世界の終わりより6
シルバに拘束され地面に転がされても激しく暴れる黒い人に若干の恐怖を感じる。
「抵抗は止めよ。術具も含めて術の発動は阻害してある。その縛めは竜でも破れぬぞ」
シルバの言葉を聞いて黒い人が大人しくなる。
「…………」
黒い人は仰向けのまま何も喋らない。何かを待っているのかシルバを注視しながら静かにしている。
「先程の話の続きを聞こう。要件は何だ?」
シルバは黒い人の拘束を緩める事無く情報を引き出そうとしている。
確かにこの人は敵対するように私達に接近してきた。何故なのかは不明だが目的があったのだろう。単純に考えれば越境者どうしの縄張り争い的な事なのだろうが、それだけでは無い気がする。
大体、縄張り争いならば姿を見せず人を使って奇襲すればいいのだ。そうせずに直接来た、それも急いで来たという事には何かあるのだろう。
「俺様をこんな目に合わせやがって、違法だっての分かってんだろうな?」
確かにこの人はまだ何もしていない。私の防具が、いやビシムの防衛意識が過剰に反撃してしまったのだ。不味い事になっているのだろうか。
「我々が貴様に何をしたというのだ? 意識を失った者をわざわざ介抱して、今こうして話を出来るまでにしてやったのだ。感謝されても恨まれる言われは無いな」
シルバは強気だ。確かに私の防具がどの様に反撃したかは誰も認識していないのだ。
「俺様に嘘は通じないぜ。お前は嘘吐きだ」
「未登録の越境者として役所に突き出してもいいのだぞ? それで困るのはお前なのではないか?」
よくもまあペラペラと次から次へと口撃を繰り出すものだ。
しかしまあ、立場はあきらかにシルバが優位、黒い人の旗色は非常に悪い。
「そう来たか。まあそうだろうよ。ならばまずは俺様の縛を解きやがれ」
「それに応じるとでも思っているのか?」
「このまま話しても意味ねーだろ。それともお前は縛られたままの俺様の言葉を信じるのか? 信じられねーだろ? だから話す中身の証拠を見せてやろーって言ってんだよ。それには俺様を動けるようにするしかねえだろ」
こっちの黒い人も折れない。この状況でまだ交渉するのはなかなかの根性だ。それに論理は滅茶苦茶だ。そもそも自分は信用する価値は無いと言っているのだから、自由にしたところで逃げるなりなんなりするのはあるだろう。
「こうして問答する事が無駄だと言うのか? お前を自由にしたところで真実に到達するとは思えんが」
「余計な話はいらねーって言ってんだ。お前等は俺様の意識を切る仕込みをしてんだろ? 俺様にその種は分からねえし解除のしようもねえ。なら、今のこの縛りはいらねえだろって話だ。俺様の用事を証拠付きで話してやるって言ってんだ。早く自由にしろ!」
黒い人の強気姿勢は変わらない。しかも、状況を良く理解している。
私も気付いていなかったが、確かにビシムの毒は既に手札として機能している。この人は自身の意識を奪ったもの正体を知らないが、それが私達の優位性となる事を把握しているのだ。かなり頭の回る人物のようだ。
「そこまで理解しているのならばいいだろう。四肢の自由は戻るが、愚かな選択せぬようにな」
シルバは納得したのか黒い人を絡め取っている杖から伸びる枝を元に戻した。黒い人は仰向けから身軽に立ち上がると服に付いた土を払っていた。
「証拠を見せてやる付いて来い」
証拠も何もまだ私達に接近した理由すら聞いていない。黒い人は王城の西側に向かって歩き始めた。
――
時間は夕刻を過ぎており、街の家々には明かりが灯り始めていた。街からは煙の匂いと何かが焼ける匂い、そして化学薬品のような匂いがしていた。
ここは王城の西側にある工業区という場所らしい。工房らしき建物が幾つもならんでおり、森の樹木のように立つ煙突群からは煙が上がっていた。
黒い人は入り組んだ路地の奥へと進んで行く。何か音のする建物はたくさんあるが道行く人は殆ど見かけ無い。
街の構造上、王城が丘の一番上にあるのでそこから離れるという事は下るという事だ。
工業区の下りはさらに地面を掘っているのか、地の底に降りるような構造になっている。
そんな穴の底のような場所にマンホールのような地の底に繋がる蓋があった。黒い人は丸い石板の蓋を開くと躊躇無く中に入ってしまった。
穴の中には梯子があり、坑道のような横穴に繋がっていた。坑道の先に扉があり、その先は倉庫のような少し広い空間になっていた。
何かの地下倉庫のバックヤードといった場所に椅子が何脚かと寝床らしき物があった。
「まあ、座れよ」
黒い人は椅子を三つ運んで適当に置いた。
「ここに証拠とやらがあるのか」
「場合によってはそうなるな」
それを聞いてシルバは椅子に座った。なので私も座った。
「では改めて聞こう。要件は何だ」
「あんたらに殺してもらいたい奴がいる。いや、動けなくしてくれりゃ俺様がやる。そこまででいいから手を貸してくれ」
まさかの殺人依頼だった。
「我々が狩人にでも見えたのか? それに我々が貴様に手を貸す理由は何だ? それをして我々は何を得るというのだ?」
「単純に金でどうだ? 前金で聖王国金貨2枚、全部で10枚出そう」
私はこの国の貨幣価値をそこまで知らないが、シルバの事前情報によると、金貨1枚で一般的な家庭が遊んで1年暮らせるそうだ。
そうなると金貨10枚はかなりの大金だ。
「金が足りないように見えたか?」
「そうだな。白証の越境者が聖王国の金を欲する訳ねーか。だが、あんた等は訳ありだろ? 平民の振りをして危険地帯を越えたんなら、容易に戻れねー訳があるんじゃねえか? そうなれば金は要るぜ」
そうか、私達の状況だけ見るとそういった感じに見られるのか。国を追われた権力者が聖王国に亡命というのは確かにありそうだ。
しかし、私達の目的は超特殊なのだ。まさか新規業務の開拓に来ているとは誰も思うまい。
「我々は容易に戻る事が出来る。さあ、これで我等の利は無くなったぞ」
「ならば力を貸すというのはどうだ? お前等が殺したい奴、潰した組織は無いか? 俺様は人も使えるし、この国の外でも動けるぞ」
人を使うというのはやっていそうだ。私達が白証を貰ってからの道中で色々と人に絡まれたり追われたりしたが、それもこの人の差し金である可能性が高い。そう考えると以外に人望が厚いのかもしれない。まあ、どうせ盗賊団の首領か幹部といった立ち位置の人なのではないかと思う。
「我に御された貴様が我に出来ぬ事をするというのか?」
「別にそうでもねーぜ。強い弱いより、やらなくてはいけねーがやりたくない事ってのは色々あるだろ?それを俺様に押し付けてくれていいんだぜ?」
「どちらにせよ我は命を奪う行為に加担するつもりは無い」
確かにそうだ。お金と命を天秤に掛けるような事はしたく無い。
しかし、そうかこの黒い人が言っているのはリスクと対価の話なのだ。そう考えると少し思い当たる事がある。
「こちらからの要望なんですけど一つあります。あなた冒険者業をやって見る気はないですか?」
私は一つ思いきった提案をしてみた。




