世界の終わりより9
黒い人改めてバイスは冒険者業の立ち上げを3日でする為、どこかへ行ってしまった。
私はシルバと教会とやらに行ってみる事にした。別にこの国の宗教に興味がある訳ではなく、地接白樹なる物を使うためだ。
シルバによると地接白樹は法国の白樹と繋がっており、情報通信的な事が出来るそうだ。
目的はバイスという人物の情報を得る為だ。各地にある地接白樹から情報が集められているという事は、世界中の情報が集約されている。
つまり、事件や破壊活動などに関わった人物、そうでなくても大きな事業に関わっていたりすれば、その人の過去や素性が分かるという事だ。
バイスは犯罪に関わっている可能性が高い。しかし、人を使う事もあるようなので、直接手を下していないかもしれない。今までの感じから、慎重だが、ここぞというときは直接行動するタイプだと思っている。
昨夜に私の寝込みを襲ったのは軽率な気もする。男性機能の低下がそれ程に緊急性のある事なのだろうか。
教会は街からは離れた森の中にあるそうだ。さっき、シルバが場所を示した指の先に広大な森とそこから突き出した塔のような物が見えた。
結構遠い。自転車があればこの丘を降ってシャーっと行きたいものだ。
しかし、自転車があっても道は舗装されていないので、まともに走れはしないだろう。
この国の人々の乗り物が馬のように足が長いトカゲなのも納得だ。舗装が十分で無い道は脚という機能が備わっていなくては進めないのだ。
この街に来るときに使った緑色の街道ならば自転車可だろうが、まだ十分に行き届いていないようだ。
街から離れるにつれて人の生活から離れた人工物が増えた。言ってしまえば宗教的な建造物が目立つ。白い石の円柱に幾何学模様が刻まれたオブジェが多い。
何なのかシルバに聞いたが知らないとの事だった。神からすれば信仰する人々の理論など知った事では無いのだろう。
森に入ると教会への道は曲がりくねっていた。大きな木は避けて道が作ってあるので、樹木も信仰の対象なのかもしれない。
教会は森の中にあっても巨大で荘厳だった。森の外から見えていた塔のような物は下部が緩やかに膨らんでおり、口の広い壺のような形状だった。この部分だけ明らかに他の建造物と質感が違う。そして私はその建築物をよく知っていた。あれはモリビトが法国で使う白樹を変形させた物だ。
教会中心部以外は白い石のような素材を使い、真似た見た目にしてある。白い服を着た人々が出入りしているので、宗教的な活動は周辺施設で行っているのだろう。
「私達もあそこから入るの?」
「以前と作法が同じならばそうだな」
そう言えば私達の服(擬装)も白を基調にしている。意図しての事なのだろうか。
シルバは教会の人に話をして瞑想をするという旨を伝えていた。
全く時間を待たずして瞑想の為の部屋に案内された。部屋は中央の構造物に張り付くように幾つもあり、入ると人一人が収まるくらいのスペースしかなかった。
何も分からず流れに沿って薄暗い箱のような部屋に押し込まれた。扉の小さな明かりまどから辛うじて光が入っており、真っ暗にはなっていない。音もしないので、このまま瞑想をするにはいい環境なのかもしれない。
(転移門を開く、そこに入れ)
シルバから念話がくると同時に、目の前に灯りが見えた。転移先の景色のようだ。行き先も室内のようだが、この瞑想部屋よりは明るい。
転移門を潜ると嗅いだ事のある匂いのする場所に出た。ドーム状の高い天井の中央に白樹の幹が柱のように立っている。ここがモリビトによって人工的に作られた場所という事だけは分かった。
横を見ると同じようにこの部屋に転移したシルバが中央の白樹に向かって歩いていた。
「ここは?」
「教会中央には白樹があるのだが、その真下の地下にある場所だ」
御神木の地下にある空間か。いかにも曰く付きな場所だ。
「これが地接白樹?」
「そうだ。地上では人の目があるからな。地接白樹には大体同じような空間が設けてある。仮に地下を掘られてもこの空間は認識出来ないように隠匿してある」
そう言えば法国全体にもそんな結界のような物があると聞いた。モリビトは外に対してその存在を隠してある事が多い。
しかし、こうして大胆に外に出る事もあるのだから、よく分からない思考の種族だとは思う。
シルバが白樹を操作すると幹の一部が鏡のように変化した。恐らくはバイスの名前で素性を調べているのだろうが、相変わらずこの白樹操作に関するインターフェースはよく分からない。
キー入力というよりは術で何かの情報を送っている感じだが、たまに術具的な専用ハードを使って何かやる事もあるのだ。今もシルバの持つ白い杖で鏡に何かを書いているように見える。
「バイスの情報は全知球内を走査して調べている。少し時間がかかるだろう。合間でビシムに聞きたい事もあるので呼んでおいた。都合がつけば答えるだろう」
そう言っていると白樹の鏡に誰かの像が映った。鏡の面積的に腰から上が映るのが限界だがすぐにそれがビシムだと分かった。
珍しく服を着ているビシムだ。着てはいるが童貞が瞬殺されそうなニットぽい服だ。ビシムの表情は明らかに不機嫌そうだった。
「シルバよ。どういう事なのだ? ユズの防具が2度も特殊防衛を発動している。説明してもらおう」
「我は特殊防衛の詳細は聞いておらぬ。どう言った条件でどう防衛するかも知らぬのだ。あれがどうなっているのか聞きたいのは我の方なのだぞ」
「たかだか2日で2度も発動するとは、やはりビシムの見立てに間違いは無かったな。ユズの魅力を隠す事は難しい。ならば守るしかないのだ」
「守るのはいいが毒の効果が外部の生態系にはよく無い。既に現地人の生殖能力が失われているのだ。解毒剤の製法を知らせよ。このままでは聖王国は死の国になってしまう」
「過干渉だと言うのか? 安心しろこの毒に拡散性は無い。それと解毒はビシムが直接でなければ無理だ。一時的に毒素を無効化する事は可能だろう」
「それでよい。製法を送ってくれ」
「いいだろう。それとユズは近くに居るのか」
「ああ、聖王国の地接白樹に共に来たのだ。我にはユズを無事に法国へ戻す義務があるからな」
「そうか、少しユズと話をさせてくれないか」
シルバが鏡の横にずれる。すぐ横に私は居たのに見えないという事は、この通信手段のカメラ画角はかなり狭いようだ。
「すぐ横にいたよ」
「ああ、ユズよ。その場に赴いて守る事の出来ないビシムを許してくれ」
「いや、この防具で十分だよ。でも無かったら不味かったから助かったよ」
「法国の外ではどのような不幸が起こるか分からない。気をつけるのだぞ。もしシルバと離れてしまうような事があればそのアダマスを頼るんだ。ユズを守る為に専用の設定をしてある」
まるで過保護なお母さんのような心配ぶりだ。まだ離れて丸一日しか経っていないのに、この先がどうなってしまうのかこちらが心配だ。
「そうなってしまったらアダマスに頼るよ」
「くれぐれも気を付けてくれ。そしてビシムも調べていて一つ分かった事がある」
「シルバに代ろうか?」
「いや、聞こえているだろうし、これはシルバが調べだした事なので分かる筈だ」
「やはりそうだったという事か?」
シルバは私の横で静かにそう言った。そうして息を合わせるようにビシムが答える。
「そうだ。あの闇は法国を覆う闇は、世界の全てを飲み込むぞ」




