世界の終わりより15
やってみろと言われて出来る経験値は無いが、任意に実行出来る攻撃手段は用意してある。
ただ、それがあの動く岩肌に通用するかは、やってみないと分からないのだ。
この攻撃をビシムに相談したとき、大抵の動物には通用するだろうとの事だった。
私の知っている物理現象が通用する世界であれば、私の想定している攻撃は結構強いのだ。
技術もそれ程必要無く力も不要な上に、恐らく子供でも扱える強さがある攻撃なのだが、あれに通用するかは未知数だ。
あれと呼んでいるのは洞窟蜥蜴なのだが、見れば見るほどトカゲではな無い。
滑らかな岩壁に擬態しており、動いていなければ居るとは気が付かないだろう。
平べったく長い体はには6本の足が生えている。足と体の接合部にモモンガのような皮膜があり、みっちりて岩壁に張り付いているのだ。
アリクイのような長い顔なのか尻尾なのかが前後に伸びているが、目や口のような器官は見られない。ただ先端は指を曲げたVサインのような形状になっていて、その又の部分から青い触覚のようなものが伸びて、周囲を認識しているようだった。
私達の存在が洞窟蜥蜴に気付かれているという事はなんとなく分かる。こちらへの距離を詰めてきているのだから、向こうもやる気なのだろう。
私はこれ以上は洞窟蜥蜴に近づきたく無い。どんな生態でどんな防御、または攻撃をするのか分からないから距離を取って先制するつもりなのだ。
私の用意した攻撃は射程が10m程なのだ。近い方が命中精度が上がるが、相手に接近されてオートガードが発動すると使えないので、間合いの取り方が重要なのだ。
にじり寄ってくる洞窟蜥蜴が私の射程に入った瞬間に私は攻撃を放った。
プシュという音と共に私の手甲からは紐の付いた小さな矢が発射された。射出された矢は洞窟蜥蜴の硬そうな背中に浅く刺さった。
次の仕掛けを起動すると、バチっという音と共に洞窟蜥蜴が大きくのけぞった。
洞窟蜥蜴が粘液を撒き散らしながらのたうち回る。見えていなかった裏面は吸盤状の触手がびっしりで、恐らくヒトデのような構造なのだろう。裏目全部が口であり足という中々に恐ろしい構造だ。
組み付かれでもしたらかなり不味いだろう。毒などもあるかもしれない。
暫くのたうち回った洞窟蜥蜴は動かなくなっていた。
私が想定した武器はテーザーガンだ。遠距離攻撃可能なスタンガンと言ってもいいだろう。
電撃系の武器は護身用のイメージが強いが、致死に至る武器でもあるのだ。特に心臓などの重要器官に電撃が長時間当たった場合は死に至る。
私の武器は致死設定が可能になっている。何故ならば一度命中した矢を動かす事が出来るので、電撃による麻痺で相手の動きを封じた上で、より効果的な位置への移動がされるのだ。そうして、相手の生命活動をモニターしながら攻撃を継続する。
洞窟蜥蜴には電撃が通用し、かつ中枢器官と呼べる物があったので、今回の攻撃は成功した。
私が攻撃手段に確実性のある致死を求めた理由は、単に怯えているのだ。基本的に生命の取り合いなんてものは避けるが、そうでは無いとき、取り合うしか無い場合は、私は確実に取るつもりなのだ。そうしなければ失われる。私が失われるくらいなら私は取りにいくのだ。
借り物だろうとなんだろうと、使える力があるならば確実に私の手でやり切る。
「おい!何で俺様をやった方法でやらねえんだ?その方が早くて確実だろうが」
確かにそうだが、あれは私がコントロール出来る方法では無いし、カウンター限定というか、とにかく今回には向いていないのだ。
バイスがこう言っているという事は、バイスは私から受けた攻撃の手段を知りたいのだろう。
正直、このカウンターがいつ何によって発生しているのかはビシムしか知らない。恐らくバイスがこの攻撃の正体を知る事は無いだろう。
「やり方に指定が無かったので費用の安い方でやったんですけど何か問題ありました」
折角なのでバイスが混乱するような事を言っておこう。
「俺様をやった方法は金貨でも飛んでいくってのか? 大体、さっきの術、いや術具か?あれも見た事のねえやつだ。何をやった?」
「それ、言わないと駄目なんですか?」
「当たり前だ。あれを解体するすは別なんだ。毒を使ったんだとしたら、それを知った上で解体する必要があるだろ。それともアレはお前がやってくれんのか?」
そんな事やりたくも無いし出来ない。専門の方にお任せしたい。
「分かりました。言いますよ。電気ですよ電気。ほら、雨雲の中でゴロゴロいって光るやつの弱ーいのを使ったんです」
「はあ? お前の何処に雨雲があるんだ? いい加減な事を言ってんじゃねえ」
「本当の事です。なんなら試しに当たってみます? どうなるか身を持って体感すれば分かりますよ」
バイスは私の言葉を聞いて少し身構えた。私が既にバイスにカウンター攻撃をしたという事実と、洞窟蜥蜴に対して実行された威力を目の当たりにしているからだろう。
「分かった。解体の奴には注意事項は無しでいいんだな。それに傷の無い獲物は歓迎だ。お前は一旦下がれ、次はジジイだ」
バイスはシルバの方を向いて次の指示をし始めた。シルバの手の内も知りたいのだろう。
「我は少し戻ったところにある別の穴の洞窟蜥蜴を狩ればよいのだな?」
「そうだ。俺様がいいと言うまでは動くなよ」
――
この迷宮を少し戻ると、バイスの知り合いらしき一団とすれ違った。
恐らくは解体屋さんだろうが、バイスはハンドサインだけで指示を出して、それで終わりだった。
バイスは例の精神網を使って指示も出しているのだろう。そうでなければあんなに都合良く入れ替わり立ち替わりで解体屋さんが来る事もない。
バイスの人使いがいいかどうかは不明だが、人を使うのが上手いとは思う。不公平な利益の分配も無いように感じる。実は冒険者組合の長としてバイスは適任なのかもしれない。
そんな事を考えながらバイスとシルバの後ろを付いて歩いていると、さっきの私と似たような状況になった。
今回の狩場は遮蔽物が多くて狙うのが難しいそうだが、確かに洞窟蜥蜴が居るのは分かる。
「我は動いてもよいのか?」
「いいぜ。狩りな」
その言葉と同時にシルバの杖が伸びる。バイスを拘束していたときも思ったが、あの杖の質量はどうなっているのかと思う。
普段はシルバの手から肘くらいまでの長さしかないが、拘束中はバイスをぐるぐる巻きにするほど長くなっている。しかも太さもそんなに変わらない。
シルバの杖は蛇のように地面を這って伸びる。洞窟蜥蜴の所まで最短距離で伸びた後、洞窟蜥蜴の体中央付近を針のように尖らせた先端で一突きした。
動いていた洞窟蜥蜴が一瞬で動きを止めた。
「は?」
バイスは少し驚いた様子だった。
「狩りは終わりだ。アレは少し運ぶか? あそこでは解体は難しいだろう」
「どうやって運ぶ?」
バイスの疑問にシルバの杖が答える。杖が洞窟蜥蜴の全身に巻きついて、そのまま少し浮かせるようにして運び始めた。
シルバの杖は洞窟蜥蜴に巻きついてそのまま足のような物を生やして運び始めた。まるで大量の小人が洞窟蜥蜴の下側に集まって運ぶような動きは不気味だった。
「どこまで運べばいい?」
バイスの動きは止まっていた。最初はシルバのとんでも輸送に驚いたのかと思っていたが、そうでは無い雰囲気ぐ出てきた。
バイスは何か別の事に気を取られていた。
「おい、急いで戻るぞ。ヤマビトが動き出したかもしれない」
バイスはそう言うと迷宮の出口に向かって走り始めた。




