世界の終わりより14
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このジジイと女は何を考えてやがるのか分からねえ。
冒険者をやるだ? 何を企んでいるのか知らねえが、これ以上俺様はこいつらの言いなりになる気はねぇ。
だが、そうは言ってもこのジジイには弱みを握られちまっている。
ムラっときてもどういう訳かやる気が出ずに勃ちもしねえ。寝て起きたら勃つんだから、こいつは精神系の何かをされちまっている。
解除方法は今のところジジイから渡される薬みたいなもんだが、これが何なのか見当もつかねえ。
それにあのジジイは相当に強い。奇襲だろうとあのジジイに勝てる可能性は無いとふんでる。
まあ、ドリスに当てるには丁度いい。ヤマビトをどうにか出来る奴なんざそうは居ないと思っていたが、俺様のツキもまだ捨てたもんじゃねえ。
それより不気味なのは女の方だ。こいつは普段は下人並の気配しか感じねえが、これに騙された。
ジジイのおまけでただの飾りかと思ったが、こいつには恐ろしい秘密があると見ている。
俺様の敵意に反応したときは、外界の化け物みたいな匂いがしやがった。
こいつは普段人の振りをしてはいるが、本当は怪物なんじゃないかと思っている。
勃たないと分かって頭にきて夜に報復に行ったときも、ジジイは隙の無い気配だったが女は何も警戒していなかった。
俺様はこの女を攫ってジジイと交渉するつもりだったが、部屋で眠るこの女を見て恐怖した。
匂いは不用心なただの女だが、見た目は人の形をしていなかった。
窓から入ってそれを一瞬見た後は何も覚えちゃいない。気付いたときはジジイに縛られていた。
最初につっかけたときもそうだった。何に何をされたのか分からねえ。そんな気持ち悪さが離れ無いのがこの女だ。
ジジイはこの女に多少の肩入れはあるようだ。それは匂いで分かる。
だが、この女の匂いは信用出来ない。ガキ臭い見た目だが育った女の匂いがするし、何より匂いと行動が一致しねえ。これが1番不味い。
冒険者の試験でこいつらの手の内を暴いてやる。
◆◇◇
バイスの試験を受ける事にした私達は獣車に乗って北にある岩山にやって来ていた。
ここから王都の小高い丘が見えるのでそれ程遠い場所では無い。行き先が危険地帯と言っていたので、こんなに近くにあって大丈夫なのかと思う。
岩山の麓には山に吸い込まれるような下る道があり、その先は不自然な材質の壁があった。地下に続くスロープなのかと思ったらかべになっているという妙な地形だった。
「着いたぞ。準備しろ」
バイスの言う準備が何なのかも分からないが、とりあえずは空の荷物袋を背負ってみた。
目的は洞窟蜥蜴という生き物の狩猟らしいから、洞窟に入りそうという事しか分かっていない。
「ここは何なのだ?」
シルバも聞いている事から意外と一般的では無いのかもしれない。
「ああ?知らねえのかよ。まあ、外の奴にはちょっと変わった場所かもな。いいか、ここは地下にある危険地帯だ。それ自体は珍しくねえが、この国じゃ何か這い出してきた日には死体の山が出来る。だからこうして封がしてあるんだよ。あの壁は王城に使われているよく分からねえがとにかく硬い素材で出来ているから、こんな穴ボコをこの国では迷宮なんて呼ぶのさ」
迷宮なんて、なんと冒険者にぴったりの場所なのだろうか。
「その話からするとここは国が管理しているのでは無いのか? 貴様にはここを自由にする権限があるのか?」
「この国の奴等は封をするしか出来ねぇが、越境者からすればいい狩場なんだよ。だからこの国では迷宮入りは越境者にだけ許可される。迷宮での狩猟果はこの国の権力者も欲しがる品だしな。そうやってこの国では越境者が甘い汁を吸ってきたんだが、今は俺様が吸ってるって訳よ」
バイスは迷宮の利権を持っているようだ。聖王国に来たのは1年前という事らしいから、相当な無茶をして手に入れたのだろうと予想出来る。
「じゃあ、洞窟蜥蜴の皮って献上品になるって事なんですか?」
「そうだ。試験とは言っても上手くいきゃあお前等にも正当な分け前は出す。ただし、俺様の言う通りに狩ってもらう。そう言う訳ではまずは女、お前一人でやってもらう。当然、俺様の目の前でな」
バイスはどういう意図で言っているのだろうか。普通にこれが冒険者試験という事であれば、戦闘力、適応力、生存力を見るのが一般的だ。
しかし、バイスは目の前で狩れと言っている。そうなると戦闘力しか測れないような気がする。これから来るであろうヤマビトとのいざこざで私達が役に立つのか見極めたいのだろうか。
「え、私が1人でやるの?」
「そうだ1人だ。そこのジジイが手を貸すのは認めねえ」
正直、狩などした事がある訳も無く、なんなら虫を潰すのさえも躊躇するほどだ。正直気乗りはしない。
ただし、対応する事自体は可能なのだ。ビシム製の防具にはオートガード以外にも任意戦闘が可能になっている。
オートガードが優先されるが、猶予のある場合は任意で意図する行動がサポートされるのだ。
実際に使った事がある訳では無いが、この先冒険者業をする上では使っていかなくてはならないとは思っていた。
「狩猟なんだから獲物の探索、発見やそれに掛かる生存活動はどうするんですか?」
「見つけるまでは3人でやるが、見つけたら1人でやれ」
それであれば大丈夫そうだ。
「分かりました。それならやれそうです」
私の言葉を受けてバイスは鼻息だけで返事をすると、ついて来いと言わんばかりにスロープを降り始めた。
直ぐに壁に到達すると、小さな金属の門が端にあった。バイスが門の鍵を開けると、重い音と共にゆっくりと開いた。
中は真っ暗だが、バイスのヘルメットの頭頂部辺りにある突起が発光して明るさが確保された。中は石壁だがもう一枚同じような壁と金属扉があった。
二重扉構造にしているという事は、余程に中の物が外に出ないようにしているのだろう。
もう一つの扉を越えると広い空間に出た。この洞窟は鍾乳洞的な場所なのだろう。水の侵食によって出来た地下空間が下へ下へと続いていて、石灰岩の層なのかは知らないが鍾乳石も形成されていた。
「ジジイ、妙な匂いをさせてやがるな」
「洞窟蜥蜴を発見するまでならば協力してよいのであろう。無駄に消耗しない為に獣避けを焚いている」
私には特に匂いはしないが、シルバは何かやっているようだ。
「洞窟蜥蜴が逃げ出したらどうするつもりなんだ?」
「心配するな甲虫には効かない匂いだ。逃げらる事はあるまい。それに、貴様の鼻には洞窟蜥蜴が逃げ出したように感じているのか?」
「けっ、気にいらねえジジイだぜ。いいだろう、そのまま来い。洞窟蜥蜴はそう遠くねえぞ」
洞窟蜥蜴なのに甲虫という嫌な予感だけを残して私達は迷宮の奥へと進んだ。
鍾乳石ゾーンを抜けて、まだ水の侵食が新しい滑らかな壁の通路が続いていた。
危険地帯と言っても、シルバが獣避けをしているせいか動物の気配は無い。
「止まれ」
バイスが静かにそう言葉を放った事によって場の空気がピリッとした。
「居るのか?」
「ああ、丁度一匹いやがる。女、準備だ。狩ってこい」
そう言われても生物の気配は無いし、蜥蜴的な形も無い。
そうして何となくバイスとシルバが見ている方向を注視すると洞窟の壁面の模様が動いて見えた。




