世界の終わりより11
バイスによって更に奥の部屋に通された。
薄暗い部屋の中には壁に適当に置いた書棚しかなく、椅子の代わりに置かれた木箱にバイスは腰掛けた。
この部屋の手前の部屋も人は10人くらいいたが、壁にメモのような物が貼ってあったくらいで特に何かの設備整っているようには見え無かった。
バイスはここを冒険者組合だと言う。
何かの罠という訳でも無いだろう。こんな街中では荒事のやりようもないし、何より一階の肉を焼く匂いがしている事で緊張感も何も無い。
「3日と言ったのは貴様だったな。まさか時が足りぬ窮して言い訳をするだけではあるまいな」
バイスは冒険者組合の起こりを見せるのだと言って3日の期間を指定してきた。
私達は冒険者業の立ち上げが早く進めばいいくらいに思っているが、数日でなんとかなるとは思っていない。
聖王国の法でも、新規に事業として国が認めるまでには数ヶ月は必要だ。3日でどうにかなる訳は無いのだ。
「本質はここには無いのさ。ここは誰にでもわかり易くする為の仕掛けみたいなもんだ。さあ、どうする俺様を信じて本質を見るか? 」
バイスはそう言って右手を差し出してきた。黒い手袋を外したその手は浅黒くゴツゴツして古傷だらけだった。
「精神網の類だな。通常の術でないようだが、ヤマビトの技なのか?」
「怯えて見る勇気もねぇなら別に俺様はいいぜ? 何も見ずに対価だけ置いていきな。俺様は約束は守ったぜ」
妙に煽るところが、その術にかける誘導のようにも感じる。だが、そんな便利な術で私達をどうにか出来るなら、初めからやっていればとも思う。
今このタイミングで出てきたこれは、どう判断すればいいのだろうか。
「見ないとは言っていない。ヤマビトの術か実に興味深い」
シルバは躊躇なくバイスの手に触れる。
「どうした? そっちのお前は見ないのか? お前の言い出した冒険者組合がここにあるんだぜ」
私は何と言っていいか分からず、ただ何か置いて行かれる気がして咄嗟にバイスの手を取った。
部屋がいきなり明るくなり、部屋の壁には整理された書棚が並んでおり、その全てがガラスのような透明な窓で鍵がかかっていた。
部屋が明るいのは天井が無くなっており真上が空になっているからだった。
「これは、精神網を基にした精神世界、いや精神共有視界か」
シルバは驚いている。私としてはワープしたり物体を取り寄せたり音速で動いたりするモリビトの方が常識外れだと思う。
バイスのこれは確かに凄いが、言ってみればバーチャルリアリティによる視界だ。これを他人に一瞬で共有するのは凄いが、私の知る技術でこれと同じ事をするのは可能だろう。
「これが真実の冒険者組合だ。いや、これが俺様の国だ」
「これは現実では無いだろう。国にはなり得ない」
「現実の国は簡単に滅ぶ。だがこの国は滅ばないぜ。ヤマビトはこれを昔から持ってんだ。ヤマビトだって長命だが死ぬ。だがこれは無くならない。もはや国を超えた人の繋がりだろ。そうして俺様はここを自由に出来るのんだぜ?」
バイスがこのバーチャルリアリティ空間の管理者という事なのだろう。しかし、自由という割には割と現実と近しいというか、現実をこえていない感じはする。
「仮想の世界なのに、妙に現実っぽいですね」
「恐らくは制限があるのだろう。人の精神の深層にある夢想の世界は実現出来ないが、人が実際に見た風景の投影ならば出来るのだろう」
「鋭いな。確かに夢や幻は出せねえが、ここはそんな物の為にあるんじゃねえ。見てな」
バイスがそう言うと景色が高速で流れて、雪深い山の中の風景に切り替わる。風景の中には私達以外の人がいる。
木の影に隠れて何かを監視しているようだ。
「ここは聖王国の国境付近か」
「そうだ、そしてこいつはダグラス。今はドリスの監視をしている」
「遠隔地で視界を共有出来るというのか?」
シルバがまた驚いている。
「共有も出来るし、今のこいつみたいに一方的に俺様から見るだけも出来るんだぜ。こいつは俺様に見られている事にも気付いてねえんだぜ」
視界をジャックしているという事なのだろう。そうして、このダグラスという人が監視する先には小さく三つの影がある。
遠くてよくは分からないが、三人の内二人は人のシルエットからはかけ離れており白い見た目から樹人だろう。もう一人は頭に傘を被り蓑のような物を身につけているが、隙間から見える肌はトマトのように真っ赤だった。
「つまり、貴様がこの精神共有している輩を冒険者として操り、情報共有の早さと正確さをもって依頼の達成確度を高めようという事なのだな」
どうやらシルバは分かっちゃったようだ。私も言われれば、ああそうかとはなったが、そんな柔軟な発想は持ち合わせていないのだ。
「どうだ。俺様は約束を守ったぞ。さあ、対価をよこせ!」
バイスがそう言うと視界が元に戻った。
「対価は渡そう。しかし一つ解せん事があるので答えてもらう。何故この話を我々にしたのだ? これは貴様が別の目的で設えた物だろう? それを簡単に語ってみせたのは何故だ? 貴様の根幹に関わる事象なのだろうこれは」
シルバの問いにバイスはヘルメットを指で弾く。閉じた狭い部屋に高い音が響いた。
「それはこれが盗品だからだよ。ヤマビトの国で俺様が盗んだ。しかも一度使っちまったら俺様からは引き離せない。まあ、返すつもりもねえが、もしヤマビトに捕まっちまったら石像にされて一生奴等の玩具にされちまう。だからあんたらを共犯者に引き込んだんだよ」
バイスは鼻で笑っている。
「我々はヤマビトから貴様を守る約束はしているぞ」
「そんなもん、いざとなったら誰だって投げ捨てるもんなんだよ。俺様がほしいのは確実性だ。これでお前らも逃げられない。精神網で俺様と同じ視界だった意味を知るんだな」
恐らく私とシルバには精神網の結構な管理権限を付与されている。それを刈り取りにヤマビトのドリスが追ってくる訳だ。
「これって不味いんじゃ」
思わずシルバに向けて言ってしまったが、シルバは以前として落ち着いている。
「以前から言っている通り、ヤマビトが来ようとも問題は無い。他流との試合は経験が無いが、我に勝てる者など、そうはいない。ましてやヤマビトに遅れを取るなど、あろうはずがない」
このシルバの自身が何処から来ているのか不明だが、何となくデカ目のフラグ立っているような気がしてならない。
「それは頼もしい事だな。まあ、隙さえあれば俺様がやるからな。精々、奴を弱らせてくれ。俺様は少し予定とは違えたが、冒険者組合として国を始める。まずは聖王国に冒険者制度を普及しないといけねえ」
冒険者組合は動き出す。あの精神網を使ってなら、私の知る冒険者組合は成立するだろう。
フィクションの世界では最大の謎であった依頼が発生するまでの流れ、即ち依頼内容の調査と難度設定をどのように実現し、それを速やかに連絡し合うのかだ。
概ねご都合主義で省かれている工程だが、こんな人to人通信が可能ならば、かなり現実的になる。
私がそんな夢想に耽っていると、シルバが一歩前に出た。
「貴様のもう一つの隠し事、その仮面の下の事は語らぬのか?」
シルバの言葉にバイスはゆっくりと立ち上がった。




