仕事の終わりに3
自らの立場と状況を忘れていた。いや、忘れてはいない優先度が変わっていた。
人は追い詰められると複数の思考を持て無くなる。
世界がすり替わったかもという思考の前には、何事も些事になってしまう。
狭い部屋に老人と二人だ。しかし、相手は私より強大で恐らく力も強い。
世界を渡ったとされる私に、この世界で優位に働く力が備わっているのか、それを確かめるにはあまりにも時間と空間の余裕が無い。
服を脱げと言われている。ここから先は目的は様々であろうが、私の身は望まぬ意向に晒されるであろう。
交渉は可能なのだろうか。老人は今のところ紳士的で状況説明もしてくれる。服を脱ぐ事の理由を答えるだろうか。
「あの、質問なのですが。何故に服を脱ぐ必要があるのでしょうか?」
「ん? ああ、まずは生殖器を検めるためだ」
なるほど。これで性的かまたは生物学的な興味のいずれかである事が分かった。
問題はどちらなのかという事だ。出来れば後者であってほしい。
「それは出来れば口頭による質疑応答でどうにかならないでしょうか?」
「正しく確認出来るのであればよいが、知能の高い種であっても生殖となれば理性を欠く事がある。個体によっても大きく認識が違う事がある。何か理知的に事を把握する案はあるのか?」
これは生物学的な興味だろう。ならば説明出来る。後は相手が何をどこまで求めているかだ。
「案はあります。その前に前提条件として何故に生殖の仕組みを知りたいのですか? 私を蘇生したという事は既に体の構造は調べたのでは無いですか? その時に幾らでも確認出来たでしょう」
自分で話していて思ったが、私は手術的な事はされているのだ。体に切開されたような形跡は無いが、それでも何らかの方法で心臓を再起動しているのだ。何も見ていない訳では無い。
「まず蘇生についてだが。構造はこの世界の人に近いように見えたので、心肺あたりの機能のみを調べ、こちらの人の心臓の体信号を真似てユズに送ったのだ。そうすると簡単に蘇生した。故に心肺以外の構造も見ておらん。もちろん、蘇生しなければそのまま解剖して全ての構造を調べていた。蘇生してくれて我も助かっておるのだ。生きた次世界人の情報が得られるのだからな。そして何故生殖の仕組みを知りたいかだが、これはどんな生物に対してもそうだが、繁殖の仕組みを知っている事が後に発生する厄介事を減らすのだ。ユズが単独で繁殖可能な種ならば、我はこの後次世界人の数の管理をせねばならない。生殖の仕組みを知る事は生物の管理をする上で最も重要なのだ」
物凄い早口で説明されたが要点は分かった。勝手に増殖する生き物なのかどうか知りたいという事だ。
確かにモンスターパニックものの映画であれば、序盤に増殖する仕組みを見切っていれば事件にすらならない。生物による災害は初動が重要なのは理解出来る。
そうなると、私は今珍しい実験動物という事なのだろうか。その当たりの認識は後でそれと無く確認しておこう。
「そうですか理由は分かりました。では私からの案ですが、こちらの人またはシルバさんの種族の解剖図か何か無いですか? それを見て私との差異を説明すれば分かりやすいのではないでしょうか」
図案があれば説明し易いし、何より相手の情報が手に入る。
「ふむ、解剖図か」
シルバは何か思案顔をしている。やはり、解剖図のような情報は高いセキュリティを超えた先にあるのだろうか。
「難しいですか? 図でも立体でもいいですよ。標本は少し怖いですが、それでも大丈夫です」
私の話を聞いて目の前の老人は苦笑している。
「丁度よいのがあるぞ。少し不愉快だが仕方あるまい。まさかこれがこんな事に役立つとはな」
シルバは戸棚から黒い箱のような物を取り出して、部屋の中のまだ樹木の幹と分かる柱に押し当てた。
木の幹が盛り上がり何かの形を形成する。通常の樹木がこんな速度で形を変えるなどあり得ない。やはりここは私の常識が通用する場所ではないのだ。
木の幹から抜け出るように人の形をしたものが現れた。しかも二人もだ。樹木の質感だった人形がどんどんと人の皮膚へと変化し細かいパーツや筋肉の盛り上がりなどまるで生きた人のようになった。
背丈は私と同じくらいだが、種族はシルバと同じ耳の長いエルフ的な造形だ。二ついや二人と形容するほうが正しいそれらは浅黒い肌にクリーム色に近い金髪だ。下の方も生えている。
というか見てしまう。二人は男女なのだが顔は全く同じなのだ。体つきは、それはそれは裸映えする出る所は出て引っ込むところは引っ込んでいる。
「なんですかこれは! 人が木から生えてきた」
「ただの人形だ。多少は指定した動作をする事が出来る。これは、まあ、こうこ…、いや標本だな」
シルバが何か指示を出したのか、二人が机の上に腰掛けて股を開いた。腰を突き出したM字開脚と表現が正しいだろう。
「え、ええ!?えっ?」
突然の事に言葉が出ない。二人のポーズもそうだが、目つきがエロいしこちらを目で追ってくる。
「どうだユズよ。これが我々モリビトの生殖器だ。何か違いがあれば述べよ」
シルバはこの二人に特別な感情はないようだ。若干嫌悪しているようにも見えるが、無関係なようだ。
「どうと言っても、見た目は多分同じですよ。男性の方は詳しく知らないですけどね」
というか現実では初めてこんなにまじまじと見た。
「そうか、では機能も見てくれ」
そう言うと二人のソレに変化が生じる。男性は入れる為に、女性は受け入れるために形を変える。
こんな物見ていていいのだろうかと思ってしまう。なんか気まずい気分になってきた。
二人が動き出し、女性が机の上に仰向けに寝て、男性は女性へと覆い被さった。音も無く二人の性器が結合し、生殖行為がおっぱじまる。
目立った音と言えば机がリズムよく軋みくらいで、それ以外の音がしない。
「あ、あの……」
「まあ、待てもうじきだ」
結合部の水音が聞こえるようになり、やがて男性の動きが止まる。暫く二人の動きが止まり、男性が女性から離れ先ほどのMじ開脚に二人とも戻る。
「え、え? えーー!?えっ!」
「これがモリビトの生殖だ。どうだ違いはあるか?」
この人何を言っているのかと思うくらいに衝撃の光景が目の前にある。
だが、そうだ、私は真面目な話をしていたのだった。
「いや、多分、違いは無いと思います。多分」
「なんだ曖昧だな。では質問だが、この後、子が出来ているならどうなる?」
「え、そうですね。男性は何の変化も無いです。女性はお腹の中で子供が大きくなり、10ヶ月後くらいに出産するんじゃないでしょうか」
「そうだな。子が生まれるまでの期間に差異はあるようだが、概ね構造は我々と同じようだな」
同じ、同じなのだろうか。生殖の構造が同じでも、私とシルバ、つまり人とモリビトには大きな違いがある気がする。
しかも、この世界にはモリビトとは別に人もいるのだと言う。その人と私は同じモノなのだろうか。
「その、こちらに住む人に会う事は出来ますか?」
「法国にはモリビトしかいない。だが外に出れば人に会う事か出来る」
ひとまず一つ目標が出来た。この国を出て人に会う事だ。