようになったようだ。これは義枝器としては無駄な機能だが、生命樹を持つ生命体と意識疎通するには合理的な機能だろう。自我は無いが、我々からすれば自我があると錯覚するだろうな」
私は自分の胸元にある赤い石であるアダマスを見て複雑な気持ちになった。
アダマスが擬似的自我を持って良かったのか悪かったのか、私には分からないからだ。
「ユズの生命活動を護るのがアダマスの役目です。それは変わりません」
私の声で私とは違うイントネーションで巨人が言葉を発した。
「こんなに気が使える娘なら私は大助かりだね」
「精神体としての冴えや閃きすら感じるな。今後の義枝器の可能性としては革新的な一歩かもしれない」
ビシムは思案している。そこに小さな不安を感じる。私は新たに生まれた生命のようにアダマスを思ったが、ビシムにとっては研究対象なのかもしれない。
「ビシム、この巨人体はこの後どうする? 良ければアダマスの体にしてあげられないかな」
「機能としては高いが、追加装甲としての汎用性は
失うぞ」
「私の居た世界には姿を得る事で精神性を発揮するという考え方があるんだよ。誰かから使われる存在が自身で自由に出来る領域を得て生命となる。だからアダマスの居場所にはいいかなと思って」
「確証の無い考えではあるが、確かに法国外で樹人として振る舞う義枝器には特異な機能が備わる事がある。ユズがよいならばこのまま残してよいが、追加装甲としての取り回しが今のままでは良くないのでアダマスの思考と協議しながら多少は機能をいじるがよいか?」
「それはお任せします。というかお願いします」
「そうか、それでは直ぐにに取り掛かるとしよう。ああ、ついでにシルバが予知に変化があるか確認すると言っていたぞ」
予知の変化、確かにそれはあるかもしれない。私とシルバは冒険者業を聖王国で起こした。
そうなった場合、あの予知はどうなるのだろうか。
世界はこのままでは4年弱の未来には闇に没する事になっている。私達はそれに抗う為に行動しているのだ。
巨人の奥にある巨人より大きな未来を視る樹、ここは元々はその為の部屋だった。
未来視の樹、雲外鏡はそね幹に巨大な水晶球を貯えている。水晶球から虹色の光が漏れて、部屋全体が鼓動しているように錯覚する。
部屋の奥から真っ白で長い髭の老人が現れた。聖王国で見ていたシルバとここでのシルバは何か少し違う気がする。
「用意が出来たぞ。次の未来を覗くとしよう」