世界の終わりより8
黒い人の事、そして追ってくると言われているヤマビトのドリスの事、どちらも待ちとなりそうだ。
法国が闇に沈むまでの時間が決まっている以上、やれる事は何でもやっておきたい。
聖王国での冒険者業を開く目処はなんとなく立ったが、黒い人任せなのが気になる。彼は私達に協力し続ける必要が無いし、私達は彼に冒険者業を強いる力を持ち合わせていない。
今は考えても仕方が無いので、ドリスという人が来て事が動きだしてから考えよう。
もう今日は寝るくらいしか出来ないのだ。気分的には風呂に入りたいところだが、当然そんな物は無い。井戸水を沸かして浴びたり体を拭くくらいが聖王国の旅人の身支度なのだそうだ。
1日外を歩いた私の体が匂うとかベタベタするかと言ったらそうではないのだ。
私の着るビシム作の防具は生活の質を向上させる機能が搭載されている。これは私がビシムに私の世界の文化を話した事がきっかけなのだ。
この防具は私から分泌されたりもの、剥れた体組織を吸収し続けているのだ。仮に今ここで失禁したとしても私は湿りすら感じる事は無いそうだ。首から上以外はぴっちり体を覆っているから脱ぐのは面倒だが、そもそも脱ぐ必要が無い。着ている感覚もほぼ無いので下半身が気になるが、空気の寒暖をあまり感じないので、一応は覆われているのだろう。
まあ、つまり何もせずに寝てしまっても問題は無いのだ。髪や頭皮が若干気になるが、寝ている間にどうにかしてくれるらしい。
この防具の睡眠モード中がどうなるのか気になるところだが確認しようも無い。
毛のマットだけ置いた寝台に寝転がってみるが、畳直くらいの硬さなので、この夜を眠り通せるのか不安だ。
そんな感じでモゾモゾしていると防具と寝台の接地面にクッションを感じるようになった。どうやら防具が睡眠モードに移行しているらしく、背中腰などの隙間が空くところを防具の生地が肉厚になって埋めてくれるようだ。
この機能があれば地面だろうが岩場だろうが快適に眠れそうだ。
体勢がしっくり来たところで眠気が来た。昔から寝なくても結構動けるが、寝れるとなったらすぐ睡眠出来る性質なのだ。
―――
翌朝は部屋の窓となっている閉まった木戸の隙間から入る光で目覚めた。昨日は寝る前に閉めた筈だが、やはりぴったり閉まる戸というのは建築儀式的に難しいのだろうか。
起きて伸びをしてまだ薄暗い部屋の光に慣れると、室内の違和感に気が付いた。
黒い人が私の部屋の真ん中でうつ伏せに倒れている。
この人、昨日の今日でもう寝込みを襲いに来たのだ。恐らくはまたビシムの毒にやられたのだろう。
このまま私一人でこの人を再起動しても不味そうなので、一旦はシルバに相談する事にした。
―
「襲撃しないと取り決めた訳では無いが、すぐに寝込みを襲いに来るとは忙しい輩だな」
シルバは冷静に語っているが、私が防具で守られていなければ、今頃はとんでもない事になっているだろうし、最悪は死んでいた。
「私の身が危なかったんですけど」
「侵入には気が付いていた。我が手を出す前にビシムの術具が自動で処理していたので、ユズの休息時間を優先したまでだ」
え、気づいていて朝までこの状態を放置してたの?やはりモリビトの感覚というものは良く分からない。
「確かに何もなかったし良く眠れたけど、この人が爆破したりしたら危なかったでしょう?」
「術具は非活性にしてある問題無い」
このまま話していても平行線のようだ。
「この人起こしていい?」
「よいぞ。動きは止めてある」
「許す」
全く許せない気持ちのままそう言葉を放つと、黒い人が前回同様にビチビチと動き出した。
「俺様に何をしやがった!」
それはこっちのセリフなのだが。
「寝込みを襲った者が何を言っているのだ。命を取らぬとは言ったが、死に勝る苦痛が無い訳ではないのだぞ」
シルバの言葉を聞いて黒い人は大人しくなった。
「立たなくなった…」
「えっ」
「何をしても硬くならねぇ。お前ら俺様に何をしやがったんだ!」
そう言えばビシムの説明によると、毒の効果には性的な興奮を除去する効果があるのだとか。この効果が黒い人の下半身にダイレクトアタックして今の症状を引き起こしているのだろう。
しかし、毒の効果は私の許すで解除される筈だが、興奮除去はその限りではないようだ。まさか永続効果では無いだろうな。もしそうなら解毒はビシムにしか出来ないそうだから、この人の下半身は既に引退となる。
「どうやら思いの他に効いているようだな。我々に従わなければ貴様の体が元に戻る事は無いと知れ」
「てめぇ、俺様を脅そうってのか?」
「脅しでは無い。我々は別に貴様がどうなろうと知った事では無い。ただ、貴様が我々に助けを求めるならばそれなりの要求はしようと言うのだ」
シルバはこの状況を利用するつもりのようだ。だが、その立たないというのがどれくらい深刻なのか分からないので、そこが交換条件になるのか微妙だ。
「それを脅しって言うんだよ!」
「強制はせぬ。貴様で無くとも我々の目的は果たされるだろう。そうなったとき、貴様がどうなっているかなど我々の知った事では無いのだ。我々が国に帰れば貴様と会う事も無いだろう。話は以上だ」
「………分かった。お前らの言う通りにする」
「昨日も同じ話を聞いたが?」
「三日だ。三日後にその冒険者とやらの足掛かりを見せてやる。それでいいだろう?」
「我々が納得しない物であれば貴様との話は終わりにするが、それで良いのか?」
「納得させる。絶対にだ」
「まあ、死力を尽くす事だな。それと一つ貴様の名を聞いておこう。この答えも慎重にな。嘘は貴様の為にはならんぞ」
「バイスだ」
黒い人の名はバイス。シルバはどうやらバイスをやり込めたようだ。
「我の名はシルバ。知られても困る名ではないのでな。名乗らせてもらう」
そう言ったシルバから私に目線が来る。
「私はユズです。名前全部は長くて言いずらいのでユズと呼んで下さい」
とんでもない自己紹介が終わるとシルバはバイスの拘束を解いた。バイスは私の部屋の窓から普通に出て行こうとして、動きを止めた。
「ヤマビトのドリスは何とかしろよ。俺様が捕まっちまったら冒険者の話も無くなるからな」
「穴から出て来るヤマビトには興味がある。話くらいは聞いておこう。仮に貴様がどうにかなっても、別の手段を使うだけだという事は忘れるなよ」
「俺様がいねえと回らねぇ仕事にしといてやる。じゃあな」
バイスはそう言って窓からサッと出て行った。
「何か上手い事進みそうになったね」
「まだ分からんがな。それに奴の名を知れたのは大きいかもしれない。聖王国の地接白樹を使えば奴の素性や追ってくるというヤマビトの事も調べられるかもな」
モリビトは白樹経由で情報のやり取りをする。名前さえ分かればモリビトが貯め続けている知識の塊から情報を引き出せるのかもしれない。
「その地接白樹はどこにあるの?」
「聖王国であれば聖樹教会にあるだろう」
聖王国には法国のあるあの巨大白樹を信仰の対象としている宗教があるのだそうだ。
法国の住人であるモリビトは神となるのだろうか。いや、法国は表立っては樹人しか見せていないのだから神扱いはされないだろう。
たが、私はこの仕組みの根幹を知ってしまっている。教会とやらでは微妙な気持ちになる予感しかしない。




