世界の終わりより20
「もう一度問う。真に欲する物は何だ?ドリスよ」
「………」
ドリスは答え無い。大きな目的を失った人の精神は限りなく零に近くなる。
「答えないというのであれば、我から確認させてもらおう。ユズ、バイスを連れてこれるか?」
シルバが私に手伝いを求めるような問いをしたので驚いた。シルバは個で完結している印象がある。誰かに聞く事はあるが、誰かに任せるような事はしないと思っていた。
「私の背中に居るけど、今は眠ってもらっているよ。起こすと暴れるか逃げると思うけど」
「では、拘束したまま起こしてくれ」
そう言われので、背中で繭みたいになっているバイスを下ろしてシルバの前に置いた。拘束を維持というなら、バイスはこのまま起こせばいいだろう。
私の意図が追加装甲に伝わったのか、バイスは直ぐに目を覚ました。そうして、この状況も三度目だが、またバイスは暴れ始めた。
「バイス。ここは安全だよ」
「てめえはデカくなったユズカか! 今直ぐ解放しろ!すぐそこにドリスが居るだろうが!」
ドリスもシルバに拘束されているので何も出来ない状態ではある。
「静かにしろ。これは貴様のためでもあるのだぞ」
「静かにさせてえなら口も塞げばいいだろうが。それともここから何とかしてくれるってのか?ならばやる事は分かるだろ?」
バイスが当初から言っていた事、つまりドリスの殺害をせよという事なのだろう。
「儂を殺すか? それも良いかもな」
殺伐とした空気が流れる。重い嫌な雰囲気だ。正直この場には居たくない。
「生き死にの話は我の説明の後でもいいだろう。時間も無駄なので手短に言う。まず、ヤマビトの至高とは大地の輪にあるのではないか?」
ちょいちょい出て来る何かの輪や結びという単語、これはバイスがドリスから盗んだ物が精神網を構成する何かなのもあって、ヤマビトの精神網の事なのだろうか。
「大地の輪という仕組みは至高のものよ。ただし、輪の中に全ての者が満足する訳ではない」
「ドリスは満足していない訳だな? 故に仕組みを作った訳か。そうしてそれが奪われた訳か。しかし、それならば解せぬ事がある。何故に盗めるような、ましてやヤマビト以外が使えるようにしたのだ?」
「ヤマビトの結びは既に洗練されきっておる。儂の求める物はそこでは作り得ない。故に大地の輪とは違う結びを求めたのじゃ」
洗練されたネットワークに飽きて、もっと荒くて新鮮な繋がりを求めたという事なのだろうか。
「バイスよ。ドリスを貴様の精神網に繋ぐのだ。改変権は不要だが、閲覧権は全て付与せよ」
「そんな事したらこいつに俺様の国が奪われちまうだろ」
「それは出来ぬはずだ。それに出来るならもうやっているだろう。創造主と言えども既に結びを得た輪を奪う事は出来ない。精神網とはそう言うものだ」
バイスは思案しているようだ。
「このまま居ても状況は変わらねえって事か? まあ、俺様も国の仕組みは理解している。確かに奪うのは無理だわな。いいだろう。ジジイの言う通りにしてやるよ」
そうして前に見たバイスの作る精神網の世界が展開される。
現実の地理情報が取り込まれた夢の中のような世界、それがバイスの精神網だ。
これはバイスが人を使う為に使用しており、今は冒険者組合の仕組みも組み込まれている。
遠隔地との情報連携が即座に可能で、しかも現実世界の視覚情報をそのまま取り込んでいるので、初めて使う人でも簡単に扱える。
精神網の視覚ではドリスとバイスに拘束は無い。自身の姿がアバターのように投影されているのだ。
そこで一つ気づいたが私の投影している像は何故か追加装甲が無く、しかも全裸の状態になっている。
「わっ!」
咄嗟に声を上げてその場座り込んだ。
「ここでの姿は直接の認識になるんだよ。お前、そんなデカい姿しといて全裸のつもりなのかよ」
まあ、確かに直前で認識した時は全裸搭乗してたかもだが、それにしても大きい姿になってもいいじゃないかと思う。
「どうだドリスよ。これはバイスが作り上げた精神世界だが、なかなか興味深くはないか?」
「ほう、ほうほうほう、………。結んでおる者の階層構造はどうなっておる」
「基本は俺様の権だが、信頼のおける奴には部分的な改変権を与えてある。ここは広い世界を繋いであるからな。現地に居る奴の情報が一番正確でいい」
ドリスはこの精神世界に来た途端、瞳に正気を取り戻していた。
「ここは! どこまで広げるつもりなのじゃ?」
「ここは俺様の国だ。現実にある世界は全部取り込むつもりだぜ。危険地帯だろうが、外界だろうが全部だ」
「ほう! 剛気じゃの。じゃが行ける人がおらねば世界は広がらんのう。どうするつもりじゃ?」
「そこはこいつらの冒険者とやらを利用させてもらう。特に外界のモノは需要があるからな。金欲しさに行く奴等もそこそこ居るはずだぜ」
「なるほど、バイスの考えはよう分かった。一旦実世界で話をするとしよう」
ドリスがそう言うと、視界がさっきの荒野に戻った。皆を見下ろす視界なので私の追加装甲はそのままだ。というか、法国に戻るまで脱げないのだった。
「ドリスよ。我の言葉は届いたか。いや、言葉は必要なかったな。見た物が全てだ」
「モリビトのシルバ、主の言葉は届いた。これは儂の想定する世界では無かった。そう、儂の予想を超えた世界の広がりがあった。求るを超えるとは儂の輪の種は良き地に芽吹いたものじゃな」
ドリスは晴れやかな顔をしていた。
「おい、俺様の国はこのままでいいって事だよな。なら早く離しやがれ」
私がシルバの方を見ると頷くのが見えた。
バイスに絡まっていた白樹を解除すると、バイスは急に動き出した。
あまりにも素早い動きでドリスに接近する。そうして気が付いたときにはドリスの喉元に分厚い短剣が刺さっていた。
そんな惨事が起こったてもシルバは眉一つ動かさない。それどころか刺されたドリスも一瞬きだけしてバイスを見ている。
「ヤマビトの事を良く知らぬようじゃの。儂の玉肌は文明界の刃では傷は付かぬぞ。安物であれば刃こぼれが心配じゃの」
そうドリスが言い終わると、シルバはドリスの縛を解いた。
「どうなってやがる!」
「儂もバイスを追い回した訳じゃから、これくらいの事はされても仕方無いとは思うとる。これから長い付き合いになるのじゃ。互いをよく知っておいた方がいいじゃろ?」
バイスが短剣を引くとポロっと破片が落ちた。本当に刃こぼれしていた。
「俺様は誰の指図も受けねえぞ!」
「儂は口出しするつもりは無いので安心してよいぞ。お主の国はこれからじっくりと見せてもらうがの」
どうやらドリスはバイスに付いて回るつもりのようだ。期間は恐らく一生だろう。
「これで全ての問題は解決したな」
「おい!ジジイ。このヤマビトをなんとかしろ!」
「既に説得したでは無いか。敵対関係は解消された。何の問題もない。それに貴様が自ら手を下すという選択もさせてやったではないか」
「ジジイ!知ってやがったな!」
「ヤマビトの生命を狙うという言葉は、人生の無駄という意味だからな。一つ賢くなったな」
そう言ってシルバは髭の奥にある口元を釣り上げてニッと笑った。




